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「だから」がわかると腑に落ちる精神看護 Q&A編
「だから」がわかると腑に落ちる精神看護 Q&A編
特集 会員限定
2022年11月8日
2022年11月8日

先行公開! 「だから」がわかると腑に落ちる精神看護 Q&A編【セミナーレポート】

2022年9月30日(金)、NsPace(ナースペース)主催のオンラインセミナー 『「だから」がわかると腑に落ちる精神看護』を開催いたしました。株式会社N・フィールドの中村 創さんを講師に迎え、精神看護について解説いただきました。 本記事では、セミナー時に皆さまからいただいた質問へのご回答を、セミナーレポートに先んじて公開いたします。当日、時間の都合により回答し切れなかった質問にも回答いただきました。セミナーに参加いただいた方も参加できなかった方も、ぜひご覧ください。 【講師】中村 創さん 株式会社 N・フィールド/事業管理本部 広報部 部長 精神看護専門看護師 怒りを前にしたときは、「利用者さんは自分を守ろうとしている」と考えてみて <Q1>攻撃的な言動のある利用者さんについて、生活背景に「寂しさ」があるというお話がありました。しかし、その背景は周囲からは見えないため、怖さだけが際立ちます。どのような点に気を付けて接すると、隠れた寂しさなどに気付くことができますか? 確かに「攻撃性」「怒り」「他害的な言動」は怖さが際立ってしまい、「寂しさの可能性」まで気が回りません。ここで考えたいことは、「ポジティブな感情を抱いているときに怒りを表出することはあるだろうか?」ということです。多くの方が「それはない」と考えることと思います。 「攻撃的言動」「怒り」の目的は以下の(1)~(4)であるというお話を講演の中でさせていただきました。 (1)権利擁護(2)支配(3)主導権争い(4)正義感の発揮 臨床で遭遇する怒りの目的の多くは、(1)~(3)である印象があります。それぞれ、「自身の窮地を脱するため」「相手を思い通りにするため」「自身が有利になるため」と置き換えて考えたとき、どうしてそうする必要があるのでしょうか。「窮地にいると感じているから」「相手を支配しないと自分が怖いから」「常に自分が不利だと感じているから」という答えに行きつくでしょう。利用者さんは、不安や恐怖、脅威や自尊感情の欠落を怒りで払拭しようとしている状態なのだと推察できるわけです。 いずれにせよ、利用者さんが「自身を守るため」の攻撃性であるということは共通すると考えられます。怒りを前にしたとき、「何かから自分を守ろうとしてのものなのかもしれない」と考えてみると、看護師側も少し落ち着ける場合があります。そのように、自分の感情と思考に気を付けてみることをおすすめします。 ちなみに、「この場を何とかしなければ」と思えば思うほど何とかならないことが多いでしょう。できれば「この場を何とかしなければ」という思考自体を「何とか」していただくと(これもまた難しいのですが…)、少し冷静になれる場合があります。怒りに対して怒りで返したり、焦ったりすることは状況を悪化させることが大半です。まずは一息つける工夫を検討することをおすすめします。 重要なのは関係性構築。精神科受診を促す前に、困りごとを共有しよう <Q2> がんのため、介護保険で訪問看護している利用者さんがいます。「壁から音が聞こえる」などの幻聴があり精神科の受診歴がありますが、「治らなかった」とすぐに受診をやめてしまい、その後受診していません。再受診を促したいのですが、どのようにアプローチすればよいでしょうか? 熱心に訪問すればするほど、「受診すれば状況は変わるのに!」と思うでしょう。私も「なんとか受診を」と挑戦してはうまくいかない…ということが往々にしてありました。その都度「どうすればよかったのか」と考えてきました。そして、私の経験則から出せた結論は、「受診を促す前に、困りごとを共有する」ということです。 以前、母娘二人暮らしで、お母様が介護保険で訪問看護を利用されており、言動の辻褄が合わない未受診の娘さんがいらっしゃるご家庭を訪問していたことがあります。相当前から、「親戚に家具を盗まれた」とおっしゃるなど言動に辻褄が合わない内容が増え、親戚や地域から孤立していた娘さんでした。 訪問中は、娘さんがスタッフに「親戚が物を盗むのでどうしたらいいですか?」などとお話をし続けるため、お母様のお話がほとんど聞けないという状況。対処に行き詰まりを感じたステーションからご相談を受け、私も訪問に入らせていただきました。私が徹底したことは、「娘さんとの会話に時間を使う」ということ。複数名で訪問に入り、お母様のお話はもう一人の訪問スタッフがしっかりと聞くことにしました。 娘さんと話していくうちに、身体的な不調やお金のこと、お母様との関係、書類に関する不明点など、困りごとに関する話題も増えてきました。解決できる困りごとは一緒に対応していったところ、だんだんと信用していただけるようになりました。 あるとき娘さんから、「もう少し訪問時間が増えるといいんですけど」と要望をいただきました。そこで、「私たちは精神科医から指示書を書いてもらって訪問をしています。先日お疲れで眠れないと伺いましたが、そういう相談を含め精神科を受診していただけると、私たちはさらに時間をかけられます。可能でしょうか」と伺うと、「わかりました」と案外スッと承諾いただけました。 この経験から、私は「この人が言うのであれば受診もいいかな」と思っていただけるような関係の構築が重要ということを実感しました。これは受診に限らず、さまざまな生活範囲の拡大を促す場合にも言えることと考えています。「困っていることを確認して対応する」→「お互いが困りごとを解消できた実感を持つ」という流れを繰り返すことで、こちらの提案を受けていただきやすくなるということです。受診も提案の一つと捉えて臨んでいます。 利用者さんの主体性を伸ばすためには、「今ある主体性に気づく」ことから始めよう <Q3> 洗濯機を回せない利用者さんに対し、洗濯機にデコレーションをして解決に至ったエピソード、すごいと思いました。利用者さんの主体性を伸ばすアイデアの思考法や、考えるプロセスなどはあるでしょうか? お褒めにあずかり光栄です。「デコレーションをする」というアイデアは、ステーションで働く作業療法士の発案でした。「何とかしよう!」ではなく、「さらに良くするには?」という視点の変更がポイントになったと思います。 精神疾患に罹患した利用者さんは、ご自身が「自己決定」「主体性の発揮」から離れようとする場面が多いように感じられます。これは、自己決定を否定されてきた不全体験や、自身で決定をする前に周囲に決定されてきてしまった生活習慣などが影響していると考えられます。 自己決定ができずに生活していく過程で、自分の思考そのものが分からなくなったという方もいらっしゃいます。「あなたはどうしたいですか?」の問いに、「わからないです」と回答される方は案外多いと感じます。 私の経験則ですが、例えば入院が長かった方は病院で指示される、自身の言葉よりも周囲の言葉が優先されるという経験が長かったこともあり自身の判断に自信が持てない方が多いです。入院に限らず、幼少からの家庭環境の影響で自信を失った方もいらっしゃいます。 そういった方々の主体性を伸ばしていくには、現在ある自主性に私たちが気づくことから始めることが重要だと思っています。 そして、その気づいた自主性と行動に対して最大限労うことで、患者さんが「自主性とはこういうことなのか」と振り返ることができると、最終的に主体性を伸ばす支援になるでしょう。生活することは決断の連続ですから、まずは私たちがその決断の場面に気づくことから始めることが重要と考えています。 暴力に対しては、事業所としての方向性確認&安全確保の枠組み設定を優先 <Q4> 統合失調症、暴力行為のある方の訪問をしています。複数名でいくと恐怖を与えてしまうようで、単独訪問しています。しかし、毎回どこかしらを殴られてしまいます。訪問を止めることはできず、正しい対処法がわかりません。 大変な思いをしながら訪問をされているとのこと、ストレスも相当なものではないかと思います。 CVPPP(包括的暴力防止プログラム)やKYT(危険予知トレーニング)など、対応策・予防策はさまざまありますが、念頭に置いていただきたいのは、「ご自分が被害者にならない=患者さんを加害者にしない」ということです。 私がこれまでお会いした暴力被害に遭遇したことのある看護師さんは、その場を「何とかしよう」と考える、根が真面目な方が多いように思います。報告書などを読むと、不測の事態というよりも、徐々に緊張感が高まっていくなかで諫めようと尽力した結果、被害に遭ってしまったという経過を辿ったケースが多いことに気が付きます。「玄関に入って1分で被害に遭う」というよりは、徐々に段階を経ることが多いようです。 日本臨床救急医学会は、暴言・暴力の予兆として・時間を気にし始める・落ち着きがなくなる・語気が粗くなる・早口になる・急に言葉が少なくなる・目つきが変わる(鋭くなる)という兆候を上げています。 日本臨床救急医学会は、予兆を感じ取ったら積極的に傾聴する姿勢を示し、「自分の主張を理解してもらえる」と相手に感じてもらうように働きかけることをすすめています。できない要求まで理解して飲むということではなく、あくまで相手の背景を理解しようとする姿勢が大切です。 利用者さんの背景が詳細に分からないため、疑問にお答えできていないかもしれませんが、まずは「聴く」という姿勢を持つこと、予兆が出た場合も聴き続けること。「これ以上は無理」と思う2歩手前で引くということが大事だと思います。できれば、ご本人が落ち着いてお話ができるときに「これ以上は留まれない」という線を一緒に設定できるとよいでしょう。 また、「殴ることでコミュニケーションが成立する」という誤った学習は、将来ご本人の不利になります。そういったコミュニケーションをしているうちは引き、「また来ます」と言う。落ち着いて話ができたときは、「本当にうれしい」とご本人にお伝えすることも大切でしょう。しかし、これは本当に難しい対応で、なによりストレスフルです。事業所としての方向性と、対象となる方との安全を確保できる枠組みの設定を優先的にされることが重要だと考えます。 短時間の施設見学&リモート講義で精神科実習を行っている学校も <Q5> コロナ禍で精神科実習ができていません。学内実習で代替できることはないでしょうか? この大変な世情のなか、実習含めカリキュラムを組み立てるご苦労は相当なものと推察いたします。私がご依頼をいただく専門学校や大学では、「短時間の施設見学」+「現場のスタッフが講義」という形式をとっていました。私も現場のスタッフとして講義をしており、リモートと対面、どちらも対応しております。そのような事例があるということをお伝えさせていただきます。 うつ病の利用者さんには焦って安易な手段をとらず、回復を「一緒に待つ」姿勢で <Q6> うつ病の利用者さんとの接し方を教えてください。 うつ病で私が心がけていることは大きく「自殺防止」と「自然体でいること」の二つです。 質問者様がどのような場面でうつ病の方との関係性にお困りなのか、想像の域を出ませんが、これまでお会いしてきたうつ病と診断された方からは、「普通でいてくれた方がありがたい」という声が多く聞かれました。うつ病を発症する方は、「他者が気を遣っている」という感覚を必要以上に取り込んでしまう傾向にあるようです。「自分が迷惑をかけている」という意識が強くなるのだそうです。妙に明るい口調では疲れるようですし、かといって相手のトーンに合わせて自分が普段しないような落としすぎたトーンで接すると、それこそ「気を遣われている」と感じるようです。 まずは、あくまで自然体であることをおすすめします。その上で、無理に相手を動かそうとしないということを私は心がけています。 不思議なもので、それまで仕事一筋であった方が療養期間中にピアノを始めたり、同じような経緯の方がそれまで観たことのない映画にはまったり、空手を始めてみたり、という具合に回復の過程において、新しいものに興味を抱く方が一定数いらっしゃいました。共通しているのは、「活動とセット」ということでした。私は「興味の引き出しがどのくらいあるか」ということを、回復の目安にしています。 また、近年言われているうつ病の脳内炎症モデルを知ると、「抑うつはむしろ回復過程」と私は励まされる気持ちになります。なれなれしい自然体を嫌う患者さんも多いので、あくまでご自身の良識の範囲で関わっていくことがコツです。また、私は「うつ病は休息を身体が欲している」という状態であるということを念頭に入れ、回復を一緒に待つことを心がけています。間違っても「こうすれば改善する」といった安易な手段を取らず、忍耐をもってお話を伺うことが重要と考えています。 恋愛感情をもたれたら、「これ以上接近するといい関係を保てない」と伝えることも大切 <Q7> 3年以上担当していた統合失調症の男性に恋愛感情を持たれてしまいました。担当を外れても私にこだわってしまい、1ヵ月ほどで別の訪問看護事業所にお願いすることになりました。距離感を意識していたはずですが、難しいなと感じました。このようなご経験はありますか? 恋愛感情を持たれたとき、「自分の接し方に問題があったのではないか」と感じてしまう方もいらっしゃるでしょう。私も恋愛感情を持たれたことはあります。そのときも、「自分が最初にきちんと線引きをしていなかったからだ」と行動を戒めようしましたが、距離をとりすぎて、かえってよそよそしくなってしまいました。この辺りの線引きはとても難しいと思いますが、考えてみれば人間関係はそういった微妙なバランス感覚の上に成立していることが多いでしょう。 ところが精神科の臨床では、うまい距離感を保ち関係を維持する体験が少なく、「相手との距離感をとることが苦手」という方が一定数いらっしゃいます。そういう方の人間関係は、「大好きか大嫌いか」の二択に限定されてしまっています。生育環境において安定した人間関係を構築できなかった代償とも言えるでしょう。成育歴は、そういう観点から非常に大事であると思っています。 被虐待児にそういう傾向が顕著であることは有名でしょう。しかし、療育環境に問題がなさそうと思えても、塾や習い事をいくつも掛け持ちし、対等な人間関係を育まずに成長してきた患者さんがいらっしゃいました。 「看護とは対人関係のプロセスである」と知ってからの私は、「自身を媒体としてどういった関係が心地よいかを患者さんと一緒に考えることが看護師の役割の一つ」と認識を改めるようになりました。以来、「あなたとは良好な支援関係を崩したくない。これ以上接近してしまうと、いい関係を保つことは難しくなる」とはっきりお伝えするようにしています。また、「あなたが望むほど緊密ではないけれど、私はあなたとの関係は切らない」ということを、言葉でも態度でも表現するよう心掛けています。 もちろん、そうお伝えした上で「それならもういい」と言われたこともなかったわけではありませんが、案外その後も支援を継続できる方もいらっしゃいます。細くても切れない、支える糸の一本であるという気持ちで臨まれてはいかがでしょう。 ** 中村さんの豊富な経験に基づくご回答をお届けしました。明日からの精神訪問看護に生かせるヒントが、たくさん見つかったのではないでしょうか。 オンラインセミナー 『「だから」がわかると腑に落ちる精神看護』の講義内容をダイジェストにしたレポート記事も公開しております。ぜひそちらもご覧ください。 【参考】〇岩井俊憲,宮本秀明,永藤かおる『アンガーマネジメント―怒りの感情をコントロールしよう』https://hrd.php.co.jp/hr-strategy/hrm/post-578.php(2015.1.13)2022/10/31閲覧〇Adler.A 著,岸見一郎 翻訳.『人生の意味の心理学(上)-アドラー・セレクション』p.49,アルテ,2010.〇Williams.E,Barlow.R 著.壁屋康洋,下里誠二,黒田治 翻訳.『軽装版 アンガーコントロールトレーニング』.p.34,星和書店,2012.〇衛藤暢明 著.日本臨床救急医学会 監修.『救急医療における精神症状評価と初期診療 PEECガイドブック』.p.77,へるす出版,2012. 記事編集:NsPace(ナースペース)

安心感をどう作るか⑦ 人が辞めない事業所の雰囲気づくり
安心感をどう作るか⑦ 人が辞めない事業所の雰囲気づくり
特集
2022年11月15日
2022年11月15日

安心感をどう作るか⑦ 人が辞めない事業所の雰囲気づくり

最初の発生から2年が過ぎても、いまだ終息の見えない新型コロナ。感染防止対策だけではなく、目には見えないスタッフの不安やメンタルヘルスへの対応もステーションの管理者には要求されます。ベテラン管理者のみなさんに、今必要とされるスタッフマネジメントについて語っていただきます。今回は、医療法人ハートフリーやすらぎの大橋奈美さんです。 お話大橋奈美医療法人ハートフリーやすらぎ 常務理事・統括管理責任者(訪問看護認定看護師) 職員を最優先に 私たちの医療法人には、24時間支援診療所、訪問看護ステーション(機能強化型Ⅰ)、居宅介護支援事業所、ナーシングデイがあります。そのなかで、私は、職員の安心と幸せを最優先にした姿勢を貫いています。極端な言いかたを許してもらえば、「利用者さんよりも職員を大切にする」という姿勢です。 大切にされている職員だからこそ、利用者さんやご家族を大切にすることができます。 退職率は低いが、若い職員も多い 常勤看護師は、現在21名です。コロナ禍での看護師の退職の増加が話題になりましたが、辞める人が少ないのが私たちのステーションの特徴です。一方で、看護師の平均年齢は30代前半と比較的若いのも特徴です。毎年新人の応募者が殺到し、採用試験は3次まで行っています。 なぜ、職員が辞めずに新人の応募も多いのか、思い当たる理由を九つ挙げていきます。 ①事業所内で雑談が多い 当ステーションで飛び交う話は、仕事の話よりも雑談のほうが多いかもしれません。ほかのステーションの管理者さんと話をすると、雑談が少ないところほど、辞める人が多い傾向がある感じがします。たとえば、トイレで一緒になった職員にはこんな声を掛けます。 「その髪、あの女優さんみたいで、かわいいなあ」「言いすぎでしょう?」「ははは、褒めすぎたわ」 そんな雑談の積み重ねが、「悩み相談」をしやすい柔らかな雰囲気を生み出します。 ②利用者宅でも柔らかな雰囲気を継続 冗談が飛び交う柔らかな雰囲気は、訪問の際、利用者さんにも伝わります。たとえば、新人と先輩が一緒に訪問したとします。 「わしもなあ、どの道その道、あの世に行く道や。この子にわしの血管に打たしてやって、この子が点滴を上手になるのがわしの役割や」 利用者さんも新人を育ててくれるのです。 ③「ありがとう」と何度も言う 職員に対し、感謝の気持ちを一日に100回以上伝えていると思います。ステーションが運営できるのは、職員の働きがあるからです。その感謝の気持ちを「あいうえお」の言葉で表します。すなわち、「ありがとう、いいね、うれしかったわ、ええやん、おおきに」です。 ④褒めるだけの職員面接 年に2回、人事考課の面接があります。そこでは、その職員がやって来たことを具体的に褒め、注意に類することは一切言いません。 注意に関しては、当ステーションの管理職や先輩たちが、現場でそのつど行います。 「褒める」ことは、「認める」ことでもあります。管理職を私が認めれば、管理職は自然に部下を認めます。 ⑤自分で目標を考えてもらう 人事考課の面接で私が心がけていることは、自分で目標を立ててもらうことです。 「自分の弱みは何だと思う?」「ターミナルケアで、家族にいろいろ言われると、何もできなくなることです」「どないしたらええのやろ?」「何かをしようとするよりも先に、家族の話にもっと耳を傾けるように努力します」 自分の考えた目標だからこそ責任を持てるのだと思います。次のような言い方に比べてモチベーションがあがるのは確実です。 「あんたってなあ、ターミナルケアで、家族に高圧的に言われたら、何もできへんよなあ」 ⑥好き嫌いを認める 利用者さんだって、合う看護師と合わない看護師がいるように、看護師だって、相性の悪い利用者さんがいます。私は、それを認めています。苦手や弱みを克服するよりも、得意や強みを伸ばすほうが、のびのびと働けます。 ⑦毅然とした姿勢を示す瞬間も 職員に感謝する一方で、毅然と姿勢を示す瞬間もあります。「ニコニコ笑顔」が当ステーションの文化であり、苦虫をつぶしたような顔をしている職員には、「どんなことが家であったのか知らんけど、そんな表情ゆるさへん」などと、すぐに注意を飛ばします。 ⑧一人では何もできないと自覚する 本音で語り合え、思いを共有できる仲間を一人確保するところからステーションづくりを始めました。その後、何があっても揺るがない仲間が、三人、四人と増えていきました。 ⑨できる方法を考える できない言い訳よりも、できる方法を考えるよう徹底しています。たとえば、新型コロナに感染した利用者さん宅に「訪問したい」という職員がいました。こちらが、「行くな」と止めても、「助けたい」と職員は言います。これ以上止めたら、モチベーションが下がります。そこで私は、次のように言いました。 「よっしゃ、わかった、行きたいんやな。じゃあ、安全に訪問できる方法を考えようや」 * 利用者さんを助けたいと申し出る職員たちを、私は誇りに思っています。そんな職員を守り、大切にするのが私たち管理者の役目です。 ー第9回に続く 記事編集:株式会社メディカ出版

訪問看護のBCP
訪問看護のBCP
特集
2022年11月15日
2022年11月15日

[7]連携の観点から事業所のリソース不足の解消方法を考えてみよう

この連載では「訪問看護BCP研究会」の発起人のお一人、日本赤十字看護大学の石田千絵先生に訪問看護事業所ならではのBCPについて解説していただきます。今回は、自事業所のリソース(資源)をまかなう上で必要となる、地域における多職種・多機関との連携や平常時からの関わり・つながりに関する重要性について考えていきます。 【ここがポイント】・自事業所だけではリソース不足が解消できないものについては、外部リソースの観点から対応を検討するとよいです。・平常時の関わりやつながりは、大規模な災害や健康危機が起こった際に効果的な活動につながることがわかっていますので、平常時から他の訪問看護事業所や多職種・多機関と連携することが大切です。 地域・他組織との連携 まずは、全国訪問看護事業協会の「自然災害発生時における業務継続計画(BCP)-訪問看護ステーション向け-」の「Ⅱ 訪問看護ステーションの事業継続計画(BCP) 考え方と記載例」にある「4.地域・他組織との連携」の内容に沿って体制の構築・整備について見ていきましょう。 「4.地域・他組織との連携」は、「1)地域の連携体制の構築」と「2)受援体制の整備」の2項から構成されています。詳細は次のとおりです。 1)地域の連携体制の構築(1)地域多職種連携のネットワークの役割の確認とネットワークづくり(2)訪問看護部会・職能団体等の役割の確認とネットワークづくり(3)利用者をめぐる関係者の役割の確認とネットワークづくり(4)緊急時にネットワークを生かした対応2)受援体制の整備(1)事前準備(2)利用者情報の整理・職員情報の整理(3)地域への災害支援 地域の連携体制の構築 「1)地域の連携体制の構築」では、連携関係機関や行政機関などの役割を確認し、平常時から協力関係を構築すると記載されています。 具体的には、自治体・地域包括支援センターの保健師や福祉職、主任ケアマネジャー・ケアマネジャー、社会福祉士、ヘルパー、在宅酸素や腹膜透析に関わる業者、民生委員・児童委員や自治会役員などの地域の人々との連携があれば、それぞれの情報と連携内容を整理しておきます。また、訪問看護ステーション協議会や全国訪問看護事業協会などとの情報や連携内容、日頃から助け合える訪問看護事業所についても情報と連携内容を記しておきます。 自事業所だけではリソース不足が解消できないものについては、外部リソースという観点で対応を検討します。多職種や他の訪問看護事業所との協働を検討したり、新たなしくみを平常時から構築しておくとよいでしょう。 受援体制の整備 自事業所のリソース不足の中でもスタッフや物資が不足する場合、「受援」も検討していきます。特にスタッフの「受援」の場合、支援を受け入れるための手順や体制を定めた受援計画が必要です。同じ看護職でも訪問看護の経験がなければ任せることは難しいものですし、たとえベテランの訪問看護師であっても、すべての利用者や家族のもとに事前の情報提供をせずに依頼することはできません。 どのような対象の訪問であれば外部委託できるのか、そのためにどのような情報やモノを準備しておけばよいのか、誰が支援者をマネジメントするのかなどを検討します。「受援」のためにも「ヒト」「モノ」「情報」などが必要となりますが、被災時にこれらのしくみをつくることはできません。そのため「Ⅱ 訪問看護ステーションの事業継続計画(BCP) 考え方と記載例」のひな形では、具体的な準備として利用者情報や職員情報を整理し、記しておくことが推奨されています。 地域への災害支援 「地域への災害支援」は、「4.地域・他組織との連携」において「受援体制の整備」の中に含まれていますが、「受援」の逆です。どのように地域へ支援を行うことが可能かをまとめておきます。 避難所支援、福祉避難所支援、他の訪問看護事業所への支援、地域住民への支援など、緊急時の派遣が可能か否か、可能であればどの範囲で支援をしていくかといったことについて、平常時から他(多)機関との話し合いを経て、検討したことを記しておくとよいでしょう。 自然災害と感染症BCPの違い この連載の第1回から第6回まで自然災害におけるBCPを策定してきましたが、リソースを中心に策定しておくと新型コロナウイルス感染症におけるBCPでも同様の考え方で概ね策定できるようになります。 ただし、利用者への対応や時間的経過の違いで内容が変わってきますので、違いを理解してBCPに活かすとよいでしょう。 例えば、感染症では感染症(疑い)の利用者へのサービス継続や対応で、特別な「リソース:モノ」が必要になったり、「リソース:ヒト」の配置でスタッフの選抜や心理的負担が増えることなどが挙げられます。また、大規模自然災害とパンデミックを引き起こす感染症とでは、図1のような時間的経過に伴う業務量の変化に違いがあります。 自然災害では災害サイクルに応じた変化の見通しが立ちますが、パンデミックですと収束した後にまた大きく感染者が増えるなど、見通しが立ちにくく、「支援」と「受援」が長期的な視点で必要になるという特徴もあります。そして、地域によっては、自然災害以上に保健所や医師会との協働も必要になる場合があります。 図1 災害と新型コロナウイルス感染症の発生後業務量の時間的経過に伴う変化 厚生労働省老健局.「介護施設・事業所における新型コロナウイルス感染症発生時の業務継続ガイドライン」,2020,p.6より引用(一部抜粋).https://www.mhlw.go.jp/content/000922077.pdf2022/8/25閲覧 自然災害が発生した場合、インフラ停止などによる通常業務の休止や、避難誘導・安否確認などによる災害時業務の発生のため、通常の業務量は急減する。一方、パンデミックを引き起こす感染症では、通常業務は縮小し、流行の程度によって変動することが想定される。 地域特性をふまえた地域連携 大規模自然災害でも地域の保健所が主に対応しますし、訪問看護事業所が平常時の活動を続けることで地域医療が守られてきた実績はありますが、国や自治体を主とする災害時保健医療福祉体制の中に訪問看護事業所の役割は明記されていません。一方、新型コロナウイルス感染症では、地域によっては保健所の役割の一部を医師会や訪問看護事業所が担うようなしくみがつくられ、協働が大規模に行われている自治体もあります。 訪問看護事業所のある地域ごとにしくみが異なるため、「4.地域・他組織との連携」については、大規模自然災害と感染症を分けて、自治体や医師会との連携を記しておくとよいでしょう。 平常時からの関わり・つながりが災害・感染症発生時に活かされた例 他の訪問看護事業所や多職種・多機関との連携で、平常時から顔の見える関わりや助け合うしくみを構築していたことにより、大規模自然災害や新型コロナウイルス感染症においても、大変有意義な協働や「受援」「支援」体制が整い、機能した例をご紹介します。 熊本県訪問看護ステーション協議会では、ペアステーションをつくり熊本地震の初動における安否確認や相互支援のしくみを動かしました。そのほか、市の保健師と協働し、訪問看護師が利用者宅へ食料を届けたり、平常時に実習を受け入れている看護系大学の学生から片づけのボランティアの支援を受けたりといった活動をしました1)。平常時から連携している多機関との協働で、この連載の第6回で述べたような増やす対策や活用する対策を行いリソース不足に対応したのです。 また、都内の例2)では、もともと新宿区内の訪問看護事業所でつくられていた「新宿区訪問看護ステーション協議会」というネットワークを活用し、情報の交換や事業所間の「支援」「受援」が行われていました。新型コロナウイルス感染症が流行し始めた当初から、既存のつながりを活かして、増やす対策と活用する対策が行われたのです。さらに、医療体制がひっ迫し重症リスクの高い陽性者が自宅療養を余儀なくされた際、保健所や区の医師会と協働し、健康観察のための電話対応や訪問を行うなど、平常時の関わり・つながりを活かして地域医療に貢献しました。 このように、平常時の関わりやつながりは大規模な災害やパンデミックなどによる健康危機が起こった際に効果的な活動につながることがわかっています。平常時から他の訪問看護事業所や多職種・多機関と連携することは大切です。関係機関で集まり、地域単位でBCPについて検討してみることをおすすめします。 執筆 石田 千絵日本赤十字看護大学看護学部地域看護学 教授●プロフィール1989年聖路加看護大学(現 聖路加国際大学)卒業後、聖路加国際病院他で勤務。1995年阪神淡路大震災および地下鉄サリン事件を契機に、地域×災害に関わる教育や研究を始めた。災害の備えは「平時に自分らしく生き、かつ、社会的によい関係性を保つこと」がモットー。看護学博士。 「訪問看護BCP研究会」とは、2016年にケアプロ株式会社、日本赤十字看護大学、東京大学他の仲間による訪問看護×BCPに特化した研究会。毎月1~2回程度で研究や研修などを行っている。▼訪問看護BCP研究会のホームページはこちら ※記録様式のダウンロードも可能です。 記事編集:株式会社照林社 【引用文献】1)石田千絵著.「複数の危機対応を可能にした県内事業所の体制整備」,BCP研究会編著.『訪問看護事業所のBCP』,東京,日本看護協会出版会,2022,p.113-122. 2)井口理著.「外部リソースの調達を可能にした他機関との連携」,BCP研究会編著.『訪問看護事業所のBCP』,東京,日本看護協会出版会,2022,p.123-124.

【多職種連携】理学療法士が訪問看護でヒヤッとしたこと4選
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特集
2022年11月22日
2022年11月22日

【多職種連携】理学療法士が訪問看護でヒヤッとしたこと4選

訪問看護の現場は病院やクリニックと全く異なる環境ですが、ヒヤリハットは同じように存在します。例えば、訪問看護スタッフの人為的なミスや、利用者さんが起こす予想外のハプニングなどです。一方、利用者さん宅へ移動中に起こる交通ハプニングもあり、これは訪問看護ならではのものですね。 今回は理学療法士である私自身が、訪問看護で経験したハプニングについてご紹介します。 目次・訪問看護ならではの車に関するトラブル・パーキンソン病を患う利用者さんの薬が切れてヒヤリ・利用者も介助者も転倒しそうになる場面がいっぱい・歩行訓練中、床に落ちている内服薬を発見・隠さずに共有することが大切 訪問看護ならではの車に関するトラブル 医療の現場ではなく「訪問」看護だからこそ起こり得るものとして、交通手段でのトラブルがあります。土地勘がない道路での運転は慣れが必要ですので、訪問看護の初めには道に迷うことが少なからずあります。 私が実際に経験したものとしては、道を間違えてしまい約束の時間に訪問予定のお宅にたどり着けなかったということがありました。可能であれば、訪問看護に伺う前にルートの確認ができればベストですね。しかし、時間に余裕を持って行動していれば多少の間違いがあっても大きな問題となることはなさそうです。 同じく車で起こり得るヒヤッとすることとして、スピード違反や事故といったものもあります。もちろん、訪問看護の車だからといって交通違反は見逃してもらえません。これらも時間に余裕を持って行うことが大切な予防策です。 また訪問看護の利用者さんのご自宅に十分な駐車スペースがない事もあります。路上に駐車する際は場所をご家族に確認することが必要ですね。実際に、利用者さんの家族に確認し忘れて、お隣の敷地に駐車してしまったために駐車違反の切符を取られた同僚もいました。近隣なら自転車など別の手段を使用するのも手段の一つですね。 パーキンソン病を患う利用者さんの薬が切れてヒヤリ 訪問看護の現場では時に日中独居の方もいらっしゃいます。 実際の例として夕方に家族が帰宅するまでの間、さまざまな職種が訪問をして投薬管理や日常生活のケアをしていた重度のパーキンソン病の利用者さんのお話をしたいと思います。その方は、娘さんと2人暮らしでしたが日中は独居であり、また薬のオンオフが激しく薬が切れてしまうと動作の最中でも動けなくなってしまう方でした。 1時間ごとにケアワーカー、ナースなどが訪問し、薬の飲み忘れがないかどうかも含めて管理していましたが、ある日訪問すると返答がなく、いつも座っている車椅子にもいません。呼びかけにも、声が出にくくなるというパーキンソン病のせいか返答もなく、少し開いているトイレを覗いたところ、車椅子に移る動作の途中転んだようで地面に倒れていました。薬の作用が切れてしまったらしく、立ち上がれなかったとのこと。病気によってはこのようなハプニングもあります。かかりつけ医に報告しましたが、診察の結果、骨折等もなくひと安心となりました。 利用者も介助者も転倒しそうになる場面がいっぱい これは訪問看護でも病院でも起こり得ることですが、トイレや車椅子への移乗もしくは歩行訓練中に、利用者さんがガクッと膝折れを起こしてしまいバランスを失うという事があります。実際に、脳梗塞後の高度な高次脳機能障害のある70歳女性のトイレ移乗動作を介助している時に、体が反り返ってガクッと膝折れを起こしてしまい、倒れこむようにベットに寝かせた経験がありヒヤッとしました。安全のために、歩行介助ベルトなどをつけて訓練を行いますが、不意に起こると対応が難しい場合もあります。やはり不測の事態にも備えて介助することが必要ですね。 また、訪問看護では靴を履きませんので、畳やフローリングなどで滑ることがあります。入浴現場での介助では、水滴や石鹸など一層滑りやすい要素もいっぱいです。余分な水分は十分に拭き取り、あらかじめシミュレーションを行って予防策を練ることが大切です。 歩行訓練中、床に落ちている内服薬を発見 訪問看護を受けている利用者さんの中には、年老いた配偶者が介護をしている老々介護の場合もたくさんあります。ご夫婦ともに軽度の認知症があると言った場合には、薬の内服に関することなどでもヒヤッとすることがあります。 実際の現場で起こった話として、日中はご高齢のご夫婦のみとなる利用者さんの自宅内で歩行訓練中、ベッドの下から内服薬が落ちているのを発見したことがあります。ご夫婦ともに軽度の認知症があり、落ちていた内服薬は、錠剤のみになっているためにどのような薬効のものなのかわからず、またいつに落としたものなのか、飲ませてもいいものかわからずにヒヤッとしたことがあります。 幸い全てのお薬には、製薬会社のマークと番号などが記載されているため、薬剤師さんに問い合わせたところ、胃薬であることがわかって飲まなくてもいいということになりました。 しかし、様々な病気を持ち合わせている可能性がある高齢者の場合には、循環器系の大切なお薬が含まれている場合もあり、飲まないと困るということもありますので、大切なお薬に関する知識も大切です。また、このような場合にはしっかりと報告し、専門家の指示を仰ぎましょう。 隠さずに共有することが大切 おわりになりましたが、どんな仕事内容の現場であってもヒヤッとする場面は存在します。 訪問看護のスタッフが起こす人為的なものだけでなく、利用者さんが薬を落としたり無くしたり、利用者さんご自身が体のバランスを崩して転倒してしまうなど、避けられない事態によることもあります。 また、病院では起こり得ないような交通手段でのヒヤッとすることは、訪問看護ならではのものですね。 重要なのは、現場でのヒヤッとしたことを放置せずに他のスタッフなどと共有することです。隠さずに共有することは、大きな事故を防ぐことや同じような状況下で起こり得ることを予測して対応策を考えることができるという利点もあります。もちろん、ヒヤッとした時には慌てることがないように行動することが最も重要ですので、普段からパニックに陥らないように心がけたいものですね。 記事提供:株式会社3Sunny(スリーサニー)

BCPとBCM(事業継続マネジメント)について考えてみよう
BCPとBCM(事業継続マネジメント)について考えてみよう
特集
2022年11月22日
2022年11月22日

[8]BCPとBCM(事業継続マネジメント)について考えてみよう

この連載では「訪問看護BCP研究会」の発起人のお一人、日本赤十字看護大学の石田千絵先生に訪問看護事業所ならではのBCPについて解説していただきます。最終回の今回は、ワークシートを使ったBCPの作成手順をおさらいし、さらにBCM(事業継続マネジメント)についても解説していきます。 【ここがポイント】・優先業務・重要業務の選定から事業継続計画サマリまでのワークシートの使い方をまとめています。・研修やシミュレーション訓練などをとおして、BCPの「計画・導入・運用・改善」を考えPDCAサイクルを回すことで、BCM(事業継続マネジメント)も行っていきましょう。 第8回、最後の回になりました。今回は、ここまでの連載でご紹介してきたリソース(資源)中心に考えることができるBCP策定のためのワークシートを再度取り上げ、その使い方を「Ⅱ 訪問看護ステーションの事業継続計画(BCP) 考え方と記載例」のひな形に沿って復習します。そして、「1.総論」の「6)研修・訓練の実施、BCPの検証・見直し」(図1)について考えていきたいと思います。 図1 「自然災害発生時における業務継続計画(BCP)」の目次(「Ⅱ 訪問看護ステーションの事業継続計画(BCP)考え方と記載例」の項目を抜粋) 全国訪問看護事業協会.「自然災害発生時における業務継続計画(BCP)―訪問看護ステーション向け―」,2020,p.2-3.より引用.https://www.zenhokan.or.jp/wp-content/uploads/r2-1-3.docx 2022/8/25閲覧 リソースを中心としたBCPの作成手順(優先業務・重要業務の選定~BCPのサマリ作成) まずは、この連載の第7回までにご紹介してきた事業所のBCP策定に使用可能なワークシートと使用方法を簡単におさらいしていきましょう(図2)。 ①優先業務・重大業務を選定する(業務トリアージ) 平常時における業務をリストアップし、各業務を発災後に「継続」「縮小」「中断」するか、振り分けます(業務トリアージ)。そして、「72時間以内」「72時間~1ヵ月以内」「1ヵ月以降」の時間軸でも検討し、72時間以内で「継続」となった業務が「優先業務・重要業務」といえます。 さらに、第4回からの+αの整理事項として、災害直後に行わなければならない特有の業務も書き出しておくとよいでしょう。この業務についても行うタイミングを「72時間以内」「72時間~1ヵ月以内」「1ヵ月以降」の時間軸で検討します。 ①についての詳細な解説は第4回を参照。 ②優先業務・重要業務のリソースを書き出す ①で選定した「優先業務・重要業務」について、業務遂行に必要なリソース(ヒト、モノ、カネ、情報)を検討し書き出します。 ②についての詳細な解説は第5回を参照。 ③リソースリスクを書き出す ②で検討したリソースに対して、大規模自然災害やパンデミックによって引き起こされるリスクを書き出します。 ③についての詳細な解説は第6回を参照。 ④リソースリスクを時系列ごとに書き出す リスクを災害直後、72時間以内、1ヵ月以内、1ヵ月以降、に分けて書き出します。 ④についての詳細な解説は第6回を参照。 ⑤平常時の対策とリソースリスクへの対策・対応を検討する 減らさない対策・対応、活用する対策・対応、増やす対策・対応に分けて、リソースリスクへの対策・対応を検討します。 ⑤についての詳細な解説は第6回を参照。 ⑥ 事業継続計画サマリの作成(BCPの概要の完成) ⑤の内容を事業継続計画サマリに転記します。このサマリは、⑤のワークシートの時間軸を横に書き換えたものです。これまで検討してきた内容を1つにまとめることができるので、発災時に役立つ資料となります。平常時から誰でも目に付く場所に貼っておいたり、BCPや災害対策マニュアルの表紙にしておくとよいでしょう。 ⑥についての詳細な解説は第6回を参照。 研修・訓練の実施とBCPの検証・見直し BCP策定の根拠法令は、厚生労働省令「指定居宅サービス等の事業の人員、設備及び運営に関する基準」(2021(令和3)年1月)、および「指定訪問看護の事業の人員及び運営に関する基準」の改定です(2022(令和4)年4月)。そして、訪問看護事業所が2024(令和6)年3月までに義務づけられた内容は次の通りです。 感染症や災害が発生した場合であっても、必要なサービスを継続的に提供できる体制の構築を目指し、業務継続に向けた計画等の策定、研修の実施、訓練(シミュレーション)などの計画・実施を行う。 つまり、BCPを策定するだけでなく、研修や訓練も行わないとならないと書いてあるのです。多くの事業所では、まだ十分に自事業所のBCPを検討できていないことがわかっています。そのため、研修や訓練を行うことまで求められている事実に、途方に暮れる方もいらっしゃると思います。また、何をもって研修や訓練というのかを疑問に思っている方も多いと思います。 では、訪問看護事業所におけるBCPの研修や訓練とは何を指しているのでしょうか? 実は、訪問看護事業所BCPにおいて、評価の指標は存在していません(2022年8月現在)。そして、研修や訓練の内容や規模についても、特に指定されているわけではありません。当然のことですが、だからといって、研修や訓練をする必要がないわけではありません。 例えば、先ほどお示ししたワークシートを用いてBCPを何度も見直し、ブラッシュアップすることも1つの研修と言えます。丁寧に自事業所の優先業務・重要業務を選定するだけでも、災害直後に一部の業務を「縮小」「中断」してもよいという判断が可能です。また、災害直後の混乱の中で判断がつきにくい状況であっても、事前の選定により、誰もが安心して重要業務を優先して実施することができます。 また、訓練(シミュレーション)も机上で実施可能です。自事業所のある地域で起こり得る自然災害の種類やその規模を、時間帯、曜日などを変えて、策定したBCPで対応できるのかをシミュレーションすることも訓練と言えるからです。 ケアプロ株式会社では、他地域で自然災害が起こるたびに、同じ災害が自事業所で起こったことと想定して、BCPを発動させるかどうか、させるとしたら現在のBCPで対応可能かといったことについてシミュレーションをしているそうです。そして、不足している想定やその対応方法が見つかり次第、自事業所におけるBCPをブラッシュアップし、多職種・多機関連携についても検討しているとのことです。 BCPとBCM 内閣府は、2005(平成17)年に初めてBCPガイドライン(第1版)を策定1)した後、2013(平成25)年のBCPガイドライン改定2)の際に、BCM(Business Continuity Management)、すなわち事業継続マネジメントが必要であることを記しています。BCP策定において事業継続のための計画を立案するだけでなく、BCMで「計画・導入・運用・改善」などを考えPDCAサイクルを回す必要があるためです。 図2は、内閣府が「事業継続ガイドライン-あらゆる危機的事象を乗り越えるための戦略と対応-」の中で示したBCMのプロセスです。訪問看護事業のBCPにおいても、BCMの視点が初めから記されていたことがわかります。 図2 事業継続マネジメント(BCM)のプロセス 内閣府.「事業継続ガイドライン-あらゆる危機的事象を乗り越えるための戦略と対応-」(改定版),2013,p.8. より引用。フキダシは著者による。 最後に 訪問看護事業所のBCP策定のお話は以上となりますが、みなさん、いかがでしたでしょうか? 少しはお役に立てましたでしょうか? まずは、自事業所のある地域のハザードマップを手に入れ、自事業所の方針を立ててみてください。そして、優先業務・重要業務の選定から事業継続計画サマリまでつくってみましょう。同時に、利用者・家族への平常時の取り組みや、自事業所での平常時の取り組みも検討してみてください。 自事業所で対応しきれない事象が見つかれば、多職種・多機関などの外部リソースの活用を考えましょう。可能であれば、外部へのリソースの提供も検討してみるとよいでしょう。一度つくったら何度でもシミュレーションしてください。この繰り返しがBCMです。BCMのプロセスにより、よりよいBCPが策定できます。 「千里の道も一歩から」です。自事業所を守ることは、スタッフはもちろんのこと、利用者・家族を守ることであり、地域医療を守ることにつながります。何よりもみなさんご自身の健康をお祈りしつつ、新たな一歩を踏み出していただけることを願っています。 執筆 石田 千絵日本赤十字看護大学看護学部地域看護学 教授●プロフィール1989年聖路加看護大学(現 聖路加国際大学)卒業後、聖路加国際病院他で勤務。1995年阪神淡路大震災および地下鉄サリン事件を契機に、地域×災害に関わる教育や研究を始めた。災害の備えは「平時に自分らしく生き、かつ、社会的によい関係性を保つこと」がモットー。看護学博士。 「訪問看護BCP研究会」とは、2016年にケアプロ株式会社、日本赤十字看護大学、東京大学他の仲間による訪問看護×BCPに特化した研究会。毎月1~2回程度で研究や研修などを行っている。▼訪問看護BCP研究会のホームページはこちら※記録様式のダウンロードも可能です。 記事編集:株式会社照林社 【引用文献】1)内閣府.「事業継続ガイドライン 第一版-わが国企業の減災と災害対応の向上のために -」,2005.2)内閣府.「事業継続ガイドライン-あらゆる危機的事象を乗り越えるための戦略と対応-」(改定版),2013.

安心感をどう作るか⑧ コロナ禍のスタッフマネジメントで印象に残ったこと
安心感をどう作るか⑧ コロナ禍のスタッフマネジメントで印象に残ったこと
特集
2022年11月29日
2022年11月29日

安心感をどう作るか⑧ コロナ禍のスタッフマネジメントで印象に残ったこと

最初の発生から2年が過ぎても、いまだ終息の見えない新型コロナ。感染防止対策だけではなく、目には見えないスタッフの不安やメンタルヘルスへの対応もステーションの管理者には要求されます。ベテラン管理者のみなさんに、今必要とされるスタッフマネジメントについて語っていただきます。今回は、第8回に続き、医療法人ハートフリーやすらぎの大橋奈美さんです。 お話大橋奈美医療法人ハートフリーやすらぎ 常務理事・統括管理責任者(訪問看護認定看護師)  直行直帰を巡って コロナ禍で実施したあることに対して、スタッフが予想しなかった反応を示しました。 新型コロナウイルス感染症拡大の第1波から第3波まで、私たちの訪問看護ステーションでは、常勤看護師21名のうち、約半数を直行直帰としました。たとえ事業所内でクラスターが発生しても、少なくとも半数は、継続して業務ができるようにしたのです。 直行直帰組からは、「いちいち事業所に行かなくていいので、楽ちんや」とか、「残業がないから、いいわ〜」などの感想が返ってくると思っていました。 ところが、直行直帰をしていたスタッフは、予想外の言葉を口にするようになります。 「すごく心がしんどい」 あるスタッフは、「すごく心がしんどい」と打ち明けました。「いつステーションに行けますか?」「直行直帰は、いつまで続くんですか?」いつもの勤務形態に戻ることを切望する声が次々に聞こえてきます。「うつになりそうです」とまで言うスタッフもいました。 ことあるごとに、オンライン会議やチャットアプリのビデオ通話で「みんな元気?」「はい、元気です」などとやりとりをしているのですが、「一日でも早くみんなに会いたい」が本音のようでした。 訪問看護師の孤独 コロナ禍での業務経験を積むにつれ、PPE(個人防護具)の着用や手洗い・消毒などの感染予防を徹底さえすれば、それほど恐れる必要がないことはわかってきました。しかし、重症化リスクの高い利用者さんや高齢のご家族に感染させないように、細心の注意を払う必要があります。さらに、利用者さんのお宅でPPEを着用するときは、利用者さんを感染者扱いしているように思われない配慮が求められますし、玄関の外でPPEを着けると、「あそこの家は感染者がいる」と、いわゆる「コロナ差別」を誘発することにもつながりかねません。 ふだん以上に、気疲れするのがコロナ禍の訪問です。「仲間と話したい」と思っても、直行直帰では、それがかないません。多くのスタッフは、孤独感を深めます。 そんな直行直帰組が何よりも欲していたのは、仲間との何気ない会話です。会議やミーティングなどの改まった席ではなく、トイレで手を洗っているときや、昼食後の歯磨きのときに交わす「大変やね」「それ、わかるわ。そうや、大変やわ」「もう少し頑張れへんといけませんね」「そうやなあ、しんどいなあ」などの何気ない会話がどれほど大切なのかを、コロナ禍で痛感することになりました。 サポートできないもどかしさ 統括所長である私も、直行直帰組には、サポートがなかなか届かないもどかしさを感じていました。 たとえば、いつもなら朝礼でうつむいているスタッフを目にしたら、「家で何かあったの? 大丈夫? しんどいんとちゃうの?」などと声を掛けます。すると、うつむいていたスタッフの顔が、自然に上がってくるのです。ところが、直行直帰では、そんなサポートができません。 そこで、直行直帰組には、ビデオ通話で「頑張って〜、一人じゃないよ〜」と懸命に呼びかけました。通話している私のそばに事務所通勤組が集まってきて、「私たちも応援してるよ〜」と声を掛けます。それを聞いたスタッフは、「涙が出ました」と後で話してくれました。でもやっぱり、ステーションに行くことで感じる温もりにはかないません。 築き上げてきた「温もり」の大切さ 私は、何よりもスタッフを大事にしてきました。「さすが〜」「知らんかったわ」「すごいなあ」「センスいいわ」「そうやなあ」の〈さしすせそ〉を常に心掛けながら、スタッフに接してきました。 午前の訪問から帰って来て、「こうしたけど、よかったでしょうか?」と心配するスタッフには、「ええやん、それでええで、私も同じようにしたわ」と笑顔で応じました。その言葉を聞いて、スタッフは午後の訪問に元気良く出掛けます。 もちろん、所長だけではありません。先輩や仲間が、温かく声を掛けあいます。私たちのステーションには、たわいない会話や冗談が飛び交う日常がありました。それが、掛け替えのない財産なのだと、コロナ禍が続く今、しみじみと噛みしめています。 第4波以降、直行直帰を中止しました。 「あと1週間(直行直帰が)続いたら、私、病んでいたかもしれません」とあるスタッフが言い、「脅さんといて」と私が答えます。「マジだったんです」「申し訳なかったなあ、次から(直行直帰は)せえへんから」 本当にスタッフは宝物です。 ー第10回に続く記事編集:株式会社メディカ出版

【セミナーレポート】vol.1 生活期リハビリの要点 -訪問看護における生活期リハビリテーション-
【セミナーレポート】vol.1 生活期リハビリの要点 -訪問看護における生活期リハビリテーション-
特集 会員限定
2022年11月29日
2022年11月29日

【セミナーレポート】vol.1 生活期リハビリの要点 -訪問看護における生活期リハビリテーション-

2022年8月26日に実施したNsPace(ナースペース)主催のオンラインセミナー「訪問看護における生活期リハビリテーション」。刈谷豊田総合病院 リハビリテーション科 部長の小口先生を座長に迎え、同課の理学療法士 仲村先生と作業療法士 日比先生に、それぞれの視点から訪問看護の現場で役立つ生活期リハビリの知識や具体的なテクニックを教えていただきました。 そのセミナーの様子を、3回に分けてご紹介。第1回は、仲村先生による「生活期リハビリのポイントや成果を出すコツ」「訪問看護師と療法士の連携」についての講演をまとめます。 【講師】(座長)刈谷豊田総合病院 リハビリテーション科部長/リハビリテーション科専門医小口 和代 先生2000年より刈谷豊田総合病院勤務。2004年院内に回復期リハビリテーション病棟、2007年訪問リハビリテーション事業所を開設し、急性期から回復期、生活期まで幅広くリハビリテーション診療に携わっている。指導医として若手医師へのリハビリテーション教育やチーム医療の質の向上に取り組む。監修本:『Excelで効率化! リハビリテーション自主トレーニング指導パットレ!Pro.』医歯薬出版 2021年 (講演Ⅰ:講師)刈谷豊田総合病院 リハビリテーション科理学療法士仲村 我花奈 先生2002年より刈谷豊田総合病院勤務。急性期(神経、整形、ICU)、介護老人保健施設を経験。現在は訪問リハビリテーションを担当している。利用者の社会参加やQOLの向上を目指し、前向きな生活が送れるよう取り組んでいる。 (講演Ⅱ:講師)刈谷豊田総合病院 リハビリテーション科作業療法士日比 健一 先生2004年より刈谷豊田総合病院勤務。急性期、回復期、介護老人保健施設を経験。認知症サポートチーム、緩和ケアチーム、ICTワーキングの経験を活かし、訪問リハビリテーションでは横断的な専門的支援を提供している。 目次▶︎ 「活動」と「参加」の問題へのアプローチが重要▶︎ 「できないこと」よりも「できること」に着目を ・活動・参加の内容の考え方▶︎ 生活期リハビリの具体的な流れとポイント ・ポイント1:活動・参加につながる目標を立てる ・ポイント2:リハビリは本人や家族だけでできる内容にする ・ポイント3:利用者さんの心を揺さぶる提示を意識 ・ポイント4:些細な変化を見逃さない&本人に伝える▶︎ 療法士が望む、生活期リハビリにおける訪問看護師との連携 --> ▶︎ 「活動」と「参加」の問題へのアプローチが重要 療法士が利用者さんの現在の状況を把握する際に使用する「ICF(国際生活機能分類)」の枠組みをご存じでしょうか。ICFとは、「(1)健康状態」「(2)生活機能(心身機能・身体構造/活動/参加)」「(3)背景因子(環境因子/個人因子)」という互いに関係し合う3つの観点から、対象者の生活機能と障害について分類するものです。 このなかの「(2)生活機能(心身機能・身体構造/活動/参加)」の視点から利用者さんの健康状態を整理すると、以下のような問題点が見えてきます。 ●「心身機能・身体構造(心体の動き)」の問題→麻痺、筋力低下など心身の機能や構造に問題がある状態●「活動」の問題→着替えや食事、排泄、家事動作など「生活に必要な行為」に支障がある状態●「参加」の問題→趣味や地域活動、労働など、本人がもつ「役割」を果たせない状態 「活動」は生活に必要な行為すべてを、「参加」は社会や家庭で役割を果たすことを指します。生活期リハビリを支援するにあたっては、この「活動」と「参加」の問題をいかに改善していくかを常に考えることが重要です。 ▶︎ 「できないこと」よりも「できること」に着目を 「活動」と「参加」にアプローチすることで、心身機能の向上を図ることもできます。なぜなら、心身機能と活動、参加は互いに影響を与え合うものだからです。 このときにポイントとなるのが、「できないこと」にばかり注目するのではなく、「できること」に目を向けること。支援する私たちも利用者さんも「できないこと」ばかりに意識が向いてしまいがちですが、それでは多くの場合うまくいきません。「心身機能に問題がある=実践できる活動や参加がない」ということは決してありません。「今できる活動・参加」を実践して成功体験を重ねれば、自己効力感が向上し、自信が回復してさまざまなことに能動的に挑戦できるようになるはず。そうして、心身機能の回復につながっていくことが期待できます。 活動・参加の内容の考え方 活動・参加に積極的に取り組んでもらうためには、利用者さんの希望に合った内容にすることが大切です。日頃から利用者さん中心のコミュニケーションを重ね、その人の価値観や生活背景を探り、それに基づいた内容を考えてみましょう。例えば「カメラが趣味だ」という利用者さんがいたとします。それだけ聞いて「撮影の練習をしましょう」と提案しても、その方が撮った写真を自慢することが好きだった場合、リハビリはうまくいきません。それよりも、今までに撮った写真について話せるコミュニティーへの参加を検討するほうが、きっと主体的に取り組んでくれるはずです。普段の会話のなかにひそむヒントをぜひ見つけてください。 ▶︎ 生活期リハビリの具体的な流れとポイント 続いて、生活期リハビリの具体的な流れに沿って、内容の決定や利用者さんへの提示などにおけるポイントをご紹介していきます。 ポイント1:活動・参加につながる目標を立てる まずは、利用者さんの課題や現状を整理し、本人が望む活動・参加につながる具体的な目標を立てましょう。例えば、「家族に食事を振る舞えるようにする」「孫を膝に乗せられるようにする」などです。 ポイント2:リハビリは本人や家族だけでできる内容にする そして次に、その目標を達成するためのリハビリ内容を考えていきます。このときのポイントは、療法士がいなくても本人や家族だけでもできるものにすることです。無理なく継続できるような内容にしましょう。 ポイント3:利用者さんの心を揺さぶる提示を意識 リハビリの提示をする際は、「心を揺さぶる伝え方」を意識してください。内容は同じでも、言い方ひとつで利用者さんのモチベーションは大きく変わるものです。 例えば、立ち上がり練習をしてもらいたいとき。「足の筋力が弱いので、立つ練習をしましょう」と伝えるよりも、「30秒つかまり立ちができれば、トイレや着替えがラクになりますよ。まずは10秒立つことから始めてみませんか?」と伝えたほうが、利用者さんのやる気を引き出しやすくなるはずです。 ポイント4:些細な変化を見逃さない&本人に伝える リハビリを継続してもらうには、効果を感じてもらえるようにすることが重要です。利用者さんの変化をよく観察し、言葉にして積極的に伝えましょう。また、療法士だけでなく看護師さんやご家族など、周りのみんなで伝えることもポイント。「前よりもよくなったね!」と声をかけられると、利用者さん本人も自身の変化を実感しやすくなります。 ▶︎ 療法士が望む、生活期リハビリにおける訪問看護師との連携 リハビリでは、PDCAサイクルを回して、常により効果的な形を模索していきます。訪問看護師のみなさんには、ぜひこのサイクルに参加してほしいと考えています。看護師さんの視点から、その方にあった活動と参加はどんなものか、その実現のためにはどんなリスクがあるのか、どんどん意見を出してほしい。また、リハビリの評価についてもぜひ話し合いたいです。そうやって、療法士と看護師さんとで一緒によりよいリハビリをつくっていければと思います。 次回は、日比先生による講演「vol.2 生活動作への具体的なアドバイス方法(1)」についてお伝えします。 記事編集:YOSCA医療・ヘルスケア

CASE2利用者からのハラスメントへの対応_その2:相談に対して管理者はどう対応するか
CASE2利用者からのハラスメントへの対応_その2:相談に対して管理者はどう対応するか
特集
2022年12月6日
2022年12月6日

CASE2利用者からのハラスメントへの対応_その2:相談に対して管理者はどう対応するか

管理者として課題に直面したとき、自分以外の管理者がどう判断するかを知りたくなることはありませんか? この連載は、参加者どうしで考えをシェアしあう研修手法である、ケースメソッド注1セミナーの形式に沿って、訪問看護管理者が直面する課題を考えていきます。第5回は、カスタマーハラスメントへの対応として、管理者としての具体的な行動を考えます。 はじめに 前回は、田中さんの心理的ケアと事実確認の必要性、ハラスメント対応のために関係する人々は誰なのか、意見を出しあいました。続く今回は、訪問看護管理者として何ができるのかをテーマに意見交換を進めます。 議論の題材となっているケースと設問は以下のとおりです。 ケースと設問 CASE2 スタッフから、利用者によるハラスメントの相談を受けたとき スタッフナース田中さんから「利用者Hさんの訪問を外してほしい」と相談を受けた。利用者Hさんには脳梗塞後麻痺と心不全があり、入浴介助を行なっていた。Hさんはニコニコと穏やかな性格だったが、介助時に「裸になって一緒に入ろう」などとセクハラ発言をされるのが不快という理由だった。Hさんは一人暮らしで、以前利用していた訪問看護ステーションでも同様の言動がみられ、さらに、キーパーソンの娘が「厳格で真面目な父がそんなことをするはずがない」と主張し、その訪問看護ステーションでトラブルになっていた。そんな経緯での当ステーションへの依頼だったため、依頼を受けることにはスタッフナースたちから反対の声が大きかった。よく依頼をくれるケアマネジャーからの依頼で、しかも直近は当ステーションの売上が低迷しているために、依頼を受けることにしたのだ。管理者としてどう対応したらよいだろうか? 設問もしあなたがこの管理者であれば、Hさんのような利用者への対応はどのようにすべきだと考えますか。ご自身の経験から考えたアイデアをみなさんにシェアしてください。 相談を受けた後にどのように対応していくか 講師ここまでの意見交換で、カスタマーハラスメントへの対応として、多くの関係者との協力が必要なことがわかってきました。では管理者として、やるべきこと・できることは、どんなことでしょうか? Aさん注2田中さんの話をよく聞き、そしてHさんに話を聞く必要があります。田中さんは思い出すのも嫌だとは思いますが、ハラスメント発生時のことについて詳細に記録を書くように指示します。あとはHさんの既往歴から考えると、Hさんに話をする前に、主治医と相談する必要があるなと思います。 Bさんできるだけ早く、ケアマネやキーパーソンの娘さんにも連絡する必要があると思います。ケアマネにはすぐに電話報告でいいと思いますが、娘さんは気難しそうですし、誤解があるといけないので対面でお話をしたいです。 Cさんすでに発言が出ていたと思いますが、事実確認と田中さんの心理的なケアはできるだけ早く行う必要があります。そしてハラスメントの事実があるのであれば、Hさんやその家族に対して契約解除もやむを得ないことを毅然とした態度で伝えるべきです。 Dさん田中さんの代わりに入るスタッフの検討も必要です。このステーションは売上が低迷しているので、ここで契約終了というのはなかなか言えないと思うんですよね。 Eさんセクハラについて相談できる専門家、弁護士さんのような人がいるといいですね。悪質なセクハラに発展しないとも限りませんし。でもスタッフを守ることも管理者としてやるべきことですよね。 講師記録をつけることは大切ですね。そして、田中さん・Hさんに事実確認をする順番やその方法についても、実際の問題に直面したときは考えなくてはなりませんね。ここまで、ハラスメントが起きた後に管理者としてできること・すべきことを議論してきました。 Fさんハラスメントが起きてしまった後の対応については、まさに今まで議論してきたことが役立つと思います。でも、ケースの管理者さんは、ハラスメントが起きる前にいろいろ対処ができたと思うんですよね。Hさんの状況も把握していたわけですし。 講師そうですね。では次回、ハラスメントを未然に防ぐ視点で、管理者はどうすればいいのか議論していきましょう。 「相談を受けた後にどのように対応していくか」の小括 「ハラスメントが起きてしまったら管理者として何をすべきか」を議論することで、①被害者のケア ②事実確認 ③関係者との対応協議 ④行為者への適切な措置 ── の4つのステップの大切さが共有されました。 そして次回は、「ハラスメントを未然に防ぐ視点で管理者はどうすればいいのか」を議論します。 ー第6回に続く 注1ケースメソッドとは、架空事例(ケース)について、参加者それぞれの考えをシェアしあうことで、学びを得ていく授業形式です。ケースの教材には、訪問看護管理者が問題に直面している状況が、物語風に構成されています。参加者は、ケースの教材を予習し、自分がこのケースの主人公ならどうするかを事前に考えた状態で、授業に参加します。ケースメソッドの授業では、講師のリードのもと、参加者どうしでアイデアをシェアしながら議論をすることによって学びます。これは講義形式のセミナーとはずいぶん違ったものです。参加者の発言が何よりもセミナーを豊かにする鍵となります。 注2発言者はA・B・C・Dとしていますが、常に同一の人物ではありません。別人であっても便宜上そのように表記しています。 執筆鶴ケ谷理子合同会社manabico代表慶應義塾大学大学院経営管理研究科修了。看護師、保健師、MBA。大学病院(精神科)、訪問看護、事業会社での人事を経験後、株式会社やさしい手看護部長として訪問看護事業の拡大に寄与。看護師250人超の面談を実施し、看護師採用・看護師研修などのしくみづくりをする。看護師が働きやすい職場環境作りの支援を目指し合同会社manabicoを立ち上げる。【合同会社manabico HP】https://manabico.com 記事編集:株式会社メディカ出版

【セミナーレポート】vol.2 具体的なアドバイス方法(1) -訪問看護における生活期リハビリテーション-
【セミナーレポート】vol.2 具体的なアドバイス方法(1) -訪問看護における生活期リハビリテーション-
特集 会員限定
2022年12月6日
2022年12月6日

【セミナーレポート】vol.2 具体的なアドバイス方法(1) -訪問看護における生活期リハビリテーション-

2022年8月26日に実施したNsPace(ナースペース)主催のオンラインセミナー「訪問看護における生活期リハビリテーション」。刈谷豊田総合病院 リハビリテーション科 部長の小口先生を座長に迎え、同課の理学療法士 仲村先生と作業療法士 日比先生に、それぞれの視点から訪問看護の現場で役立つ生活期リハの知識や具体的なテクニックを教えていただきました。 そんなセミナーの様子を、3回に分けてご紹介。第2回は、日比先生による「症例を通した日常生活動作の工夫」についての講演の前半をまとめます。 【講師】(座長)刈谷豊田総合病院 リハビリテーション科部長/リハビリテーション科専門医小口 和代 先生2000年より刈谷豊田総合病院勤務。2004年院内に回復期リハビリテーション病棟、2007年訪問リハビリテーション事業所を開設し、急性期から回復期、生活期まで幅広くリハビリテーション診療に携わっている。指導医として若手医師へのリハビリテーション教育やチーム医療の質の向上に取り組む。監修本:『Excelで効率化! リハビリテーション自主トレーニング指導パットレ!Pro.』医歯薬出版 2021年 (講演Ⅰ:講師)刈谷豊田総合病院 リハビリテーション科理学療法士仲村 我花奈 先生2002年より刈谷豊田総合病院勤務。急性期(神経、整形、ICU)、介護老人保健施設を経験。現在は訪問リハビリテーションを担当している。利用者の社会参加やQOLの向上を目指し、前向きな生活が送れるよう取り組んでいる。 (講演Ⅱ:講師)刈谷豊田総合病院 リハビリテーション科作業療法士日比 健一 先生2004年より刈谷豊田総合病院勤務。急性期、回復期、介護老人保健施設を経験。認知症サポートチーム、緩和ケアチーム、ICTワーキングの経験を活かし、訪問リハビリテーションでは横断的な専門的支援を提供している。 目次▶︎ 検討症例の基本情報:80歳・女性のAさん▶︎ 困りごと(1) 階段で転びそうになる ・段差があるところで利用できる福祉用具▶︎ 困りごと(2) 便座に座ると立ち上がるのに苦労する▶︎ 困りごと(3) 杖を持つ手や、先に踏み出す足がわからない▶︎ 困りごと(4) 廊下のマットで足を滑らせた▶︎ 困りごと(5) 脱臼が怖くて靴下を履くのが不安 ・脱臼を予防する道具の使用を習慣化するのもおすすめ▶︎ 困りごと(6) 滑るのが怖くて浴槽に入れない --> ▶︎ 検討症例の基本情報:80歳・女性のAさん 私の講演では、明日から訪問看護の現場で役立ててもらえる「生活動作へのアドバイス方法」について、2つの架空の症例を通してご紹介していきます。 1症例目は、80歳の女性Aさん。最初に、以下Aさんの基本情報をご確認ください。 1症例目:Aさん(80歳/女性)・独居。・2年前に転倒し、大腿骨頸部を骨折。人工股関節術を受けている。・ADL動作は自立。要介護認定は「要支援1」・杖を使えば歩けるが、最近転びやすくなってきたこともあり、外に出る気が起きなくなっている。 そんなAさんが日常で感じているさまざまな困りごとについて、具体的な解決策を考えていきたいと思います。 ▶︎ 困りごと(1) 階段で転びそうになる 最初の困りごとは、転倒のリスクです。Aさんは「新聞をとりに行こうとしたら、玄関の階段でつまずきそうになった」と話します。 そこでアドバイスしたいのが、正しい階段昇降の方法です。まず階段を上るときには、健康な足から踏み出し、続いて悪い足を上げます。健康な足で体を持ち上げましょう。逆に降りるときは、悪い足を先に下ろします。健康な足で体を支えながら踏み出すことで、動きが安定するためです。 この階段での足の動かし方は、「行き(上り)はよいよい(いい足)、帰り(降り)は怖い(悪い足)」と覚えてみてください。 段差があるところで利用できる福祉用具 福祉用具を導入するのも有効な手段です。今回は玄関の階段での転倒リスクが問題になっているため、段差昇降や立位のバランスを安定させる「踏み台」や「玄関用の手すり」が役立つ可能性があります。また、立って靴を履くのが難しいケースや、玄関の上がりかまちが低く、座って靴を履くと立てなくなってしまうケースには、「靴を履くときの椅子」の設置を提案してもいいでしょう。 ▶︎ 困りごと(2) 便座に座ると立ち上がるのに苦労する 続いての困りごとは、トイレでの動作です。Aさんは「便座に座ったら立ち上がるのに苦労した」と話します。 便座からの立ち上がりをラクにするには、便座の位置を高くすることが効果的です。以下のような便座を活用すれば、問題を解消できる可能性があります。 ・設置式洋式便座便座の形状を和式から洋式に変更できるもの・高座便座現状の便座の上に補高便座を設置するもの・昇降便座自動で便座が持ち上がり、立ち上がるときに「お辞儀の体制」をとりやすくしてくれるもの また、トイレでは便座だけでなく扉の種類もチェックしておくことがおすすめです。折戸の扉は開閉に必要なスペースが狭いため、利用者さんの姿勢の移動が少なく、また介助者が一緒に入る空間も確保しやすいです。一方、一般的な片開きドアは開閉スペースが広くなり、扉を開くときに後方へバランスを崩しやすくなったり、介助者が入りにくかったりします。 トイレ動作は日中、夜間ともに頻度がとても高いので、利用者さんがおかれている環境を確認してください。必要に応じて手すりをはじめとした福祉用具の設置や、動作練習をしておくとよいでしょう。 ▶︎ 困りごと(3) 杖を持つ手や、先に踏み出す足がわからない 続いての困りごとは、歩行についてです。Aさんから「杖を持つ手や先に出す足がどちらかわからなくなってしまう」と相談を受けました。 杖を持つのは、健康な足側の手です。そうすることで、健康な足への重心移動がスムーズになり、悪い足が前へ出やすくなります。また、先に踏み出すのは悪い足です。健康な足で重心移動すると踏み出しやすくなるためです。 ▶︎ 困りごと(4) 廊下のマットで足を滑らせた 続いてAさんから「廊下に敷いていたマットで足を滑らせてしまった」という相談がありました。自宅で転倒する代表的な要因としては、マットやスリッパの利用が挙げられます。マットはずれないように工夫する、もしくは取り外す。スリッパはやめて、滑り止めのついた靴下を履くなど、転倒しにくい環境づくりについてぜひアドバイスしてください。 また、コードに足を引っかけて転んでしまうケースもよく見られます。頻繁に移動する場所にはコードを設置しないようにするといいでしょう。 ▶︎ 困りごと(5) 脱臼が怖くて靴下を履くのが不安 次は、更衣動作に関する困りごとです。Aさんは「人工股関節術を受けてから足を深く曲げてはいけないといわれていて、靴下を履くのが怖い」と話します。Aさんのいうとおり、人工股関節術を受けた方は、特定の姿勢をとると脱臼しやすくなります。特に術後6ヵ月までは、筋力低下の影響もあり、脱臼リスクが高くなるので注意が必要です。 では、脱臼しやすい姿勢とは具体的にどんなものでしょうか? 術式によって異なります。 前方侵入法の場合:体をひねって後ろを振り向く姿勢後方侵入法の場合:体を深く曲げる姿勢、足を体の内側に向かってねじる姿勢 なお、利用者さんは自分がどの術式で手術を受けたかわからないことも多いです。そんなときは、手術の傷跡を見て確認しましょう。前方侵入法は大腿部側面に、後方侵入法は臀部に傷跡があります。 脱臼を予防する道具の使用を習慣化するのもおすすめ 利用者さんに脱臼しやすい姿勢をずっと覚えていてもらうことはなかなか難しいので、リスクの低減につながる道具の使用を習慣化することがおすすめです。 例えば、靴下を履くときはソックスエイドを、靴を履くときは長めの靴べらを使う習慣をつければ、体を深く曲げる姿勢を自然と避けられます。 ▶︎ 困りごと(6) 滑るのが怖くて浴槽に入れない 最後の困りごとは、入浴についてです。Aさんは「浴槽で滑るのが怖いので、シャワーで済ませている」と話します。 こうしたケースでは、浴室での立ち上がりを助けたり、転倒を予防したりする用具を提案してみましょう。具体的には以下のような選択肢があります。 ・シャワーチェアー一般的にお風呂で使われている椅子より座面が高く、また肘つきや背もたれがあるので、立ち上がりがラクになる。肘つきや背もたれは手すりがわりにもなる。・バスボード浴槽を座ってまたぐ動作を安全に行える。ただし、設置すると浴槽内が狭くなるため、浴槽に入ってから取り外さなければならない場合も。・すのこ浴室の床に設置することで、床と入り口や浴槽との段差を小さくできる。ただし、扉がすのこに当たって開閉できなくなることがあるので要注意。 また、ぜひアドバイスしてほしいのが浴槽のまたぎ動作についてです。立ってまたぐ場合は、股関節を深く曲げずに済みますが、バランスを崩しやすいというデメリットがあります。一方、座ってまたぐ場合は股関節を深く曲げることになるものの、立位よりバランスが安定しやすくなります。 利用者さんの立位の安定性と、浴室のどこに手すりがあるかといった環境に応じて、そのケースに合った動作を検討してください。 次回は、「vol.3 生活動作への具体的なアドバイス方法(2)」についてお伝えします。 記事編集:YOSCA医療・ヘルスケア

管理者のみなさんへのエール
管理者のみなさんへのエール
特集
2022年12月13日
2022年12月13日

管理者のみなさんへのエール

最初の発生から2年が過ぎても、いまだ終息の見えない新型コロナ。感染防止対策だけではなく、目には見えないスタッフの不安やメンタルヘルスへの対応もステーションの管理者には要求されます。ベテラン管理者のみなさんに、今必要とされるスタッフマネジメントについて語っていただきます。最終回は、第8回・第9回に続き、医療法人ハートフリーやすらぎの大橋奈美さんから、訪問看護管理者のみなさんへのエールです。 お話大橋奈美医療法人ハートフリーやすらぎ 常務理事・統括管理責任者(訪問看護認定看護師) 感染した利用者さん宅への訪問 私たちの事業所がある大阪市住吉区には、41の訪問看護ステーションがあります。そのうち、新型コロナウイルス感染症の感染者や濃厚接触者への訪問を積極的に行なっていたのは、わが事業所を含めて2ヵ所のみだと承知しています。私たちがコロナ禍で苦しむ以上に、利用者さんは苦しんでいます。訪問を拒む理由はありません。だから私たちは感染者への訪問を躊躇しませんでした。 多くのステーションが感染者への訪問を断るため、私たちの事業所には、新規の利用者さんが次々に紹介されました。入院できずに自宅療養を強いられているケースが多く、利用者さんはストレスを募らせています。そのストレスが怒りに変わり、訪問したスタッフに「何で入院させてくれへんの?」と暴言を吐く利用者さんもいます。 そこで私たちは、2名体制で訪問することにしました。2名であれば、もしもの場合でも110番通報が可能です。もちろん、そこまでに至ることはなく、おおむね利用者さんの怒りは翌日には静まり、「昨日は取り乱してすんません」と謝られる場合がほとんどでした。 加えていえば、「感染した利用者さんへの訪問は、むしろ安全だった」というのが今の実感です。なぜなら、感染者や濃厚接触者には、厳重なPPEで臨めるからです。さらに、感染者への訪問には、それなりの加算がつき、経営面でも好材料となったことを報告しておきます。 愚痴を言いたくなったら とはいえ、コロナ禍での訪問業務には、やはり、通常とは違うストレスを伴います。管理者ならなおさらで、愚痴の一つも言いたくなるのではないでしょうか。ただし、ステーション内での愚痴は厳禁です。懸命に頑張っているスタッフの士気を下げてしまいます。 愚痴は利害関係のない相手に漏らしましょう。管理者へのおすすめの愚痴相手は、ほかのステーションの管理者です。私は、管理者同士が集まる機会を設けています。 愚痴を漏らして、ほかの管理者が「あるある、うちもそうやねん」と反応したとき、「うちだけじゃ、ないねんな」と悩める管理者は解放されます。 規模の大きさは武器 管理者との愚痴の言い合い、聞き合いを通じて感じることがあります。特にコロナ禍においては、規模の小さなステーションの管理者ほど、悩みが深いということです。「もしスタッフに感染者が出たら、やり繰りできない」と顔を曇らせます。そのストレスが、感染対策だけではなく、スタッフの一挙手一投足への愚痴となっているようです。いつもなら笑って見過ごせることも、許容できず、スタッフへの不満となるわけです。 私は、「そうやなあ。その気持ちわかるわ」と受けとめた後、「でも、スタッフが10人を超えたら、把握でけへんよ」と続けました。私たちのステーションは常勤看護師が21名います。統括所長である私は、スタッフを信じて任せるしかありません。 規模が大きければ、スタッフの代替やサポートも容易です。私たちのステーションでは、一時期、スタッフの8名が感染または濃厚接触者になったことがありました。でも、何とかなりました。規模の大きさはさまざまな面でメリットが大きいのです。 人を増やすには これも私の感想なのですが、辞めるスタッフが多いステーションは、所長や管理者がスタッフに厳しすぎる傾向が強いようです。 離職者の多いステーションの管理者が、「私、褒められへんわ」と言いました。 私は、「褒めんでもかめへんよ」と返し、「ありがとうは言えるやろ」と続けました。 「ゴミを捨ててくれてありがとう、自転車を並べてくれてありがとう、吸引チューブを替えてくれてありがとうで、ええねん」 そんな「ありがとう」で、スタッフは自分が認められたと思えます。すると事業所の雰囲気は明るくなり、笑い声があふれ、自然にスタッフは定着し、増員もやりやすくなります。 スタッフに任せる 私はスタッフから、「大橋さんって、いつも丸投げする」とよく指摘されます。もちろん、丸投げではなく、最終のチェックは忘れず、不具合があれば責任をとる覚悟のもとに任せるわけなのですが、「丸投げする」と指摘したスタッフには、こう返します。 「せやねん、あんたやから、丸投げしていいかなと思ったんやわ」 すると、多くの場合、責任感を持って業務に向き合ってくれます。そして、業務が遂行できたのを見届け、「やっぱり、あんたに任せてよかったわ」と必ず伝えます。 コロナ禍で苦しむ管理者には、「どうぞ、これからもスタッフを大切にしてください」との言葉を贈りたいと思います。事業所やあなたが苦しいとき、助けてくれるのは、あなたに大切にされたスタッフたちなのです。 記事編集:株式会社メディカ出版

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