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2022年10月18日
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【セミナーレポート】vol.2 ICT活用の成功事例/訪問看護ステーションにおけるICT導入のメリットとは

2022年7月22日(金)、NsPace(ナースペース)主催のオンラインセミナー「訪問看護ステーションにおけるICT導入のメリットとは」を開催。田中公孝先生を講師に迎え、医療・介護領域におけるICTの必要性や活用方法などを教えていただきました。全3回に分けてお届けしているセミナーレポートのうち、第2回となる今回は、田中先生が実際に見てきたICT活用の事例と分析をご紹介します。 【講師】田中 公孝 先生杉並PARK在宅クリニック 院長日本プライマリ・ケア連合学会認定 家庭医療専門医/難病指定医2017年より東京都三鷹市で訪問クリニックの立ち上げに携わるかたわら、医療・介護分野におけるICTの普及活動に従事。市や医師会のICT事業にも参加する。2021年春には杉並PARK在宅クリニックを開業し、区内の医療現場でのICTによる多職種連携を牽引している。 目次▶ 【事例1】時間外対応の細かな内容把握が可能に ・緊急連絡にICTは基本的にNG。チーム内でルール確認を▶ 【事例2】終末期の情報共有における負担を軽減▶ 【事例3】独居見守りにおける、多職種での情報交換が迅速に▶ 【事例4】地域とのつながりが明らかになり、より行き届いたケアを実現 --> ▶︎ 【事例1】時間外対応の細かな内容把握が可能に 訪問看護ステーションで22時過ぎに患者さんから電話相談を受けた。相談内容について、看護師による回答を含めた詳細と、その後は患者さんからとくに連絡がなかった旨を、看護師がICTで報告。医師は翌日の朝に内容を確認。時間外対応の情報を無理なく報告することが可能になり、医師もこれまで把握できなかった情報を得られるようになった。 この事例からわかるのは、ICTを活用すれば、夜間や土日などの時間外対応の情報を関係者が無理なく把握できるということです。勤務時間外の患者さんの状況について、担当者以外はなかなか把握しにくい状態にありますよね。もちろん、緊急性が高いケースでは、電話で情報共有がされているでしょう。しかし、「電話をかけるほどではない」と判断された情報は、ほかの事業所に伝達されないケースも多いのではないでしょうか。ICTは、電話と違って受け手が無理のないタイミングで情報を確認できるため、緊急性が低い内容も報告しやすくなります。そうして多くの情報が入ってくることで、患者さんの状態の理解や今後の予測がしやすくなるのです。 緊急連絡にICTは基本的にNG。チーム内でルール確認を ただし、緊急対応にICTが適さないことは、チーム全員が理解しておく必要があります。「土日に書き込んだ情報を相手が見るのは、週明け月曜日になる可能性がある」という前提で使わないと、トラブルを招きかねません。ICTを導入する際は、最初にチーム内で『目線合わせ』をきちんと行うことが重要です。 ▶︎ 【事例2】終末期の情報共有における負担を軽減 終末期の患者さんのケアを行う際、訪問看護師が容態(意識レベルや排尿量、血圧、脈拍、SpO2など)やご家族の様子をICTにて都度報告。看取りの際は、医師が死亡診断と死亡時刻、およびその場の状況などをICTに報告。関係者の疲弊を防ぎながらスムーズなお看取りにつながった。 一日でダイナミックに状態が変わることも多い、つまり連絡頻度が極めて高くなる終末期の情報共有は、ICTが最も活躍するといっても過言ではない場面です。すべての報告を電話で行っていると、関係者はかなり疲弊してしまいますからね。電話で細かなニュアンスの確認をする機会はもちろん必要ですが、とくにお看取りが近いタイミングの報告には、ぜひともICTを活用したいところです。私の場合は、終末期の患者さんのケアには、ほぼすべてのケースで訪問看護師さんにICTを使っていただいています。私もお看取りの際には、ICTで死亡診断と死亡時刻などを必ず報告します。これをやっておくと、ターミナルケア加算の算定にも便利です。 ▶︎ 【事例3】独居見守りにおける、多職種での情報交換が迅速に 独居の方への訪問時、軽度の症状や日々のケアの中で気になったことなど、細かなことをICTで共有。服薬管理がうまくいっていないなどの課題を報告することで、多職種で迅速に改善方法を模索することも可能に。 こちらは、ICTの可能性を別の角度からお伝えするための事例です。独居の方のケアでは、職種間の連携が課題になるケースが多く見られます。たとえば服薬管理なら、看護師さんは「患者さんがうまく服薬できていないので、もっと工夫してほしい」と望んでいるものの、薬剤師側は「訪問回数などの兼ね合いで責任をもちきれない」と考えるなどといった具合ですね。 このような状況では、まず関係者全員が情報をこまめに把握できる状態をつくることが望まれます。ご自宅に連絡帳を置いて情報共有する方法もありますが、連絡帳を確認するには、現場に行かなければならないため、課題をタイムリーに認識することが難しい。場合によっては、一週間以上経って情報が伝わることもあるでしょう。しかしICTなら、訪問しなくても情報をキャッチすることが可能。質の高いケアを目指しやすくなるでしょう。 ▶︎ 【事例4】地域とのつながりが明らかになり、より行き届いたケアを実現 医師が訪問時、同じタイミングで地域の民生委員の方が訪問。患者さんがその方から生活のサポートを受けていることを把握。また、民生委員の方から「ゴミ出しがうまくできていない」「新聞を複数契約してしまっている」などといった情報を入手し、併せてICTで関係者に共有。情報を受け、ケアマネージャーが積極的に介入するようになった。 この事例から伝えたいのは、幅広い情報を共有しやすくなるというICTのメリットに加えて、『実は私たち専門職が見えている範囲は狭いかもしれない』ということです。みなさんの中には、患者さんだけでなく、そのご家族まで見ている方も多いでしょう。しかし、患者さんが独居や二人暮らしの場合は、地域の方々が深く関わっていることもある。そんなケースでは、家族以外との関係にも目を向けられるのがベストです。まさにこの事例では、民生委員さんとの連携が生まれ、日常生活の困りごとを専門職間で共有できたことで、よりケアの質が高まりました。 すべてのケースにおいて地域の方との関係を意識する必要はありませんが、「地域包括支援センターからケアマネージャーさんにサポートが切り替わると、地域とのつながりが途切れてしまうケースもある」という話は耳にするので、紹介しました。これから独居高齢者を支えていくためには、地域資源の存在を意識することがより必要になっていくのではないでしょうか。 次回は、「vol.3 ICTの上手な活用のために知っておきたいポイント」についてお伝えします。 記事編集:YOSCA医療・ヘルスケア

特集
2022年10月18日
2022年10月18日

[3]訪問看護BCPをリソース中心に考えてみよう

この連載では「訪問看護BCP研究会」の発起人のお一人、日本赤十字看護大学の石田千絵先生に訪問看護事業所ならではのBCPについて解説していただきます。第3回からいよいよ実践的な内容に入っていきます。今回は、全国訪問看護事業協会が作成したBCPのひな形を参照しつつ、リソース(資源)を中心に考えるBCP策定について教えていただきます。 【ここがポイント】・BCPにおけるリソース(資源)は、事業継続に必要な「ヒト・モノ・カネ・情報」の4つに分けて考えることができます。・事業者にとっての災害は「事業継続のためのリソースが足りなくなること」であり、リソースの確保と、それを活用するための手立てを整えておくことがリソース中心のBCPといえます。 今回は、全国訪問看護事業協会が作成した「自然災害発生時における業務継続計画(BCP)-訪問看護ステーション向け-」のうち、「Ⅱ 訪問看護ステーションの事業継続計画(BCP) 考え方と記載例」を参考に進めていきたいと思います。 このガイドラインの「1.総論」にまとめられている「基本方針」「推進体制(災害時の対応体制)」「事業所周辺のリスクと被害想定」について具体的に学んだのちに、「2.平常時の対応」と「3.緊急時(~復旧における事業継続にむけた対応)」の要となるリソース(資源)に注目したBCP策定の考え方をご紹介します。 基本方針 BCPのひな形の最初に記すべき事柄が「基本方針」です。事業所の基本方針、または災害対策における基本方針を記載します。BCP策定における基本方針となりますので、概ねの方針だけでも記しておくと一貫性のあるBCPをつくることができると思います。 また「基本方針」は、被災後の「想定外」な出来事への対応の判断基準ともなり得ます。BCPで災害発生後に起こり得る事象を時間軸に応じて想定し、あらかじめ対策を検討しておいても「想定外」な出来事が起こりますので、被災後で混乱している状況下での適切な判断・行動の指針としても「基本方針」が大切なのです。 「基本方針」の記載例1には、「災害時には、事業所職員の命と安全を第一に守り、担当している利用者の安否確認、安全確保に尽力し、早期の事業の復旧、継続を目指す」1)とあります。この事業所の例では、看護職の職務を全うする以前に、「職員の命と安全を第一に守る」とされている点がポイントとなります。BCP策定においても、「想定外」の出来事が起きた場合でも、「職員の命と安全を守る」という方針に基づいて検討することになります。 推進体制(災害時の対応体制) 推進体制として「主な役割」「部署・役職」「氏名」「補足」ほかを示します。責任者・災害対策本部長、スタッフ情報管理担当、利用者・家族情報管理担当、労務管理担当、設備インフラ担当などの「主な役割」に対して事前に役割を決めておきます。その際、それぞれの役割担当者に対して、リーダーやサブリーダーを配置できるとよりよいです。災害対策や災害マニュアルで取り決めてきた体制を記載するか、BCPの視点で役割を検討して示します。ヒト(スタッフ)・ヒト(利用者/家族)・モノ・カネ・情報に関して網羅されているか、確認をしてください。 事業所周辺のリスクと被害想定 ハザードマップを活用 自然災害のリスクは、市区町村のホームページなどで公開されている「ハザードマップ」で調べましょう。 「ハザード(hazard)」とは日本語で、災害などの危険・危機や、その原因となるものであり、具体的には、地震・洪水・津波・火山、病原菌・ウィルスなどを指します。ハザードマップは、河川や津波による水害、台風や地震による土砂災害など、ハザードの種類毎に危険度が示されたマップ(地図)です。ハザードマップを確認することで、災害の種類ごとに異なる事業所周辺のリスクを適切に把握することができます。 余談ですが、「災害」と「ハザード」は同意語ではありません。災害は、ハザードに人や社会の脆弱性が重なったときに起こるものです。通常地震が起こりにくい国ですと、震度5強の震災で多数の家が倒壊し、多数の死傷者を伴う災害として報道されることがありますが、日本の建築基準法に基づいた家屋であれば倒壊しないことも多く、さらにほかに被害がない場合、「災害」にはならないのです。地震などのハザードを防ぐことはできませんが、地震による災害はある程度の予防ができるのです。 交通やライフラインに関する被害を想定 被害想定としては、市区町村全体でどのようなハザードがあるのか、ハザードにより交通やライフラインに関する被害の想定をするとよいです。例えば、「A町では、〇〇地震が30年以内に70%の確率で起こり、最大で震度6が想定されている。また、毎年のように台風の被害があり、河川の氾濫により事業所が水没する可能性がある」などです。 次に、ハザードマップで最も危険度が高く示されている事象を選択し、想定された被害について具体的にシミュレーションしてみましょう。「震度6の場合、△△線の不通と▲▲通りの閉鎖が想定され、電車や車での訪問は困難になる」「ライフライン(電力・ガス・水道など)」は、「事業所の電力の停電でPCの使用不可・充電不能、固定電話の使用不能、ガスの使用不可、水道の不通により飲料水・手洗いの使用不可」などです。自施設で影響を受ける想定と同時に、それらがいつまで続くのかを想定しておきます。(▶参照ひとくちメモ「ライフラインの応急復旧のめど、どう立てるの?」) 被災から10日程度の自施設を中心とした事象について、より具体的に想定ができるようになると、災害直後から10日程度の対策も十分に検討することができます。もしも、被災状況の時系列での変化が想定できない方は、 BCP を策定したのちに、改めて過去の震災や自然災害の記事をみなさんで読んだり調べたりするような研修も計画されるとよいと思います。まずは、一度、粗くてもよいので、BCP策定を進めていくことをおすすめします。第3回の内容を概ね検討できましたら、第4回の「優先業務・重要業務の選定」に進んでください。 なお、「1.総論」には「研修・訓練の実施」「BCPの検証・見直し」など、事業継続マネジメント(BCM;Business Continuity Management、以下BCMとする)を記す項目が残されていますが、BCMについては第8回で説明をいたします。 リソースに注目したBCP策定の考え方 「1.総論」の推進体制でも責任者・災害対策本部長という災害時の体制のほか、ヒトや情報(スタッフ情報管理担当、利用者・家族情報管理担当)、モノ(設備インフラ担当)・カネ(労務管理担当)というように、ヒト・モノ・カネ・情報といったリソース(資源)の視点で確認をしてきました。事業継続に必要なものも同様に、リソース(ヒト・モノ・カネ・情報)で表すことが可能です。それは、リソースの視点から災害を再定義することができるからです。 先ほど、災害とハザードの関係を説明しましたが、事業所にとっての災害とは、「災害現象によって事業の継続に支障が出る、あるいは事業が継続できなくなること」と言い換えることができます。また、事業継続ができなくなる理由もリソース不足によるものであることから、「事業継続のためのリソースが足りなくなること」が事業者にとっての災害であると再定義できます。このようにリソースの観点から災害を再定義しますと、地震などのハザードが生じても、事業継続のためのスタッフ、カネ、医療資器材などのリソースが潤沢であれば、事業継続は可能であり、事業者にとっては災害にはならないのです2)。 「自然災害発生時における業務継続計画(BCP)-訪問看護ステーション向け-」の「2.平常時の対応」と「3.緊急時(~復旧における事業継続にむけた対応)」がリソースに注目したつくりになっているのは、リソース中心のBCP、すなわち「リソース不足が起こることを想定したリソースの確保と、それを活用するための手立てを整えておくこと」2)が、ハザードを災害にしないための重要なポイントとなるためです。 * 次回は、「1.総論」の中でも策定でつまずくことの多い「優先業務・重要業務の選定」を中心に学んでいきたいと思います。「2.平常時の対応」と「3.緊急時(~復旧における事業継続にむけた対応)」では重要業務・優先業務のリソースについて検討していきますので、とても大切な部分になります。 ひとくちメモ ライフラインの応急復旧のめど、どう立てるの?電気・ガス・水道が大規模地震で使用できなくなった場合、できなくなった理由にもよりますが、過去の震災ではガスよりも電気の復旧が最も早いことが知られています。 東京都防災会議によりますと、電気の応急復旧は、23区部で7日、多摩で7日。上水道は23区部で31日、多摩で13日、下水道は区部で16日、多摩で4日。ガスは57日、電話は区部で14日、多摩は8日で応急復旧がなされることが想定されています3)。 各都道府県の防災会議などで被害想定やライフラインの応急復旧想定がなされていますので、一度確認されるとよいです。それらの情報は、「自然災害発生時における業務継続計画(BCP)-訪問看護ステーション向け-」のひな形「1.総論 5)災害情報の把握」に災害情報収集先とURLなどを記す欄がありますので、記載しておくとよいでしょう。 施設の場合では、ライフラインの復旧は業務継続にとってより重要な要件となります。訪問看護事業所では、業務継続に施設ほどの直接的な影響はないのですが、間接的な影響を与えます。電気が通らないことによるPCやスマートフォンの充電、固定電話の使用ができないなどの情報に関わる問題や、呼吸器を装着している利用者への対応などです。 特に呼吸器装着者などの利用者にとっては、命にかかわる重要な問題が関係していますので、いずれにしても、災害時のライフラインについての想定は必要です。 執筆 石田 千絵日本赤十字看護大学看護学部地域看護学 教授 ●プロフィール1989年聖路加看護大学(現 聖路加国際大学)卒業後、聖路加国際病院他で勤務。1995年阪神淡路大震災および地下鉄サリン事件を契機に、地域×災害に関わる教育や研究を始めた。災害の備えは「平時に自分らしく生き、かつ、社会的によい関係性を保つこと」がモットー。看護学博士。 「訪問看護BCP研究会」とは、2016年にケアプロ株式会社、日本赤十字看護大学、東京大学他の仲間による訪問看護×BCPに特化した研究会。毎月1~2回程度で研究や研修などを行っている。▼訪問看護BCP研究会のホームページはこちら ※記録様式のダウンロードも可能です。 記事編集:株式会社照林社 【引用文献】1)全国訪問看護事業協会.「自然災害発生時における業務継続計画(BCP)-訪問看護ステーション向け-」,2020,p.10.2)菅野太郎著.「リソース中心のBCPの考え方」,BCP研究会編著.『訪問看護事業所のBCP』,東京,日本看護協会出版会,2022、p.30-31. 3)東京都防災会議.「東京都における直下地震の被害想定に関する調査報告書」,1997.

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2022年10月18日
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安心感をどう作るか⑤ 感染症版BCPの作成

最初の発生から2年が過ぎても、いまだ終息の見えない新型コロナ。感染防止対策だけではなく、目には見えないスタッフの不安やメンタルヘルスへの対応もステーションの管理者には要求されます。ベテラン管理者のみなさんに、今必要とされるスタッフマネジメントについて語っていただきます。第6回は、第4回・第5回に続き、岐阜県看護協会立訪問看護ステーション高山の野崎加世子さんです。 お話野崎加世子岐阜県看護協会立訪問看護ステーション高山 管理者 BCP(業務継続計画)の作成が、診療報酬・介護報酬上でも、強く求められるようになりました。今回は、そのうちの感染症版BCPについての話ですが、感染症版BCPについては、厚生労働省のHPで「新型コロナウイルス感染症発生時の業務継続ガイドライン」が発行されており、私たちの訪問看護ステーションでも、それを参考にBCPを策定しました。そのプロセスで最も重視したのは、「自分たちのこととしてBCPを作成する」という強い姿勢です。 自分たちのBCP 私たちの訪問看護ステーションでの感染症版BCPは、「感染対策委員会」と「BCP委員会」の共同で策定しました。これは、同BCPの策定は、「感染症対応マニュアル」の刷新と切り離せないという考えかたによります。 その過程で重視したのは、管理職などの委員会のメンバーだけではなく、すべてのスタッフが、「自分のこと」「自分の課題」として積極的に策定に参画するということでした。「自分が感染したらどうするか?」「自分が濃厚接触者になったらどうするか?」「そのとき、自分の家族はどうするか?」「自分が担当している利用者への訪問はどうするか?」「自分のチームのメンバーが訪問に行けなくなったらどうするのか?」そのようにスタッフに問いかけていきます。 事業の継続を個人目線でみれば、「今の仕事が続けられるかどうか」です。それは、「いかにして、自らの生活と利用者の健康を守るか」という真剣な問いであり、感染症版BCPの策定に参画することで、「他人事ではない」といった当事者意識が芽生えます。 しかし、そうした問いに関する回答は容易ではありません。スタッフの考えかたと事業所の方針とを合わせながら、具体的な回答を見つけ出すプロセスで、当事者であるスタッフは、「安心」を手にします。 具体的なシミュレーション もしも○○となった場合にはどうするか?──感染症BCPの策定プロセスは、具体的なシミュレーションの積み重ねです。たとえば、このように決めていきます。 チーム5人で訪問看護を行なっていたとします。うち1人が濃厚接触者になって訪問から離脱した場合は、チーム内で補い合い、現行のサービスを維持します。 2人が濃厚接触者になった場合は、ほかのチームから応援し、現行のサービス量を何とか保ちます。 3人が濃厚接触者になり、チーム内の戦力が2人になった場合には、現行のサービス量の維持は困難になるものと考えます。そこで、訪問の回数を調整したり、ご家族でできるところをお願いしたりします。ふだんから、もしものときにご家族の協力をどこまで得られるか、セルフケア能力をアセスメントしておくことが重要となります。また、かかりつけの診療所などにも協力を求め、訪問診療時に家族ケアを行なってもらうなど、あらゆる可能性を視野に入れた計画を立てます。 法人としての対応 感染または濃厚接触者になった場合の休業の扱いについても、法人として確定しておく必要があります。私たちの事業所では、「業務命令」として自宅待機してもらう観点から、感染したり、濃厚接触者になったりした場合には、「特別休暇」扱いとして給与を支給します。 スタッフは、それを知ることで、安心して働くことができます。 自然災害版BCPとの違い 自然災害版と感染症版のBCPは、共通点が少なくありませんが、明らかな違いもあります。その一つは「予防」の視点です。 自然災害に対して、私たちはきわめて非力です。ところが感染症の場合は、感染予防を行うことで感染拡大を未然に食い止めることができます。この点が、感染症対応マニュアルとセットで考えることが求められる理由です。 地域連携の内容も自然災害版BCPとは異なります。自然災害では、地域がまるごと被害を受けることが想定されます。一方、感染症の場合は、いわゆる「無傷」の事業所が数多く温存されていることが想定できます。そうした認識に立ち、感染拡大時の事業所連携の内容を平時から詰めておくことが重要です。 実際、私たちの地域でも、ほかの訪問看護ステーションが新規の受け入れを休止した際に、私たちの事業所が新規受け入れを代替したことがありました。また、訪問看護ステーションどうしはもとより、介護系サービスとの連携も考慮しておく必要もあるでしょう。 BCPの策定では、国からいわれたからではなく、「自分たちと利用者の安心のために作る」という積極的な姿勢が、もしものときの有効性を担保します。「事業所をつぶさないために作ろうよ」。それが私たちの合い言葉です。 ―第7回に続く 記事編集:株式会社メディカ出版

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2022年10月11日
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【セミナーレポート】vol.1 現場で感じる3つのメリット/訪問看護ステーションにおけるICT導入のメリットとは

2022年7月22日(金)に行ったNsPace(ナースペース)主催のオンラインセミナー「訪問看護ステーションにおけるICT導入のメリットとは」では、田中公孝先生を講師に迎え、医療・介護領域におけるICTの必要性や活用方法などを教えていただきました。その内容を3回に分けてレポート。第1回の今回は、ICTの基礎知識やもたらすメリットをご紹介します。 【講師】田中 公孝 先生杉並PARK在宅クリニック 院長日本プライマリ・ケア連合学会認定 家庭医療専門医/難病指定医2017年より東京都三鷹市で訪問クリニックの立ち上げに携わるかたわら、医療・介護分野におけるICTの普及活動に従事。市や医師会のICT事業にも参加する。2021年春には杉並PARK在宅クリニックを開業し、区内の医療現場でのICTによる多職種連携を牽引している。 目次▶ チャットツール感覚で便利に使える「ICT」 ・杉並区では「バイタルリンク」を導入▶ コロナ禍で多職種連携の質が低下 ・杉並区における多職種連携の継続、強化への取り組み▶ 【導入メリット1】職種間で目線を合わせやすくなる ・薬局や訪問入浴とのICT連携も視野に入れたい▶︎ 【導入メリット2】写真による状況把握ができる▶︎ 【導入メリット3】休みの間の状況を細かに把握できる --> ▶︎ チャットツール感覚で便利に使える「ICT」 ICTとは、「 Information and Communication Technology 」の略称で、日本語では情報通信技術と訳されます。要するに、インターネットを利用したコミュニケーションのことですね。具体的には、「チャットツール」をイメージしてもらえるといいと思います。コミュニケーションという観点では、形式こそ異なるものの、メールなどと変わりません。ただし、メールはアドレスを知らないと連絡できませんが、ICTならアカウントがあればアドレスを知らない人同士でも情報を共有できます。 そんなICTの位置づけは、「対面」と「電話・FAX」の中間と考えてください。対面でのやりとりでは、細かな情報を共有しやすいですよね。ICTも対面には及びませんが、電話やFAXよりも気軽に「緊急で報告するほどではないけれど伝えておきたい情報」を共有できます。とはいえ、電話もやはり必要です。ICTでは、相手が情報を確認するのが数時間後や翌日になってしまうこともあるので、緊急性が高い場合は電話がベストでしょう。 杉並区では「バイタルリンク」を導入 私のクリニックがある杉並区では、帝人ファーマ株式会社の医療・介護多職種連携情報共有システム「バイタルリンク」を使用しています。ICT導入にあたっては、やはりセキュリティの問題が気になるかと思いますが、「バイタルリンク」は厚生労働省がガイドラインで定めるセキュリティ基準をクリアしています。また、オンライン会議を簡単に開始できる機能(参加用のURLを共有する機能)が備わっているのも魅力。退院時カンファレンスや担当者会議などにも、もっと活用していくべきだと考えています。 ▶︎ コロナ禍で多職種連携の質が低下 近年、医療現場において多職種連携の強化は大きな課題です。しかし、新型コロナウイルスの流行により、その機会が減っているという危機的状況にあります。杉並区でもこの2〜3年は地域の連携会が非常に少なくなっていますし、おそらくどの市区町村でも同じ状況でしょう。 今や現場での連絡方法のメインは電話・FAXになり、対面のやりとりは激減しています。他職種の方との連携においても、緊急度が高いときや「ニュアンス」を確認するときにしか電話は使わず、FAXにいたっては、サインをもらうなどの用途がほとんど……という方も多いはず。つまり今、「対面」「電話・FAX」のコミュニケーション手段しか持っていない場合、多職種連携の質はコロナ前よりも低下している可能性が高いのです。 杉並区における多職種連携の継続、強化への取り組み 杉並区では、コロナ禍で多職種連携の質が低下するリスクを受け、昨年から地域福祉部委員会内にICT小委員会を設置。ICT普及に向けた取り組みを推し進め、連携の維持、強化を目指しています。また、多職種が参加するオンライン会議を実施し、感染状況が落ち着いたタイミングでは対面での会合開催も検討しています。なお、困難事例については、綿密に話し合いを行わないと職種ごとに目線がずれてしまいがち。オンライン会議を積極的に行ったり、短時間に収めるなど気をつけながら対面で打ち合わせをしたりといった工夫をしないと、連携の質が低下してしまう実感があります。 ▶ 【導入メリット1】職種間で目線を合わせやすくなる ICTの特徴は、職種を問わず、利用者さん全員に情報を一網打尽に流せること。これにより「情報を知らない人」をつくりにくくできます。この「情報を知らない人」には医師も含まれます。医師が2週間に1回しか訪問しないケースでは、前回の訪問時の最新情報がすでに古くなっていることもざらにあるので、訪問看護師さんにはぜひICTに最新情報を書き込んでほしいですね。 というのも、訪問看護師さんとご家族とで話し合った情報を医師が把握していないと、医療判断が「押しつけ」になってしまうケースが少なくありません。事情をよく知っている看護師さんが患者さんのご家族に「先生が来たら●●を伝えると良いですよ、▲▲してほしいと言ってくださいね」などとアドバイスをし、看護師さんから聞いたことをご家族が医師に伝える……という、『ご家族を通じての医師への情報伝達』を試みた経験がある方も多いかと思うのですが、これではニュアンスまで伝わらないことがほとんど。結果的に医師が、ご家族や担当看護師さんの思いに反する判断をしてしまうリスクがとても高いんです。今後はICTを活用して、クリニックと訪問看護が直接コミュニケーションを図るのが望ましいと考えます。また、訪問看護師さんからさまざまな情報が共有されることで、生活をベースにした医療提案を実現しやすくするというメリットもありますね。 訪問看護師さん側も、自分たちだけで抱えていていいものか迷う情報をICTに流し、そこに医師から「いいね」がつけば、自分たちだけが責任を負う状態ではないという安心感を得られるでしょう。 薬局や訪問入浴とのICT連携も視野に入れたい 薬局が最新の薬の処方状況や管理方法などの情報をICTに書き込んでくれれば、より連携の質が向上するはず。現段階ではこうした対応をしてくれる薬局はまだ少ないですが、引き続き薬局業界への啓発を行い、よりよい連携の形をつくっていければと思います。それから、訪問入浴やヘルパーの方々も、ぜひICTに入ってほしいところ。利用者さんの最新の状況を受け、医師や訪問看護師さんが「入浴は控えて清拭にしてください」などの指示を出せれば、関係者の負担を軽減できます。 ▶︎ 【導入メリット2】写真による状況把握ができる 訪問看護におけるICTのメリットとして、「写真による情報伝達」が挙げられます。ICTに写真や書類を添付すれば、情報共有の量、質ともに向上できます。例えば、私のようにクラウドカルテを利用していれば、その情報をコピーアンドペーストもしくはスクリーンショットすれば、迅速にデータを共有することが可能です。また、逆に訪問看護師さんからの写真報告を受けて、医師がフィジカルアセスメントをすることもできます。触診はできなくても「百聞は一見にしかず」で、遠隔での診断の質は確実に向上するでしょう。それから、利用者さんの居住環境の把握にも役立ちますね。「連絡帳はここ、薬はここに保管する」などといったルールも、ICTで写真を共有すれば確実に認識できます。これがFAXだと、「黒く塗りつぶされてしまって見えない」ということが起こりかねません。 ▶︎ 【導入メリット3】休みの間の状況を細かに把握できる 土日や夜間など、休みの間の利用者さんの状況を無理なく把握できることも、大きなメリットのひとつ。訪問看護ステーション内での情報共有に役立つのはもちろん、医師にとっても有益です。たとえば、訪問看護師さんから「(休みの間に)緊急で対応しましたが、様子を見ても問題ないと判断して退出しました。ご報告まで」などとICTに記録があれば、医師は「次回出勤時にフォローアップしておこう」と判断できます。自分が休んでいる間の利用者さんの状況はぜひとも知りたいですが、やはり電話は緊急のときのみにしてほしいもの。こういうシーンでも、ICT活用のメリットを実感しますね。 次回は、「vol.2 ICT活用の成功事例」についてお伝えします。 記事編集:YOSCA医療・ヘルスケア

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2022年10月11日
2022年10月11日

[2]既存の資料からからBCPを読み解いてみよう

この連載では「訪問看護BCP研究会」の発起人のお一人、日本赤十字看護大学の石田千絵先生に訪問看護事業所ならではのBCPについて解説していただきます。今回は、既存のBCPに関する資料を参考にしつつ、訪問看護事業所のBCPに必要な内容について教えていただきます。 【ここがポイント】・従来の災害対策とBCPの共通点は、災害時に組織的な活動ができるよう体制を整えるために策定することです。・BCPは、重要業務の遂行を継続・復旧させるための計画であり、想定する期間は数ヵ月先にも及びます。ゆえに、相違点は、復旧の具体性と想定する期間です。 第2回は、従来の自然災害対策とBCPの共通点や相違点を明らかにした上で、厚生労働省老健局の「介護施設・事業所における自然災害発生時の業務継続ガイドライン」や全国訪問看護事業協会のBCPのひな形など、既存の自然災害に関わる資料を紐解き、BCPに入れるべき内容について学んでいきましょう。 自施設における災害対策とBCPの共通点 はじめに、視点を国から自施設に下ろして(鳥の目から虫の目に近づけて)、自施設における従来の災害対策とBCPにおける共通点を見ていきましょう。 災害対策もBCPも事前に自施設のある地域で起こり得る災害リスクを想定し事前に対策を講じます。ハザードマップを用いて自施設の地域のハザードを把握しておきます。 被災直後は、大規模地震災害の原則であるCSCATTT(図1)に基づき対応します。CSCAが医療マネジメントで、TTTは医療的支援です。広域災害の現場で、初めて出会う人びとが即時に組織を構築し、同じ方向性を持って活動を行うための共通の方針ですが、病院や施設、訪問看護事業所においてもCSCAは重要です。 そのほか、図2と図3を見ても、発災直後を想定した方針や危機管理体制、スタッフの参集基準や連絡網の設定、発災後の活動については共通点といえます。 図1 大規模地震災害の原則 従来の災害対策とBCPとの相違点 BCPとは「重要な事業(または業務)を中断させない、または中断しても可能な限り短い期間で復旧させるための方針、体制、手順等を示した計画」です1)。従来の災害対策マニュアルなどになくてBCPには記されている事柄を、定義や図1を用いて端的に見てみますと、「優先業務(重要業務)の選定」「BCP発動基準」「復旧目標」「復旧させるための方針・体制・手順」といった言葉が目に留まると思います。 BCPは、優先業務・重要業務の継続や一時中断しても復旧させるための計画なので、自施設における優先業務・重要業務は何か? を選定した後に、優先業務・重要業務が具体的にどのようなリソースによって成り立ち、そのリソースは災害時にどのようなリスクにさらされるのか? リスクに対してどのようにリソースを再獲得したり代替したりするのか? 想定外のリスクが生じた場合、どのような方針に基づいてその都度判断するのか? などを想定し検討しておきます。 優先業務・重要業務の遂行を継続・復旧させるために、より具体的なリスク想定とその対応を検討して備えておく点が、BCPを策定する本質的な意図となります。その結果、数ヵ月先の復旧に関わる想定までをBCPでは検討しますが、従来の災害対策では発災直後から1週間程度を想定してつくられていますので、具体性と想定する期間が異なるといえます。 「BCP発動基準」と「復旧目標」 ところが、BCPを遂行する際に必要な「BCP発動基準」や「復旧目標」については、唯一の基準や目安が存在するわけではありません。モノづくりの企業と訪問看護事業所とでは、優先業務・重要業務や連携する職種や機関などが異なりますし、病院や介護施設とも異なります。 特に「優先業務・重要業務の選定」では、訪問看護の対象者・家族の疾患や生活によって優先度・重要度を考えた場合、呼吸器疾患の独居の利用者は、介護力の高い家族のいるリハビリテーションで利用している利用者よりも優先度・重要度は高いのですが、優先度・重要度の低い利用者・家族への訪問看護であっても、レセプトなどのほかの業務に比べると優先度・重要度は明らかに高い業務といえます。 そのため、「復旧目標」の決め方も一筋縄ではいきません。「BCP発動基準」は、例えば震度5弱以上で発動させるといった設定は可能ですが、同じ震度で被災しても実際の被災状況までは事前に想定しきれませんので、「復旧目標」の時期を決めることはきわめて困難であると考えます。 事前にわかっていることは、リソースの中でも「カネ」や「ヒト」に関わる基準です。被災後2ヵ月のスタッフの給与支払いに問題が生じないことや、1ヵ月程度でスタッフの心と身体に積極的ケアが必要になるという経験知を活かし、私が所属しているBCP研究会では「復旧目標」を1ヵ月単位で設定することを推奨しています。 厚生労働省老健局 業務継続計画ガイドライン 図2は、厚生労働省老健局が作成した「介護施設・事業所における自然災害発生時における業務継続計画ガイドライン」で示されている「自然災害BCPのフローチャート」2)です。 1~5章で構成されており、「1章 総論」「4章 他施設との連携」「5章 地域との連携」が参考になると思います。2章と3章は、施設用の内容となっています。 図2 自然災害(地震・水害など)BCPのフローチャート 厚生労働省老健局.「介護施設・事業所における自然災害発生時の業務継続ガイドライン」,2020,p.8より引用.https://www.mhlw.go.jp/content/000749543.pdf 2022/7/11閲覧 訪問看護事業協会 自然災害発生時における業務継続計画(BCP) 図3は、全国訪問看護事業協会が作成した「自然災害発生時における業務継続計画(BCP)-訪問看護ステーション向け-」3)の目次(抜粋)です。 厚生労働省老健局のフローチャートに基づき、訪問看護事業所が使えるように、2と3の項目がつくり替えられています。訪問看護事業所では、訪問看護などの優先業務・重要業務を考えますと、電気・ガス・水道などのライフライン以上に、スタッフなどの人的資源、衛生資材などの物理的資源など、資源(リソース)に注目することが有効なためです。 リソースに注目することで、具体的にBCP策定の検討が進みやすくなりますし、自施設内で対応しきれない場合に地域・他組織とどのように連携するとよいかという検討もしやすくなります。 図3 「自然災害発生時における業務継続計画(BCP)」の目次(「Ⅱ 訪問看護ステーションの事業継続計画(BCP) 考え方と記載例」の項目を抜粋) 全国訪問看護事業協会.「自然災害発生時における業務継続計画(BCP)―訪問看護ステーション向け―」,2020,p.2-3.より引用.https://www.zenhokan.or.jp/wp-content/uploads/r2-1-3.docx2022/7/11閲覧 BCP策定はまだまだ間に合う! 今回は、従来の災害対策とBCPの共通点と相違点を中心に学びました。BCP策定をする際に多くの人が迷う「復旧目標」の考え方や、厚生労働省および全国訪問看護事業協会のBCPひな形についても言及させていただきました。 令和2年度に実施された「訪問看護事業所の災害時における事業継続計画(BCP)の実態調査」によると、2020(令和2)年4月時点で、BCPを「策定済だった」「策定中だった」「策定を検討していた」事業所は、合わせて34.1%であり、その内容には偏りがあったとされています4)。BCPを策定している/検討をしている事業所であっても、内容までは十分に検討されていなかったことがわかります。 まだ何も手をつけていないけれど、2024(令和6)年3月までに策定できるのだろうか? つくってみたけれど、これでよいのだろうか? など、不安な気持ちを抱いている方が多いと思いますが、まだまだ間に合います。でもせっかくつくるのなら、実効性の高いBCPがよいと思いますので、次回はリソース(資源)に注目して、具体的なBCP策定の考え方をご紹介していきます。 執筆 石田 千絵日本赤十字看護大学看護学部地域看護学 教授 ●プロフィール1989年聖路加看護大学(現 聖路加国際大学)卒業後、聖路加国際病院他で勤務。1995年阪神淡路大震災および地下鉄サリン事件を契機に、地域×災害に関わる教育や研究を始めた。災害の備えは「平時に自分らしく生き、かつ、社会的によい関係性を保つこと」がモットー。看護学博士。 「訪問看護BCP研究会」とは、2016年にケアプロ株式会社、日本赤十字看護大学、東京大学他の仲間による訪問看護×BCPに特化した研究会。毎月1~2回程度で研究や研修などを行っている。▼訪問看護BCP研究会のホームページはこちら ※記録様式のダウンロードも可能です。記事編集:株式会社照林社 【引用文献】1)内閣府.「事業継続ガイドライン-あらゆる危機的事象を乗り越えるための戦略と対応-」,2013.2)厚生労働省老健局.「介護施設・事業所における自然災害発生時における業務継続計画ガイドライン」,2020.https://www.mhlw.go.jp/content/000749543.pdf2022/7/11閲覧3)全国訪問看護事業協会.「自然災害発生時における業務継続計画(BCP)-訪問看護ステーション向け-」,2020.4)全国訪問看護事業協会.「令和2年度 一般社団法人全国訪問看護事業協会研究助成(一般)報告書」,2022.https://www.zenhokan.or.jp/wp-content/uploads/researchgrant2020.pdf 2022/7/11閲覧

特集
2022年10月11日
2022年10月11日

CASE1スタッフナースが利用者に過度に感情移入している心配があるとき_その3:どのように面談を行うか?

管理者として課題に直面したとき、自分以外の管理者がどう判断するかを知りたくなることはありませんか? この連載は、参加者どうしで考えをシェアしあう研修手法である、ケースメソッド注1セミナーの形式に沿って、訪問看護管理者が直面する課題を考えていきます。第3回は、CASE1「スタッフナースが利用者に過度に感情移入している心配があるとき」の議論のまとめです。 はじめに 前回は、終末期の利用者に過度な感情移入をしているように見える佐藤さんを支援するために、具体的にどのような介入が必要か、A・B・C・Dさんそれぞれの考えを出しあいました。今回は、佐藤さんとの面談を行う際の注意点について話しあいます。 議論の題材となっているケースと設問は以下のとおりです。 ケースと設問 CASE1 スタッフナースが利用者に過度に感情移入している心配があるとき スタッフナースの佐藤さんについて、「担当利用者に感情移入しすぎなのではないか?」と別のスタッフナースから相談があった。どうやら寝ても覚めても利用者のことを考えているらしい。佐藤さんは、在宅看取りの看護に携わることを希望して、病院から訪問看護に転職してきた背景がある。終末期の利用者を担当するのは2回目、今回は主担当として任されている。そのためか思いが強くなりすぎているように見える佐藤さんに対して、管理者としてどのような支援ができるだろうか? 設問あなたがこの管理者であれば、佐藤さんのようなスタッフへの支援はどのようにすべきと考えますか。ご自身の経験から考えたアイデアをみなさんにシェアしてください。 面談の目的を佐藤さんの育成にフォーカスする 講師ここまでのみなさんの意見から、面談の目的を「佐藤さんの育成」と設定したいと思います。そうすると、面談はどのように進めるべきだと考えますか? Aさん注2まずは佐藤さんに話をしてもらわないといけないので、利用者の状況を聞いて、その時に佐藤さん自身はどういう気持ちになったのかを話してもらいます。いろいろ聞きたいのはグッとこらえます。 Bさん話してもらうことは大切ですけど、やはり、確認すべきことや言うべきことはちゃんとしたいです。なかなか言いにくいこともあったりするのですが、管理者としてステーション全体のことも考える必要があると思います。 Cさん言うべきことはちゃんと言ったうえで、佐藤さんとしてはこれからどうしたいか? 管理者からどういう支援があれば助かるか?を話したいです。 Dさんそうなんですよね、佐藤さんの状況や気持ちを確認して、その上で、「次の訪問はどうしようか」という話ができるのがいちばんよいと思います。 講師Aさんから「グッとこらえる」と発言がありましたが、表情を見ると、ほかのみなさんも同意されているようです。一方みなさんの言われるように、スタッフにとって耳に痛いことも管理者としてしっかり言わないといけない。スタッフの振る舞いは、ステーション全体の評判につながります。そして、面談の終わりには、「今後に向けてどうするのか」が必ず確認したいことですね。 訪問看護師を育成する手法「1on1」 講師では、これまでの議論を受けて、CASE1のまとめです。 今回は、「終末期の利用者に対して過度な感情移入をしているように見える佐藤さん」のケースを通して、管理者がスタッフを育成する手法としての1on1について考えました。 スタッフの置かれている状況や、スタッフの持つスキルなどによって、支援の内容は変わりますが、基本的に1on1の目的は、スタッフの抱える問題を解決することです。今回のケースでいえば、決して佐藤さんを評価することではありません。1on1は、スタッフの抱える問題解決と、それに向けたスタッフの成長のために行うものです。これを念頭に置き、経営者・管理者の方は、次の3つのステップを毎回行うことを意識してください。 信頼関係を構築する → 学びを深化させる → 次の行動の決定をうながす 佐藤さんが自身の問題を解決することは、そのステーションの問題を解決することでもあります。「1on1はスタッフのための時間」を意識してください。これが難しいんですけどね。あれこれ言いたくなってしまいますよね(笑)。 Aさん面談って、あれこれ問い詰めてしまったり、「こうしなさい」と指導してしまったりすることが多くて。「育成を目的とした1on1はスタッフのための時間」と意識するといいんですね。 講師そうですね、「スタッフである訪問看護師の成長のプロセスを支援する」という立場に管理者が立つことが大切です。ある企業のマネジャーさんは、1on1ではストップウォッチを持って「今日はまず5分間は話を聞くぞ」とされているそうです。1on1の原則である、3つのステップを意識して、いろいろ工夫しながら進めてみてください。 * 次回は、CASE2「利用者からのハラスメントにどう対応するか?」を考えます。 注1ケースメソッドとは、架空事例(ケース)について、参加者それぞれの考えをシェアしあうことで、学びを得ていく授業形式です。ケースの教材には、訪問看護管理者が問題に直面している状況が、物語風に構成されています。参加者は、ケースの教材を予習し、自分がこのケースの主人公ならどうするかを事前に考えた状態で、授業に参加します。ケースメソッドの授業では、講師のリードのもと、参加者どうしでアイデアをシェアしながら議論をすることによって学びます。これは講義形式のセミナーとはずいぶん違ったものです。参加者の発言が何よりもセミナーを豊かにする鍵となります。 注2発言者はA・B・C・Dとしていますが、常に同一の人物ではありません。別人であっても便宜上そのように表記しています。 執筆鶴ケ谷理子合同会社manabico代表慶應義塾大学大学院経営管理研究科修了。看護師、保健師、MBA。大学病院(精神科)、訪問看護、事業会社での人事を経験後、株式会社やさしい手看護部長として訪問看護事業の拡大に寄与。看護師250人超の面談を実施し、看護師採用・看護師研修などのしくみづくりをする。看護師が働きやすい職場環境作りの支援を目指し合同会社manabicoを立ち上げる。【合同会社manabico HP】https://manabico.com記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】〇本間浩輔.『ヤフーの1on1:部下を成長させるコミュニケーションの技法』東京,ダイヤモンド社,2017,244p.〇松尾睦.『職場が生きる 人が育つ 「経験学習」入門』東京,ダイヤモンド社,2011,224p.〇松尾睦.『「経験学習」ケーススタディ』東京,ダイヤモンド社,2015,200p.

特集
2022年10月4日
2022年10月4日

[1]そもそもBCPって何だろう?

訪問看護事業所にも策定が義務づけられたBCP。みなさんはもう準備をはじめていますか? この連載では、訪問看護事業所ならではのBCPについて「訪問看護BCP研究会」の発起人のお一人、日本赤十字看護大学の石田千絵先生に全8回にわたって解説していただきます。第1回の今回はBCPへの理解を深めるため、国の災害対策を振り返りつつBCPが必要になってきた背景を教えていただきます。 【ここがポイント】・訪問看護事業所においても災害時や感染症への対応強化を図る目的で、「業務」と「事業」を継続させるBCPの策定が義務づけられました。・訪問看護事業所では2024(令和6)年3月31日までにBCP策定に取り組む必要があります。 BCP策定の義務化 近年の度重なる自然災害に加え、COVID-19(新型コロナウイルス感染症)などで人々の健康危機が続くなか、訪問看護事業所などに関わる皆様におかれましては、日々ご活躍のことと思います。 これからの時代、自然災害やパンデミックを引き起こす感染症が発生した場合であっても、訪問看護事業所などは、必要なサービスを継続的にご利用者様に提供できる体制を構築することが大切です。すべての事業所が業務継続をすることで利用者への継続訪問を可能にし、事業継続できることで地域医療に貢献できるからです。そこで、国は、すべての訪問看護事業所などを対象に、事業継続に向けた計画などの策定、研修の実施、訓練の実施などを、2024(令和6)年3月31日までに取り組むよう義務づけました1)2)。いわゆる、BCP策定の義務化です。 BCPの定義 BCPは、Business Continuity Plan(業務/事業継続計画)の略です。内閣府によると、「大地震等の自然災害、感染症のまん延、テロ等の事件、大事故、サプライチェーン(供給網)の途絶、突発的な経営環境の変化など不測の事態が発生しても、重要な事業を中断させない、または中断しても可能な限り短い期間で復旧させるための方針、体制、手順等を示した計画のこと」と定義されています3)。 なお、Businessは、「業務」や「事業」の双方の意味合いで用いられ、訪問看護事業所における重要な「業務」である訪問看護などを継続させるだけでなく、訪問看護事業所の「事業」を継続させる意味を含みます。 わが国の災害対策 では、なぜBCP策定が注目されることになったのでしょうか? わが国における近年の災害対策と併せて説明していきたいと思います。 日本列島は、「地震、津波、暴風、竜巻、豪雨、地滑り、洪水、崖崩れ、土石流、高潮、火山噴火、豪雪など極めて多種の自然災害が発生しやすい自然条件下に位置する」4)と防災基本計画に記載されています。歴史的にも大規模な自然災害が多くありましたが、戦後、大きな震災がないまま経過し、1995(平成7)年1月に阪神・淡路大震災が起きました。さらに、同年3月にわが国で初めてのテロ事件である、地下鉄サリン事件が起きました。大規模な都市型自然災害と未曽有のテロ事件が起きたため、平成7年を災害元年として、国が主導して危機管理に力が注がれていきました。 大規模自然災害では、災害時要配慮者に災害関連死が多いという事実が注目され、「避けられた災害死」への対策として、災害拠点病院(災害時における初期救急医療体制の充実強化を図るための医療機関)、DMAT(Disaster Medical Assistance Team、災害派遣医療チーム)、EMIS(Emergency Medical Information System、広域災害救急医療情報システム)などのしくみがつくられました。また、「災害対策基本法」や「災害救助法」など、従来からある法律の改定では対応しきれないニーズ、すなわち、被災者の生活の立ち上がりを迅速、かつ確実に支援するために、「被災者生活再建支援法」が1998(平成10)年に制定されるなど、必要に応じて法の改定や策定もなされてきました。 2011(平成23)年3月11日の東日本大震災では「避けられた災害死」(近年は「防ぎえた死」を使用します)だけでなく、「二次健康被害の最小化」が注目されました。災害時保健医療対策の3本柱(①医療救護(救急)体制の構築、②保健予防活動、③生活環境衛生対策)の遂行のためにも、ニーズとリソースの調整や支援と受援の調整を行う都道府県の本庁や保健所の指揮命令部署を支援するチームとして、DHEAT(Disaster Health Emergency Assistance Team、災害時健康危機管理支援チーム)が必要とされました。2016(平成28)年の熊本地震では、はじめてDPAT(Disaster Psychiatric Assistance Team、災害派遣精神医療チーム)が出動し、2018(平成30)年の西日本豪雨で、はじめてDHEATが派遣されました。 このように、保健医療に関わるしくみは必要に応じて策定され、実働してきました。 災害拠点病院におけるBCP策定義務化 さて、改めてBCPの流れを見ていきましょう。話は2011(平成23)年にさかのぼります。東日本大震災における課題と対応について、「災害医療等のあり方に関する検討会」で検討された結果、「医療機関が自ら被災することを想定して防災マニュアルを作成することが有用。さらに、医療機関は、業務継続計画を作成することが望ましい。」と報告されました5)。 この結果を受けて、2012(平成24)年3月の医政局長通知で、医療機関におけるBCP策定が努力義務とされ、2017(平成29)年3月の通知では、災害拠点病院指定要件が一部改正され、被災後、早期に診療機能を回復させるためのBCP策定、研修および訓練の実施、地域医療関連機関・団体などとの訓練の実施を、2019(平成31)年3月までに整備・実施するよう義務付けられました6)。 なお、2018(平成30)年の調査でBCP策定をしていなかった災害拠点病院は28.8%だったのですが、2019(平成31)年の調査結果では、(指定を返上した1病院を除く)すべての災害拠点病院が、BCP策定を行っていました7)。 COVID-19と訪問看護事業所におけるBCP策定義務化 自然災害が毎年のように起こるなかで、COVID-19によるパンデミックが起き、介護施設や訪問看護事業所などによるサービスの継続的な実施が一部危機状態に陥ったことなどの影響もあり、介護報酬および診療報酬における法律が見直され、すべての訪問看護事業所においてBCP策定が義務づけられたのです。 * 次回は、訪問看護事業所におけるBCP策定の実態や厚生労働省のBCPひな形など、既存の資料から、災害対策とBCPの違いやBCPで作成すべき内容について、説明していきたいと思います。 執筆 石田 千絵日本赤十字看護大学看護学部地域看護学 教授 ●プロフィール1989年聖路加看護大学(現 聖路加国際大学)卒業後、聖路加国際病院他で勤務。1995年阪神淡路大震災および地下鉄サリン事件を契機に、地域×災害に関わる教育や研究を始めた。災害の備えは「平時に自分らしく生き、かつ、社会的によい関係性を保つこと」がモットー。看護学博士。 「訪問看護BCP研究会」とは、2016年にケアプロ株式会社、日本赤十字看護大学、東京大学他の仲間による訪問看護×BCPに特化した研究会。毎月1~2回程度で研究や研修などを行っている。▼訪問看護BCP研究会のホームページはこちら※記録様式のダウンロードも可能です。記事編集:株式会社照林社 【引用文献】1)厚生労働省.「指定居宅サービス等の事業の人員、設備及び運営に関する基準の一部を改正する省令」,2021.2)厚生労働省.「指定訪問看護の事業の人員及び運営に関する基準の一部を改正する省令」,2022.3)内閣府.「事業継続ガイドライン-あらゆる危機的事象を乗り越えるための戦略と対応-」,2013.4)内閣府.「防災基本計画」,2022.https://www.bousai.go.jp/taisaku/keikaku/pdf/kihon_basicplan.pdf2022/7/11閲覧5)厚生労働省:災害医療等のあり方に関する検討会 報告書(平成23年10月)https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000001tf5g-att/2r9852000001tf6x.pdf2022/7/11閲覧6)第14回救急・災害医療提供体制等の在り方に関する検討会.「病院の業務継続計画(BCP)の策定状況について」,2019.https://www.mhlw.go.jp/content/10802000/000511797.pdf2022/7/11閲覧7)厚生労働省.「病院の業務継続計画(BCP)策定状況調査の結果」,2019.

特集
2022年10月4日
2022年10月4日

難聴で拒食のある人の関わり方

前回に引き続き、コミュニケーションが困難だった人への対応事例を紹介します。最終回は、難聴と拒食を伴った事例です。 事例 Mさん、85歳男性、要介護3。難聴、拒食症、軽度認知症の疑い。無歯顎、上下総義歯を装着したままで数週間をベッド上で過ごす。会話や食欲もなく、ときどき妻が差し出すプリンを口にする程度だったため、低栄養と摂食嚥下障害を心配した内科医からの紹介で、歯科医師とともに訪問。 Mさんは、妻と二人暮らしで近所に長男と長女がそれぞれ暮らしていますが、心配する妻や娘に、暴力的な行動もみられたとのことでした。食事拒否の原因は、図のようなことが考えられますが、Mさんの場合は、家族との会話が困難になるくらいの強い難聴に由来する「孤独感」の存在も否めませんでした。 介入開始時の状況 嚥下評価は、軽度のオーラルフレイル程度のレベルでした。 最初に、ホットタオルで顔面や唾液腺のマッサージを行い、数週間ぶりに義歯を外すことができました。 義歯内面の汚れがあり、広範囲に口腔粘膜はカンジタ性口内炎を発症していました。また、食が細くなって痩せたため、義歯が合わなくなり、義歯の内面調整も必要でした。 聴覚障害者用アプリで意思疎通 ご家族は、ホワイトボードに字を書いては消しを繰り返して、コミュニケーションをとっていました。「入れ歯を外してください」「うがいをしましょう」などのカードを提案し、口腔ケアがその方法で可能になりました。 しかし、義歯の内面調整となると、義歯の内側に内面調整剤を塗った後、しばらく口腔内で数分保持する必要があります。本人の協力を得る度合いが増えるので、カードでも困難と考え、スマホの聴覚障害者用アプリを利用することにしました。 「お薬のにおいがしますが、すぐ終わりますので、しばらく入れ歯をかんでいてください」「お薬が固まりましたので入れ歯を外しますよ」などと、スマホのアプリに向かって話すと1秒後には文字として表示されます。Mさんにも理解でき、義歯調整の同意が得られました。 こうして義歯装着が可能になると、妻からMさんが家の中を夜間にフラついて大変だったと聞きましたが、その後は近所のタバコ屋にタバコを買いに出て、数ヵ月ぶりの外出も可能となりました。 EAT-10注1が0点となったため、居宅療養管理指導は4回/月から2回/月へと変更になりました。Mさんはトンカツが大好きだったので、口腔ケアに関しての長期目標は、「トンカツを食べる」に設定しました。 コーチング(第9回参照)は、本人だけでなく、介護する家族にも有用なことがあります。日々不安を抱えている妻に、リフレイン(対象者の言葉を繰り返す)やチャンクダウン(問題の具体化)で対応しました。 「何かあれば何でも歯科衛生士に相談してください」と寄り添い、共感するスタイルを通して、ラポール(信頼関係)が構築され、本人(妻)のゴールが近づきました。 機能的口腔ケアで笑顔を取り戻す 歯科の短期目標として、義歯の清掃、唾液腺マッサージ、プッシングエクササイズ(声帯の強化)、口腔周囲筋のストレッチを指導すると、食事量が増えると同時に笑顔もみられるようになりました。 介入約3ヵ月後 家の中を歩く、座位で摂食する時間も増えて、介入から約3ヵ月が経過し、長期目標である「とんかつ」はカツ丼やカツ煮で食べることができました。 おわりに 全10回に及ぶ本連載を通して、訪問看護師をはじめとするチーム医療連携での歯科衛生士の業務について知っていただける機会となったと思います。口腔ケアや歯科診療だけでなく、摂食嚥下リハビリテーションから終末期の口腔ケアまで、口腔の衛生面・機能面の両面から要介護者をサポートする歯科衛生士を、今後ともよろしくお願いいたします。 * 注1 EAT-1010項目からなる軽度の嚥下障害のための質問票で、0~4点で各項目を評価する。合計が3点以上で嚥下障害の可能性がある。 執筆山田あつみ(日本摂食嚥下リハビリテーション学会認定士、歯科衛生士) 記事編集:株式会社メディカ出版

特集
2022年10月4日
2022年10月4日

安心感をどう作るか④ 地域の関係機関との連携

最初の発生から2年が過ぎても、いまだ終息の見えない新型コロナ。感染防止対策だけではなく、目には見えないスタッフの不安やメンタルヘルスへの対応もステーションの管理者には要求されます。ベテラン管理者のみなさんに、今必要とされるスタッフマネジメントについて語っていただきます。第5回は、前回に続き、岐阜県看護協会立訪問看護ステーション高山の野崎加世子さんです。 お話野崎加世子岐阜県看護協会立訪問看護ステーション高山 管理者 非常事態になってから「連携しましょう」と慌てても、うまくいくはずはありません。今回のコロナ禍において、それがよくわかりました。紆余曲折はありましたが、非常時における関係機関との連携は、日ごろからの関係が生きてきます。 コロナ禍以前の連携 私たちの訪問看護ステーションは、今から30年近く前の1994年に開設されました。行政の保健婦(当時)が、訪問指導に家々を回っていた時代で、一人で100人の患者さんを担当する人もいました。そんな保健婦たちが、「私たちだけでは手が回らない。これからは、地域の看護婦(当時)の手で、質の高い訪問看護を提供する必要がある」と声を挙げ開設に至りました。そんな経緯もあり、行政との連携は当初から良好でした。 やがて、介護保険制度が始まり、ケアマネジャーや介護サービスの事業者たちの連携が欠かせなくなりました。連携なしには訪問看護ステーションは営めません。そう感じていた私たちは、医療職だけではなく、介護職の人たちとの連携を大切に育ててきました。ところが、感染拡大が足元にひたひたと迫るにつれ、状況は変わります。 情報の枯渇や分断 私たちの地域では、施設感染から火がつきました。デイサービスなどは、次々に休止となります。感染者や濃厚接触者が出たことの情報連絡が遅れて入ってくることもありました。「感染対策をしっかり行なっていたのか?」「早くに連絡が欲しい」という陰口も聞こえます。まさに、お互いの信頼が薄れた状況にみえました。 情報の枯渇や分断は、偏見につながるばかりか、感染対策上もマイナスです。感染者が出た施設を、事実を知らされないままに利用していたら、その利用者さんが使っているほかのサービスに感染が及ぶ恐れがあります。このような状況を行政に伝えるとともに、現場から連携を取り戻していくことにしました。 一緒に訪問して、温度差を解消する たとえば、ヘルパーさんと看護師が訪問すると、感染対策に対する意識や方法にかなりの温度差があることがわかりました。「そんなに防護しなければならないんですか!」と驚いたヘルパーさんもいました。利用者さんにとっても、家に来る専門職の防護服に違いがあるのは不安です。そこで、ヘルパーさんと一緒に訪問し、利用者さんごとに感染対策の方法を揃えることから始めました。 利用者さんが発熱した場合、ヘルパーさんは訪問を控え、訪問看護師は完全防護で訪問するなどの差はあるものの、それぞれの事業所が、自分たちの感染対策のありかたを真剣に考えはじめたのは、大きな成果だと考えています。それを足がかりに、平常から重視してきた「連携」を回復していきました。 本気で「共通言語」を重視する コロナ禍において、右往左往しながらも連携を回復できたのは、何といっても、平常からの関係づくりが重要です。そのなかで、私たちが最も力を入れてきたのは、「共通言語」による情報交換です。 「介護職との共通言語づくりの大切さ」とは、よく耳にする言葉ですが、私たちは、「誰もがわかる言葉」で、「ゆっくりと丁寧」に、「具体的に話す」ことにこだわりました。 尿量が減少した利用者さんの情報をヘルパーさんから入手しようと思ったとします。「少なめになったら知らせてください」では曖昧すぎます。おむつを使用している利用者さんであれば、「濡れている面積がいつもの半分以下なら連絡してください」などと具体的にお願いします。 リスペクトと「感謝」が連携の秘訣 言葉遣いを丁寧にするのは、いうまでもありませんが、「多くのヘルパーさんは、自分たちよりも長い時間利用者さんにかかわっているのだ」とリスペクトすることが、連携の秘訣だと考えています。 そして、リスペクトの延長線上にあるのが「感謝」です。「ヘルパーさんがいち早く教えてくださったので、入院せずにすみました。ありがとうございます」などと感謝を必ず返します。 スタッフへの浸透と「正直」であること 重要なのは、そうした関係づくりをすべてのスタッフが体で覚えることです。私たちのステーションでは、新人教育を3ヵ月、その後はチーム内でのOJTで、連携の大切さと連携の相手に対する姿勢を徹底的に教えます。現場で実際に痛い目に遭うことで、「どうすればよかったか」を自分の体に染み込ませることができます。 もう一つ大事にしているのは、「正直に開示すること」です。スタッフレベルでいえば、「訪問の車両をこすった場合には正直に報告する」といったレベルから始まります。 正直さは、事業所運営でも同様です。スタッフや利用者さんに感染者や濃厚接触者が出た場合には、包み隠さず情報を開示します。そうした誠実さが事業所間の信頼につながり、信頼に基づく「強い連携」へと成長します。そして、お互いに信頼できる関係性は、過度に感染を恐れずに、スタッフが安心して働ける環境にもつながります。 ―第6回に続く 記事編集:株式会社メディカ出版

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2022年9月27日
2022年9月27日

【セミナーレポート】vol.3 具体的なBCP策定手順 後編/BCP策定へのSTEP~いのちと暮らしを守る、継続可能な業務計画を考える~

2022年6月24日(金)に実施したNsPace(ナースペース)オンラインセミナー「BCP策定へのSTEP~いのちと暮らしを守る、継続可能な業務計画を考える~」では、WyL株式会社 代表取締役で現役看護師の岩本大希さんを講師に迎え、2024年から義務化される訪問看護ステーションのBCP策定について考えました。セミナーレポート最終回となる今回は、その中で紹介された全8STEPのBCPの策定手順のうち、STEP4〜8(BCP発動~地域連携、運用訓練まで)をまとめます。※約60分間のセミナーから、NsPace(ナースペース)がとくに注目してほしいポイントをピックアップしてお伝えします。 【講師】岩本 大希さんWyL株式会社 代表取締役/ウィル訪問看護ステーション江戸川 所長/看護師・保健師・在宅看護専門看護師2016年4月にWyL株式会社を創立し、直営で2店舗、関連会社でフランチャイズ4店舗を運営(2020年12月現在)。訪問看護現場におけるBCPの重要性にいち早く着目し、2021年には厚生労働省が推進する研究事業(厚生労働科学特別研究事業)「在宅医療の事業継続計画(BCP)策定に係る研究」に参画。 目次▶ 【STEP 4】業務の評価と分析 ・業務の洗い出しと評価 ・優先業務のリスクの分析▶ 【STEP 5】エスカレーションの整理▶ 【STEP 6】計画のまとめと運用ルールの確認▶ 【STEP 7】「連携型BCP」「地域包括BCP」の策定▶ 【STEP 8】演習、トレーニングの実施 --> ▶ 【STEP 4】業務の評価と分析 STEP4では、既存の業務の整理を行います。以下の2つの段階を踏んで見直していきましょう。 業務の洗い出しと評価 まずは平時の業務を洗い出してリスト化し、それぞれ以下の3つの優先度に分類していきましょう。 ①優先業務:災害時にも継続する必要がある業務②縮小業務:優先度は中程度。縮小または変更することが可能な業務③一時休止業務:優先度が低く、一時的に休止が可能な業務 例えば地震が起こった際はどうなるでしょうか? 看護がないと生活できない利用者さんはたくさんいるので、頻度を減らす可能性こそありますが、おそらく訪問は行かなければならないですよね。しかし、他の機関との連携や調整は縮小してもいいのではないか。同行訪問してのOJTや座学の教育は状況が落ち着くまで休止することにしよう。そういった形で、業務の優先順位を決めていきます。 優先業務のリスクの分析 継続しなければならない優先業務が明確になったら、その業務のリスク分析をしていきましょう。具体的には、どんな要因(ボトルネック)で業務を続けられなくなるのか、継続が困難になった際の代替手段はあるのかを考えます。これもSTEP2でご紹介したシナリオの想定と同じように、「ヒト」「モノ」「カネ」「ライフライン」「情報」という5つの観点で整理をしていきます。 このように業務の評価と分析をきちんと行うことで、事業継続の可能性を確実に高める計画を立てられます。 ▶ 【STEP 5】エスカレーションの整理 続くSTEP5では、「エスカレーション」という考え方に基づいて、特定の条件下でどんな対応をしていくかをまとめます。エスカレーションとは、端的にいうと危険度に応じて適切な対応をとること。危険度は被害のレベルとほぼ同じ意味と考えてもらえるとわかりやすいかと思います。被害をこうむる立場の視点で危険度を4つの段階に分類し、それぞれのステージで起こすべきアクションを決めて、シートにまとめていきましょう。各ステージの大まかなイメージは以下のとおりです。 ステージ1:災害対応マニュアルなどを活用し、リスク発生から一週間ほどで業務を復旧できるレベル。 ステージ2:業務復旧に時間がかかり、一部の業務を縮小あるいは休止し、優先度の高い業務だけに絞って続けていくレベル。BCPを発動する段階。 ステージ3:事業所単位では業務の復旧ができないレベル。近隣の訪問看護ステーションに人員を融通してもらったり、一部の利用者さんの訪問を任せたり、連携型BCPを発動してサバイブしていく段階。 ステージ4:すべての業務を中断し、避難しなければならないレベル。場合によっては事業所をクローズすることも。東日本大震災などはこのステージ4にあたる。 ▶ 【STEP 6】計画のまとめと運用ルールの確認 STEP1〜5までの検討内容をひとつの文書にまとめます。シートや冊子など、形式は各事業所で使いやすい形を自由に選んでください。このSTEP6までのアクションで、事業所単位でのBCP策定は完了となります。しかし、BCPはつくることがゴールではなく、完成後はきちんと運用し、リスク発生時に確実に対応できる状態を維持することが必要です。そのためには、定期的に内容を見直す担当者は誰か、発動者は誰か、改めて整理しましょう。また、完成した文書がスタッフ一人ひとりに行き渡るようにする方法も考え、実践してくださいね。 ▶ 【STEP 7】「連携型BCP」「地域包括BCP」の策定 事業所のBCPが完成したら、自分の事業所だけでは対応できない事態になった場合の協力体制の検討、つまり「連携型BCP」や「地域包括BCP」づくりにも取り組んでみましょう。このとき、近隣の訪問看護ステーションに協力依頼をした際の診療報酬の請求ルールについても考え、協定や事前契約を結んでおくと安心です。 ▶ 【STEP 8】演習、トレーニングの実施 演習を行ってBCPで決めた行動をとれるか確認したり、方針や自分がやるべきことを覚えるトレーニングをしたりすることも重要なステップです。実際に動く中で、足りないことを発見できる可能性もあるでしょう。よりよい計画にアップデートするためにも、ぜひ時間をつくって取り組んでください。 記事編集:YOSCA医療・ヘルスケア

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