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ご遺体への最新詰め物事情
ご遺体への最新詰め物事情
特集 会員限定
2023年7月18日
2023年7月18日

納棺師解説/ご遺体への最新詰め物事情【セミナーレポート後編】

2023年4月14日に開催されたNsPace(ナースペース)のオンラインセミナー「【納棺師解説】死後24時間以降のご遺体変化&最新詰め物事情」。納棺師の大垣麻里さんを講師に迎え、在宅でのエンゼルケアについて、知っておきたい基礎知識やCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)の流行を受けての変化を教えていただきました。 今回はそのセミナーの内容を、前後編に分けて記事化。後編では、COVID-19流行以降のエンゼルケア・葬儀の情勢や、ご遺体への詰め物の対応についてご紹介します。 >>前編はこちら納棺師解説/死後24時間以降のご遺体変化と対処法【セミナーレポート前編】 ※約90分間のセミナーから、NsPace(ナースペース)がとくに注目してほしいポイントをピックアップしてお伝えします。 【講師】大垣 麻里さん湯灌師・納棺師・介護福祉士/株式会社沙羅代表介護の仕事に従事する中で、多くの高齢者が自らの死への不安を抱いていることに気がつき、その旅立ちを支援する湯灌師、納棺師に転身する。その後、湯灌・納棺・メイクサービスを提供する株式会社沙羅を設立。これまで20年以上にわたり、亡くなった方やそのご家族と向き合い、「温かいお別れの場」を提供してきた。 COVID-19がお別れに与えた影響 COVID-19が発生してから3年以上が経ちましたが、その間、エンゼルケアや葬儀のあり方は大きく変わってきました。 まず発生当時、亡くなった方は直火葬となり、ご家族は収骨もできない状況でした。しかし2022年頃からは、ご遺体を透明の納体袋に入れて棺の蓋をしたままであれば、フィルム越しではあるものの、対面してのお別れが可能に。とはいっても、故人に直接触れることはできませんでした。 そして、2023年1月6日。厚生労働省から「ご遺体を清拭し、鼻や肛門に詰め物をし、紙オムツを使用していれば、納体袋には入れずにこれまでどおりの形式で葬儀をしてもよい」という事務通達が出たのです。現在では、まったく従来のとおりに、故人の顔や体に触れながらのお別れができています。葬儀の形式についても、何の制限もなく行われています。 詰め物をするメリットとデメリット エンゼルケアにあたり、対応を悩まれる方が多いのが詰め物でしょう。詰め物をするメリットとしては、やはり体液漏れが起こるリスクを低減できることです。しかし、亡くなったという事実を受け止めがたく感じているご家族の方からは「詰め物をされると、息ができないように見えて痛々しい」という声がよく聞かれます。 これをふまえて、私は見た目が悪くならないように詰め物をするのがベストではないかと考えています。 部位別の詰め物対応のポイント 詰め物をする際に気をつけたいポイントついて、部位別に詳しくご紹介していきます。 耳、鼻、口 まず、耳には基本的に詰め物を入れなくても構いません。交通事故に遭われ頭蓋骨骨折があり、出血が予想されるといったケースでは耳にも詰め物をしていますが、亡くなられたときに耳から出血や体液漏れなどが起きていなければ不要です。 続いて鼻は、小鼻ではなく、上の図に矢印で示したように鼻の奥へしっかりと詰め物をしてください。 同じく口も、図の矢印が示す部分、咽頭奥深くに舌を巻き込まないよう注意しながら詰め物を入れます。口腔内ではなく、その奥に詰めることで、気管や食道からの体液漏れをしっかりと防ぐことができます。 尿 尿漏れへの対処法は男性と女性とで異なります。 まず女性の場合は、男性よりも尿道が短いので、膀胱に溜まっている尿が出てくる可能性があります。そのため、できるだけ尿パッドをつけるといいでしょう。在宅の利用者さんは、多くの場合尿パッドや紙オムツをつけられていると思いますので、その対応で十分です。 また、膣への詰め物については、子宮疾患があって出血が見られるといった特別な事情がなければ不要です。 一方男性の場合は尿道が長いので、ご遺体を動かすたびに尿が漏れることは女性と比較すると少ないですが、念のため紙オムツを装着したり、男性用の尿パッドを巻いたりされると安心かと思います。 なお、尿道カテーテルをされていた方は、カテーテル抜去によって尿道から出血することがあるので、尿パッドをきちんと巻いてください。 便 便については、性状よって対応が異なります。硬い便の場合は、直腸に溜まっているものを可能な範囲で摘便したら、その後さらに出てくることはありません。ただし、タール便や液状便が出ている方の場合は、対処が必要です。とはいっても綿を肛門に詰める必要はなく、周囲をきれいにしてから綿で肛門を塞ぐようにして、その上から紙オムツを当てれば大丈夫です。紙オムツと肛門の間に隙間がなければ、ダラダラと漏れ出てくることはありません。 詰め物の必要性をどう判断するか 前提として、葬儀において「●●しないといけない」という決まりは2つだけしかありません。ひとつは、亡くなった後24時間は火葬できないこと。もうひとつは、棺に収めること。それだけなんです。着物を左前に着せなければならない、帯を縦結びにしなければならないといったことは、決まりではなく風習です。詰め物についても、原則としてご家族のご意向を受け止めて対応されるとよいと思います。仮に、「体液が流出したとしても詰め物をしたくない」といったご意向があれば、それに沿って対応します。 ただし、とくに在宅でお看取りをされたケースでは、COVID-19の影響も考慮されてか、ご家族は詰め物をしないことに不安を感じられることが多い印象です。また、多くのご家族は、ただでさえ急なことにショックを受け、今後のこともなかなか想像できていらっしゃらない状況です。その状況下で、体液が流出するリスクをふまえて詰め物をすべきかどうかのご判断をすることは、かなり難しいでしょう。 こうしたご家族の状況や心情をふまえると、先ほども少し触れたとおり、亡くなられた方のお顔の印象を損なわないよう、ご家族の目に触れない奥の部分に詰め物をしていくのが、私はよいと思っています。見栄えに十分に配慮して詰め物をすることが、ご家族のお気持ちに寄り添いつつ、お見送りまでの時間をトラブルなく安心して過ごしていただける方法ではないでしょうか。 可能な限り、最後の身支度はご家族と一緒に これはエンゼルケア全般に通じる話ですが、故人の身支度は、できるだけご家族と一緒に行っていただきたいです。在宅看護を選択されてきたご家族の多くは、「家族を自宅で送りたい」という想いが強いので、身支度に参加できるよう調整すると喜ばれるかと思います。 正直なところ、ご家族と一緒に支度をするとスムーズにいかないこともあるかと思います。しかし、それよりもご家族の方が「私たちも最後の身支度をしてあげた」と思えることのほうが大事ではないかと私は考えています。その経験はきっと、ご家族のその後の支えになっていくのではないでしょうか。 * * * ご家族ができるだけ心を痛めずに故人とお別れできるようにするには、ご遺体をきれいに保つための対処が必要不可欠です。そして、その対処の多くは可能な限り早く行うことが求められます。 訪問看護師のみなさんには、今回ご紹介した在宅でのエンゼルケアの方法をぜひ現場で実践していただき、「ご家族が前を向けるお別れ」の実現をサポートしてもらえたらと思います。 執筆・編集:YOSCA医療・ヘルスケア

漫画「人生最高のラブレター」
漫画「人生最高のラブレター」
特集
2023年7月19日
2023年7月19日

受賞作品漫画「人生最高のラブレター<後編>」【つたえたい訪問看護の話】

NsPaceの特別イベント「みんなの訪問看護アワード」で募集した「つたえたい訪問看護の話」。今回は、高倉 陽子さん(帝人訪問看護ステーション株式会社 望星台訪問看護ステーション厚木/神奈川県)の入賞エピソード「人生最高のラブレター」をもとにした漫画の後編をお届けします。 「人生最高のラブレター」前回までのあらすじ 間質性肺炎を患い、在宅酸素療法を行っていた利用者の中川さん。奥様は、ご自身の病気がありながらも献身的に介護をしていました。次第に中川さんの症状は悪化し、余命3ヶ月と宣告…。悩みながらも在宅で最期を迎えることを選択しました。 >>前編はこちら受賞作品漫画「人生最高のラブレター<前編>」【つたえたい訪問看護の話】 人生最高のラブレター<後編> 漫画:さじろう山形県在住のイラストレーター/グラフィックデザイナー/漫画家。都内デザイン会社を経て現在フリーランスで活動中。『ダ・ヴィンチ』『東京カレンダー』『Men’s NONNO』『SUUMO』など多数の雑誌のほか、釣り具メーカー『DAIWA』『LIFE LABEL』などのWebやYouTube、CMでもイラスト・漫画制作を手掛ける。 エピソード投稿:高倉 陽子(たかくら ようこ)さん帝人訪問看護ステーション株式会社 望星台訪問看護ステーション厚木(神奈川県)受賞のご連絡をいただいたとき、たまたまその場に同僚たちがいる状況だったので、みんなで一緒に驚き、喜びました。エピソードを書くにあたっても、内容や表現について所長や同僚に相談し、たくさんのアドバイスをもらったので、みんなでとった賞だと思っています。また、漫画化していただいたことで、色々な方々にこのエピソードを知っていただけることになり、とてもうれしく思っています。 [no_toc]

小児感染症 プール熱
小児感染症 プール熱
特集
2023年7月25日
2023年7月25日

プール熱の症状・原因・治療法を解説 大人がかかるとどうなるの?

プール熱は、夏季を中心に小児に罹患しやすい感染症です。大人も感染する可能性がある上に感染力が強いことから、短期間で家族全員が罹患するケースも少なくありません。本記事では、プール熱の症状や原因、治療法、大人が罹患した場合の症状などについて詳しく解説します。 プール熱とは プール熱は咽頭結膜熱ともいい、アデノウイルスの感染によって発熱や喉の痛みのほか、結膜炎などの症状が現れる病気です。プールでの感染者との接触やタオルの共用によって感染する場合があることから、プール熱と呼ばれています。 プール熱の症状 プール熱の症状は次のとおりです。 ・急激な発熱・頭痛・食欲不振・全身倦怠感・咽頭痛・結膜の充血・目やに・眼痛 目の症状は左右どちらかから始まり、その後にもう一方にも現れることが一般的です。中でも下眼瞼結膜に炎症が強く生じ、上眼瞼結膜の炎症はそれほど強くない傾向があります。潜伏期間は5~7日とされており、潜伏期間中でも感染力を持ちます。 重傷化のリスクは特に高いわけではありませんが、生後14日以内の新生児が感染した場合は全身性感染に進行するリスクが高いとの報告があります。 プール熱が流行する時期 例年、6月頃から感染者数が増加し始め、7~8月にピークに達します。6~8月はプールで子ども同士が接触する機会が多いことも、感染者の増加に関係していると考えられます。 ただし、原因となるアデノウイルスに季節性はないため、ほかの時期でも感染する可能性があります。プール熱に罹患した場合は、その時期に関係なく、発熱や咽頭炎、結膜炎といった主要な症状が消失してから2日間は出席停止になります。 プール熱の原因 プール熱の原因となるアデノウイルスにはさまざまな型があり、中でも2型と3型がプール熱を発症しやすいとされています。ほかには、1型や4型、7型、14型などがあり、中でも7型は肺炎を引き起こすことで重症化しやすい点に注意が必要です。 感染経路は、飛沫感染や接触感染などで、感染力が非常に強いことから周囲の人が短期間でプール熱に罹患する場合もあります。また、症状が消失してからも喉からは1~2週間程度、排泄物からは1ヵ月程度はアデノウイルスが排出されるとの報告もあるため、出席停止期間が終了した後に他人に感染させることもあるでしょう。 また、アデノウイルスには複数の型があるため、一度罹患したことがある場合でも別の型に感染する可能性があります。 プール熱の検査方法・診断 プール熱の確定診断には、鼻汁や唾液、糞便、拭い液などを用いてウイルス抗原の検出もしくはウイルス分離を行う必要があります。検体は、綿棒で喉やまぶたの裏を擦って採取します。検査キットにかけてから結果が出るまでにかかる時間は15分程度のため、即日でプール熱の罹患の有無を確認できます。 ただし、検査のタイミングや検体のウイルス量が少ない場合は、結果が陰性になる場合があることに注意が必要です。なお、血液を採取してアデノウイルスの抗原検査を行うことでも確定診断できます。 プール熱の治療法 プール熱はウイルス感染症であり、有効な抗ウイルス薬は現時点では存在しません。合併症を防ぐことを目的に抗生剤を使用することがあります。また、咽頭部や結膜の炎症を抑えるために、抗炎症成分が含まれた点眼薬などを使用します。 そのほか、高熱に対しては解熱剤、咽頭痛には抗炎症薬など、対症療法が中心となります。 プール熱は、高熱や喉の痛み、腫れによって食事をとることが難しくなる場合があるため、脱水症状に注意が必要です。また、なるべく喉を刺激しないように、柔らかいものを食べるとよいでしょう。 プール熱は大人がかかったらどうなる? 大人がプール熱に罹患した場合、小児ほど強い症状は通常現れません。そのため、小児ほどの影響が懸念されないとして、対応する医療機関が多いでしょう。ただし、症状が強く現れなくても感染力は強いため、他人にうつさないための対策は必要です。 プール熱の予防法 プール熱の予防法は、一般的な感染対策と同じです。流水と石けんによる手洗い、外出先から帰宅してきたときのうがいを欠かさないようにしましょう。また、感染者との密接な接触をなるべく避けるほか、タオルの共用をしないことが大切です。プールからあがった後は、シャワーを浴びてうがいをします。 * * * プール熱は主に小児が罹患する病気ですが、大人も罹患する可能性があります。感染力が高いため、疑わしい症状があるときは周りの人との接触を避け、医療機関を受診して適切な治療を受けることが重要です。 編集・執筆:加藤 良大監修:久手堅 司せたがや内科・神経内科クリニック院長 医学博士。「自律神経失調症外来」、「気象病・天気病外来」、「寒暖差疲労外来」等の特殊外来を行っている。これらの特殊外来は、メディアから注目されている。著書に「気象病ハンドブック」誠文堂新光社。監修本に「毎日がラクになる!自律神経が整う本」宝島社等がある。 【参考】〇厚生労働省「咽頭結膜熱について」https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou17/01.html2023/6/25日閲覧〇NIID国立感染症研究所「咽頭結膜熱とは(2014年4月1日)」https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/323-pcf-intro.html2023/6/25閲覧

心なごむエピソード
心なごむエピソード
特集
2023年7月25日
2023年7月25日

心なごむエピソード【つたえたい訪問看護の話】

訪問看護では利用者さんへ安心を届けることも仕事のうちですが、一方で利用者さんやご家族、周囲の方から癒しや微笑ましい反応をいただくこともあります。「みんなの訪問看護アワード2023」の投稿から、気持ちが伝わり心なごむエピソードを4つご紹介します。 「コロッケパンに想いを込めて」 周囲の人への感謝の気持ちと「皆に喜んでもらいたい」という利用者さんの想いが伝わる微笑ましいエピソードです。 退院後、内服管理で訪問看護利用になった心不全のAさん、79歳。3人のお子さんを立派に育て上げられ、奥さんが亡くなっても自宅を1人で守ってこられている。お薬や病院が嫌いで「もう入院はイヤだ」が初回訪問で既に口癖になっていた。朝食後の内服確認と思い訪問していたが、冬の訪問では寒くて起きられず、朝食をまだ食べられていないという日も多々見られていた。そのとき、毎回のように食べられていたのがコロッケパン。最初はたまたまかな?と思っていたが、訪問するたび食べられていることに気付く。なんでだろう?ただ好きなだけなのか?それとも何か思い入れがあるのか?スタッフの想像は膨らむばかり。そんなお話が娘さんの耳に入ると、娘さんはふふっと微笑まれる。「これ見てください」娘さんのバッグの中にはコロッケパンが1つ。「いつも私、これをもらうんです」。そして数日後の訪問で他者に伝えられた言葉は「コロッケパンは大好物」という言葉。深い意味はなくとも大好物をお土産に渡すために準備してあるのかなぁと心和んだ。そして今日もコロッケパンを口に運んでいる。 2023年2月投稿 「謎」 大人は時に子どもの発言に驚かされることも。くすっと心なごむエピソードです。 訪問看護を始めて半年ほど経った頃、小学校の特別支援学級へ排泄指導のために伺っていました。訪問時間が、学校のお掃除の時間にかかってしまったため、支援級の前で対象のお子さんを待っていたところ、廊下の向こう側から、一年生くらいの小さな男の子が私の方へ向かって真っ直ぐに歩いてきます。そして、私の前でピタッととまり話しかけてきました。『お友達のお母さんと勘違いしたのかな?』と思ったその時、「ねぇ、何年生?」「何年生なの?」と。たしかに、ジャージ姿にリュックを背負って、服装はカジュアルだったのですが…。その直後に、対象のお子さんが私の元へ来てくれたため、小さな男の子は階段を降りて去っていきました。対象のお子さんからは、「看護師さん、小学生に間違われたの?」と大笑いされ、恥ずかしいやら…本当に小学生に間違われたのか、「何年生を待ってるの?」という意味だったのか?未だに謎のままです。 2023年1月投稿 「うちのステーションの強みはかんたき」 ちょっと先走ってしまったけれど、「利用者さん第一」の投稿者さんに心なごむエピソードです。 先日、突然のガン末期診断・BSC方針で、悲しみに暮れている利用者・家族に訪問看護を開始しました。退院翌日にコロナを発症し、がん性疼痛について相談したくても、電話診療の対応しかない、コロナ陽性状態での訪問開始でした。PPEを付けての書面のやりとり、簡単な説明で、不安でいっぱいそうな母娘。現場では長く説明してられないけどとにかく安心してもらいたい。そんな時私が言えたことは「コロナでこんな格好だけども私たちは訪問に来ます」「電話ならいつでもしてください」「どうしても家でみるのがしんどい日は、よかったら私たちがやっているお泊りもできるかんたき(看多機)にきてね、私たちがみるからね」という言葉。少々無責任さもあるかとは思いながらも、言ってしまった!でもその時の娘さんの表情ったら、すごく明るくなって、安心した感じで、「うちにかんたきがあってほんとよかった!」って思いましたよ。うちの管理者様、ここまでのかんたき立ち上げのご苦労見てました。ありがとうございます!ちょっと先走って話したけど、きっと許してくれますよね?いつもそうだもの。 2023年1月投稿 「近くの母より遠くの祖母」 日々連絡を取り合う家族のやりとりやお孫さんと利用者さんの発言に、思わず笑顔になるエピソードです。 その高齢の女性はC型肝硬変により去年8月に肝切除術を受けられ、腹水穿刺を繰り返されている。咽頭がんで発語が困難な息子さんとの2人暮らし。東京に娘さん夫婦と中学3年生の野球少年のお孫さんが住んでいる。年に1回お正月以外の帰省は難しく、毎日夕食が終わる時間に娘さんから電話があるという。お孫さんの話になり、娘さんから「お母さん、僕お母さんのこと大好きなんだ」と言われたとのこと。マザコンじゃないかと心配になったそうだ。ある日の電話で「僕、お母さんより好きな人がいるんだ」とお孫さんから言われたそうでマザコンじゃなかったと思い安心したそうだ。その理由は「僕、お母さんよりおばあちゃんが大好きなんだ」と言われたそうで嬉しかったという話を涙目で話される。「でもね、一緒に住んでないからいいおばあちゃんでいられるのよ」と少し怖いことを笑って言われたのが印象に残っている。 2023年2月投稿 言葉や行動で届ける相手への気持ち どれだけ自分が思っていても言葉や行動で示さないと周囲には伝わらないのが人の気持ちです。 今回のエピソードでは真っ直ぐ伝えることもあれば、少し言葉を濁したり照れ隠し気味に伝えたりとさまざまでしたが、どこか人間味溢れ愛嬌を感じるものばかりでした。日々のコミュニケーションも楽しみながら、仕事に臨んで行きたいですね。 編集: 合同会社ヘルメースイラスト: 藤井 昌子

緩和ケア 悪液質
緩和ケア 悪液質
特集
2023年7月25日
2023年7月25日

がん悪液質とは【がん身体症状の緩和ケア】

末期膵臓がん患者のAさん(49歳)、病院での治療を終え、現在は在宅で療養生活を送られています。訪問看護師であるあなたはAさんの担当です。退院直後のAさんの問題は疼痛コントロールでした。オピオイドの処方を調整し、Aさんの痛みはだいぶ緩和されてきたのですが、また新たな問題が。今回からはがん患者さんにみられる疼痛以外の症状を取り上げ、緩和ケアについて解説していきます。 食欲がなく体重も減ってしまったAさん オピオイドの増量後、Aさんは夜間痛みのために目が覚めることはなくなり、体を動かしてもそれほど痛くはなくなってきたそうです。たまに背部にしびれるような感覚があるものの、特段つらくはないとのこと。疼痛管理がうまくいっているようです。 ところが、最近Aさんから「だいぶ痩せた」「体力がなくなった」との訴えが聞かれるようになりました。確かに、この半年の間に63kgあった体重が5kgも落ち、現在は58kg。食事量も減り、以前に比べると半分の量も食べられず、好きだった肉料理も残すことが増えているようです。体力面では、主に下肢の筋力維持を目的に、週1回1時間の訪問リハビリテーションを継続していますが、室内を歩く速度が遅くなり、ふらつくことも増えてきました。 「何かできることはないのかなぁ……」、訪問から戻ってきたあなたはステーションでため息をつきました。そのため息を聞いた訪問看護師のBさんが「どうしたの?」と聞いてくれました。Bさんは、がん看護専門看護師の資格を持つ、ステーションのみんなが最も頼りにしている先輩です。 あなた: Aさんのことで悩んでいます。痛みはよくなったのですが、最近だるさを訴えています。元気がなくて、痩せて弱ってきているように思えるのです。何かできることはないのでしょうか……。 Bさん: Aさんといえば肝転移もあって、治療が終了した方ね。痩せてきているということはがん悪液質かもしれないわね。 あなた: 「悪液質」ですか? がん悪液質発生のメカニズム がん悪液質とは、がんの進行に伴う筋肉減少によって引き起こされる食欲不振や体重減少、体力の低下、倦怠感などを含む症候群のことをいいます。体重減少の要因には低栄養状態も考えられますが、それとは異なり、がん悪液質の場合、安静時の代謝の亢進や筋肉の分解を伴うことが大きな特徴です。老年領域でよく聞かれるフレイルも筋肉減少症(これをサルコペニアと呼びます)を伴いますが、代謝異常や筋肉分解は起こらないことが多いです。 では、どうしてがん患者さんはがん悪液質の状態に陥るのでしょうか。そのメカニズムはすべて解明されているわけではありませんが、がん細胞から分泌される炎症性サイトカインが代謝の異常や食欲不振を引き起こすと考えられています。 「アナモレリン」が症状緩和に期待 あなたは、体重が減少し、筋肉が減っているのであれば、筋肉を作れるようにすればよいのでは、と考えました。そこでBさんに「タンパク質の摂取をすすめるのはどうか」とたずねてみました。 Bさん: それはそのとおり。でも食欲が落ちて、好きだった肉料理もあまり食べられない今のAさんに、無理矢理食べさせるのは簡単なことじゃないわ。 あなた: 確かに……。「食べたくても食べられない」、そんなAさんにどのようにアプローチすればよいのでしょうか。 Bさん: そうね、できることはまだあると思う。「グレリン」というホルモンのことは聞いたことがある? あなた: はい。確か、食欲を引き起こすホルモンだったような。 Bさん: 正解。グレリンは胃から分泌されるホルモンで、摂食亢進作用や成長ホルモンの分泌促進作用があるといわれているの。このホルモンが分泌されることで食欲が刺激され、さらに成長ホルモンが代謝異常を改善させる可能性も指摘されているのよ。 あなた: どうすればグレリンの分泌を促せるのでしょうか? Bさん: 「アナモレリン」という薬剤が治療薬として使われているわ。アナモレリンがグレリンの分泌を促進するといわれているの。 あなた: それはすごい! アナモレリンを処方してもらうのがよさそうですね。さっそく在宅主治医の先生に相談してみます。 Bさん: ちょっと待って。薬だけですべて解決されるわけではなく、これはあくまで一つの方法。アナモレリンの処方によって逆に調子が悪くなる人もいるから、ケース・バイ・ケースで考えてみてね。 あなた: わかりました。いつもありがとうございます。 Aさんの症状緩和に希望を感じたあなた。いつも穏やかに話を聞いてくれる在宅主治医にさっそく連絡してみることにしました。この続きは、次回、お伝えします。 >>次回の記事はこちらがん悪液質には集学的な治療が必要【がん身体症状の緩和ケア】 執筆:鈴木 央鈴木内科医院 院長 ●プロフィール1987年 昭和大学医学部卒業1999年 鈴木内科医院 副院長2015年 鈴木内科医院 院長 鈴木内科医院前院長 鈴木荘一が日本に紹介したホスピス・ケアの概念を引き継ぎ在宅ケアを行っている。 編集:株式会社照林社

認定看護師活動記
認定看護師活動記
コラム
2023年7月25日
2023年7月25日

看多機(かんたき)を通じて広げる「輪」 【訪問看護認定看護師 活動記/北関東ブロック】

全国で活躍する訪問看護認定看護師・在宅ケア認定看護師の活動内容をご紹介する本シリーズ。今回は、日本訪問看護認定看護師協議会 北関東ブロックに所属する、山崎 佳子さんの活動記をご紹介します。 看護小規模多機能型居宅介護事業所(看多機)の管理者としても活躍する山崎さんに、北関東ブロックの活動や、看多機の管理者としての活動などをご紹介いただきます。 執筆:山崎 佳子在宅ケア認定看護師株式会社やさしい手 看多機かえりえ南佐津間 管理者福岡県出身。看護学校卒業後、総合病院・医療器メーカー・CRC等に従事。2005年より訪問看護に携わる2007年 介護支援専門員資格取得2017年 訪問看護認定看護師教育課程修了2018年9月 「看多機かえりえ河原塚」管理者となる2020年度~2021年度 松戸市小多機看多機連絡協議会会長、松戸市介護保険運営協議会委員2022年 特定行為研修 在宅ケアパッケージ修了2023年5月 新規オープンの「看多機かえりえ南佐津間」管理者となる 訪問看護認定看護師 北関東ブロックの活動 まずは、私が所属している日本訪問看護認定看護師協議会の「北関東ブロック」についてご紹介します。北関東ブロックは、千葉・群馬・栃木・新潟・茨城の5県の会員で構成しており、会員数は2023年7月時点で40名弱。半数以上は千葉の会員、群馬・新潟・栃木は5名前後、茨城は1名のみです。2022年度の活動としては、前期に事例検討会、後期に地域向け研修会を実施しました。 人数構成上、どうしても例年、活動が千葉県中心になってしまうので、年1回行っている地域向け研修会を、各県の持ち回りで行うことにしています。2022年は、5名の群馬県の会員を中心に、他県の実行委員を加えた10名で研修会の企画を進めていきました。会費をいただいての研修なので、失礼があってはならないと色々なことを想定して準備を進め、Zoomでの会議のほか、LINEを使って話し合いをもち、時には夜遅くまで意見交換をすることもありました。その結果11月の研修会は46名の参加をいただき、スムーズに開催をすることができました。 実際には、北関東ブロック内で一度も対面でお会いしていないメンバーもたくさんいますが、ブロック全体で力を合わせて開催できたと感じました。2023年度もこの取り組みを継続しており、新潟県のメンバーが中心になって新しい実行委員も加わり研修の準備を進めているところです。 看多機の管理者として多職種連携に取り組む では、ブロック活動以外に、私が普段どのような活動をしているかについてもご紹介します。私は、約5年前に社内異動で訪問看護ステーションの管理者から看護小規模多機能型居宅介護事業所(看多機かえりえ河原塚)の管理者になりました。当時、「看多機」という名称は知っていましたが、実際にどんなことをやっているのかはまったくといっていいほど理解していない状態。私は、この異動をきっかけに多職種連携に正面から取り組むことになったのです。 看護職と介護職の違い 赴任して、まず私に立ちはだかった壁は、「看護師と同じように伝えても、介護職には伝わらない」ということです。しかし、ある時、介護職の一人が「介護は、『寄り添いなさい』『受け入れなさい』って教育されるのですよ」と言ったのです。その言葉を聞き、看護職は問題解決思考になりやすく、いつも利用者さんが抱える問題点を探しているように思い、その違いにはっとしました。なるほど…。視点が違うのだから、理解や思いにも違いが生じるのは当たり前だ、と改めて気づいたのです。 互いに伝えることが大切 そして、介護職が看護師に遠慮して、自分たちの思いや考えを言いそびれている場面をよく見かけたので、介護職がそれらを言語化し、発信できるようになることが必要と感じました。介護職は生活援助を通して看護師より利用者さんのそばにいる時間が長いので、ありのままの利用者像を知っていることが多いと感じます。「看護師には言えないんだけど…」というような、利用者さんの本音を聞く機会もあるようです。介護職が持っている情報はとても大切で重要なものだということを自覚して、とにかく自信を持ってその情報を発信してほしい、と伝え続けています。 また、一番身近な介護職が利用者さんの変化に気づくことができれば、病状の変化にもいち早く対応できると思います。それを実現するためには、疾病の知識、観察点、予後予測などを看護師がしっかり学んで理解し、常日頃から介護職に丁寧に伝達していくことが、必要と考えます。介護職にわかってもらえるためにはどうしたらよいか…。看護師には、特に伝える力を養ってほしいと考えています。 看多機では、看護師と介護職が同じ空間で同じ利用者さんを、それぞれの専門性をもってみることができます。互いの情報を持ち寄れば、より快適な療養生活を送るには何が必要か、見えてきます。それをもとに重度の方にも安心して過ごしていただけるための支援を考え、実践していけるのではないかと感じています。 今後も、定期的に利用者さんについて話し合う機会を持ち、お互いの専門性を認め合い、意見を遠慮なく言い合える雰囲気づくりを心掛けていきたいと考えています。 松戸市の小多機・看多機連絡協議会の活動 地域での活動についてもご紹介しましょう。私が赴任した看多機かえりえ河原塚は、千葉県の松戸市というところにあります。松戸市の人口は50万人弱ですが、そこに小多機・看多機が9つずつあり、計18事業所が「小多機・看多機連絡協議会」に参加しています。 主に小多機・看多機の普及活動や、市、医師会、介護連(他の介護事業所が集まった協議会)などとの連携、自己研鑽のための研修などの活動をおこなっています。私は看多機の管理者になって2年目に、前会長の退職をきっかけに協議会の会長に就任することになりました。会長として介護保険運営協議会、基幹の地域ケア会議、医師会在宅ケア委員会等へ参加して、地域の医療や介護の事業のしくみを学べたのはとても有意義な経験でした。定例会は2ヵ月に1度開催して、さまざまな意見を話し合います。そこで出た意見を行政(松戸市)に伝え、ルール変更や統一の対応をしていただいたこともありました。 こうした活動を通じて、同業者との横のつながりは、仕事をしていく上での大きな心の支えになることも実感しました。「競合他社」ではありますが、管理者の悩みは一緒であることが多いもの。話をしていると互いに気持ちをわかりあえることが心地よく、「明日も頑張ろう」という力が湧いてくるのを感じました。 2023年7月 千葉県看多機協議会を立ち上げ その後、私は松戸市の隣の鎌ヶ谷市の看多機(看多機かえりえ南佐津間)への異動が決まったため、2年で会長を辞任しました。 鎌ヶ谷市では1件目の看多機なので、今まで協議会の仲間や市とコミュニケーションをとりながら過ごしてきた私は心細さを感じ、同じ県内で看多機を立ち上げておいでの福田裕子先生(株式会社まちナース まちのナースステーション八千代統括所長)にお願いして、2023年の7月に千葉県看多機協議会の立ち上げをすることになりました。 看多機かえりえ南佐津間 立ち上げ準備のために千葉県内の看多機を調べ、連絡を取ってみて気づいたのは、自治体に看多機が1ヵ所しかないところもまだまだ多いということ。そして、管理者の皆様が、「同業者と話をしたい」と思っているということです。 千葉県看多機協議会は、横の繋がりを強化することで、それぞれの事業所が安心していきいきと運営できるよう活動していきたいという思いで設立されます。看多機はできてまだ10年。本当にこれでよかったのか、もっと良い使い方はないのか、現場では毎日試行錯誤しながら実践に取り組んでいます。協議会の活動を通して、地域の頼れる社会資源として成長していきたいと考えています。 * * * 私は、在宅に携わった看護師がみんな、「この仕事をしてよかった」と思ってもらいたいと考えて、日本訪問看護認定看護師協議会の活動に参加してきました。今後は対象を広げ、在宅に関わるすべての職種に「よかった」と思ってもらうことを目指して、活動していきたいと思っています。 ※本記事は、2023年7月時点の情報をもとに構成しています。 編集: NsPace編集部

エンジョイALS
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コラム
2023年7月25日
2023年7月25日

enjoy!ALS最終回〜人生を味わいつくそう〜

ALSを発症して8年、42歳の現役医師である梶浦さんによるコラム連載です。ちょうど2年の区切りを迎え、今まで読んでくださった皆さまへ感謝を込めて、最終回をお届けします。 ALS患者に必要な「情報」を届けたい 「enjoy!ALS」というタイトルで毎月連載を書いてきて、24回目の今回でちょうど2年が経ちました。「コラムを書いてくれないか?」というお話をいただいた当初は連載回数や内容など何も決まっていませんでしたが、書いていくうちに、この連載を書くことで救えるALS患者さんがいるのではないか。だとしたら、これも医師としての立派な仕事ではないだろうか。そう思うようになっていきました。 特にALSという病気は、診断されてから初期の段階でのハードルがとても高いのです。 ALS患者さんの多くは、まだ体が比較的自由に動かせる病気の初期の段階で「将来的には手も足も動かなくなり、声も出せず、呼吸もできなくなり人工呼吸器を装着しないと生きることができない」。そんな絶望的な情報がいっぺんに入ってきます。それをいきなり受け入れて処理することなんて、とうていできるはずがありません。多くの方はそこで絶望感に打ちひしがれ、症状の進行に対処する方法がわからず、対応が後手後手にまわってしまいます。 しかし、私はALSを発症して8年の経験のなかで、この病気をうまく乗り越えていくには、できるだけ先手先手をとることが最も重要なのだと実感しました。 もちろん簡単にできることではないですが……。そのためには多くの有益な「情報」と、自分を支えてくれる家族やヘルパーさん、医師や看護師やリハビリテーションスタッフなどの「支援者」の存在が不可欠です。 この「情報」の部分を、私の連載で少しでもカバーしたいと思いました。私がALSを発症したときに「こんな情報が欲しかった!」というものを、私なりにまとめて、ALS患者さんやその家族、関係者の皆さまに少しでもお役に立てるものをお届けしたい。そして、ALSと診断されたからといって人生を諦める必要はない。考えかたと工夫しだいで十分楽しく生活できることを伝えたい。そういう思いで、熟慮を重ねて書いてきました。 2年間というちょうどよい区切りで、私の伝えたいことがまとまって書けたので、今回で最終回にしたいと思います。決して体調が悪くなったり、文字が打てなくなったから終わりにするわけではありません。 深い谷底からでも、見上げれば光が見える ALSを発症してから始めた皮膚科遠隔診療は今でも毎日続けており、気がつけば今まで遠隔診療してきた患者さんが10,000人を超えました! 体調は良いです。technologyを武器に、まだまだこれからも医師として働きつづけていきます! 以前、私の主治医の佐藤先生が、この連載の第1回目を読んで、自身のクリニックのブログで紹介してくださいました。 その最後に Enjoy!ALS。その先にあるのはRejoice!(祝福せよ)、=運命を受け入れた上で人生を味わい楽しみなさい、という力強い応援歌ではないだろうか。 梶浦さんの文章を読んで、つくづくそう感じた次第です。 という言葉をいただきました。ありがたい限りです。 人生が常に順調な人などいません。良い時もあれば、悪い時もあります。「人生山あり谷あり」といいますが、このALSという病気では深い谷が待ち構えています。深い谷底に落ちたら、周りは真っ暗かもしれません。しかし上を見れば必ず光が見えます。私は、ALSにかぎらずどんなにつらい病気でも必ず希望はあると思っています。 この病気は確かに、つらいことも大変なことも多いです。しかし、そんななかでも病気を少しずつ受け入れて、前向きに生きていれば楽しいこともたくさんあります。 たとえどんな病気であろうとも、その人の価値や尊厳を奪うことはできない! 全部ひっくるめて、一度きりの自分の人生なのだから、思う存分味わいつくそう! Enjoy ALS!! 最後に…… この連載を始めるにあたり、ありのままの自分を写真で載せるか、イラストにするか、迷いました。 この連載は、ALSと診断されてまだそれを受容できていない患者さんや、その家族、関係者の方々に、勇気や希望を送りたいという思いで書きはじめました。私は、まだALSと診断されて間もない、病気を受容できていないころは、人工呼吸器を付けて寝たきりになっている患者さんの写真を見るだけで、将来の自分の姿と重ね合わせてつらくなってしまうため、なるべく見ないようにしていました。なのでこの連載では、どんな人にも安心して読んでいただけるように、人工呼吸器をつけている私を、明るく、イケメン風(作者特権です!笑)にイラストで描いてもらうことにしました。 しかし、病気の経過とともに変わっていく、ありのままの自分の姿を経時的に示すことも、ALSという病気を理解する上で大切な情報の一つであることも事実です。 なので、もし機会があれば今後、自分の経過や、お役立ち情報を、写真を加えながら詳しくまとめて、本にして書いていこうかとも思っていますが、今は違う記事でも書きながらちょっと休憩しようかなぁ……。 今まで読んでくださった皆さま、本当にありがとうございました! そして温かいメールをくださった方々に、たいへん励まされました! 皆さまが幸せになれますように!! コラム執筆者:医師 梶浦 智嗣編集:株式会社メディカ出版 2024年3月4日「Dermado」(マルホ株式会社)で梶浦 智嗣先生の新連載が始まりました。「ALSを発症した皮膚科医師の、患者さんの診かた」

疾患学び直し 喘息
疾患学び直し 喘息
特集
2023年8月1日
2023年8月1日

【在宅医が解説】「喘息」の知識&注意点【訪問看護師の疾患学び直し】

このシリーズでは、訪問看護師が出会うことが多い疾患を取り上げ、おさらいしたい知識を提供します。今回は喘息について、訪問看護師に求められる知識や注意点を、在宅医療の視点から解説します。 この記事で学ぶこと 1980年代末ごろから著しく喘息の病態の解明が進み、治療法は近年めざましい発展を遂げています。 気道上皮細胞は単なるバリアではなく、多彩なサイトカインを分泌し、気道炎症を起こすものであることが判明。抗原受容体を持たない2型自然リンパ球も発見され、ステロイド抵抗性に関与1)し、吸入ステロイド薬をはじめとした今までの治療ではコントロールできない人への新しい治療法が確立されてきました。また、喘息の調子がよくても、軽い発作が起こるだけでリモデリング(気道の基底膜に肥厚や線維化が起こり、気道平滑筋層の肥厚、分泌構造の増加、血管新生が生じる)が起こることがわかり、ふだん調子がよくても気道の炎症を指標に、それを抑えるよう、治療を行なっていく必要があります。 喘息の病態が解明されてきた 「気道炎症」と「気管支平滑筋の収縮」が、喘息のマクロな病態です。さらに、上皮の環境因子に応じて上皮サイトカインが分泌され、気道炎症を起こすという、ミクロな病態の解明が進みました。 1980年代までは、アレルゲン(ダニやハウスダストなど)の吸入により起こる1型アレルギーが喘息であると信じられてきました。しかし、上皮の環境因子であるウイルス感染、細菌感染、タバコや大気汚染、寒冷刺激などでも、サイトカインが分泌され、気道炎症は起こります。 このように、(1)気道上皮から分泌されるサイトカイン、受容体を介した刺激などを受け、IgEが関与するアレルギー性好酸球性炎症(2)(非アレルギー性)好酸球性炎症(3)好中球が関与した炎症(4)気道の構造変化による過敏性が、喘息の病態といわれます。 アレルギー素因がなくとも、ウイルス感染後に咳喘息を呈します。また、鼻も気管も同じひとつの道であり、アレルギー性鼻炎の合併は、喘息の増悪に関与します。 基本の治療法とステロイド抵抗性への治療 気道炎症/気管支平滑筋収縮に対する薬 治療は、気道の炎症を抑えることと、収縮した気管支平滑筋を弛緩させることです。前者には、吸入ステロイド薬(ICS)、ロイコトリエン受容体拮抗薬、テオフィリン製剤が含まれます。後者には、長時間作用型β2刺激薬(LABA)と長時間作用型ムスカリニック受容体拮抗薬(LAMA)、テオフィリン製剤があり、これらがコントローラー(長期管理薬)です。 急性増悪時の治療薬 喘息の急性増悪が起これば、さらに、経口ステロイド薬を使用します。一時的な発作は、短時間作用型β2刺激薬(SABA)の吸入で回復することもあります。急性増悪を繰り返し、全身性ステロイド薬の内服が繰り返し必要になる場合には、さらなる治療を検討します。 初診時は、急性増悪を呈して受診されることが多いため、コントローラーに加え、必要な際には最初から経口ステロイド薬を処方し、状態をみながら治療のステップダウンを行ないます。 ステロイド抵抗性の病態も解明されつつある 2型自然リンパ球(ILC2)がステロイド抵抗性に関与します1)。コントローラー+経口ステロイド薬だけでは喘息のコントロールに難渋するケースには、バイオ製剤を使用し、ILC2以降のIL(インターロイキン)や、IgE、さらにもっと上流の上皮サイトカインであるTSLPの抑制を図ります。 現在バイオ製剤には、抗IgE抗体、抗IL-5抗体、抗IL-5受容体抗体、抗IL-4/13 抗体、抗TSLP抗体があります。末梢血好酸球数やIgE RIST、呼気NO濃度などバイオマーカーを測定し、薬剤の選択を行ないます。薬によって、2週間ごと、1ヵ月ごと、2ヵ月ごとに注射を行ないます。 訪問看護でのポイント 治療薬のなかでいちばん重要なのは、吸入薬です。有効な吸入ができるように、かつ、吸入回数を遵守できるように援助してください。 また、急性増悪を早期発見し、早期介入する必要があります。コントローラーを使用中に喘鳴まで聴取するような状態は、早期発見できずに放置され、重症化した状態です。そうなる前に発見し(夜間・朝方の咳で)、介入しなければなりません。 上・下気道感染を生じると、喘息の急性増悪を起こしやすく、注意が必要です。花粉症の時期に喘息の急性増悪を起こすケースも多く、花粉症のコントロールとともに、喘息のコントロールをステップアップする必要があります。 訪問看護師のさらなる役割 ダニやハウスダスト、真菌など、喘息発作を起こすアレルゲンをなるべく減らす環境整備が重要です。 ● 掃除の回数を増やす ● カーペットやぬいぐるみを避ける ● ほこりやダニが発生しやすい布団には、ほこりやダニを通さないシーツをかぶせるなどが有効です。 寒冷刺激や運動により喘息発作が誘発される場合には、その前にSABAの吸入をすること、気道感染に十分注意することも重要です。医師と相談して急性増悪時のアクションプランを立て、あらかじめ処方して手持ち薬として備えておく必要があります。 トピックス 喘息やCOPD(慢性閉塞性肺疾患)など気道が狭くなる肺の疾患があると、呼吸機能低下や血流変化が生じ、心血管系のイベントが起こりやすいといえます。急性増悪が起こると気道が狭くなるため、急性増悪を起こさず、正常な呼吸機能を保って心血管リスクを減らす必要があります。 執筆:武知 由佳子医療法人社団愛友会いきいきクリニック 理事長/院長 編集:株式会社メディカ出版 【引用・参考】1) Kabata,H.et al.「Thymic stromal lymphopoietin induced corticosteroid resistance in natural helper cells during airway inflammation」Nat.Commun.4,2013,2675. doi:10.1038/ncomms3675.

災害の対応事例&備え
災害の対応事例&備え
特集
2023年8月1日
2023年8月1日

震災時に医療機関や訪問看護の現場はどうなった?事例から知る必要な備え

地震や津波、火事、台風などの災害が起こると、訪問看護ステーションを含む医療機関に著しい影響が出る可能性があります。阪神・淡路大震災や東日本大震災といった大規模な災害時には、病院や訪問看護ステーションはどのような影響を受けたのでしょうか。 本記事では、震災時に医療現場で起きたこと、必要な備えなどについて実際の事例を踏まえて詳しく解説します。 被災時の医療関連の対応事例 震災時に医療機関が受けた影響や現場の状況については、官公庁が事例を公表しています。事例を参考にご紹介します。 多くの医療機関で医療機能が大きく低下した 1995年に起きた阪神・淡路大震災では、多くの医療機関の建物が被害を受けました。建物の被害を免れても、医療機器が壊れたりライフラインが寸断されたりしたことで医療機能が大きく低下したとのことです。内閣府の防災情報ページの資料から、某病院の事例を紹介します。 入院患者に被害はありませんでしたが、透析に必要な水を確保できない事態に陥りました。49人の透析患者を抱えており、透析には1日5~6トンの水が、日常の診療には30トンもの水が必要です。そこで、20kgポリ容器を持って車で約7km離れた水源地を往復し、その翌日には濃度調節に課題を残しつつも31人への透析を行いました。同日の午後には支援物資の500kg容器による運搬に切り替え、近隣の市区町村や自衛隊などから水の供給を受けました。 この事例では、診療に必要な物資が不足することで病院機能が低下。機材そのものが破損しなくとも、機材や治療に必要な物資の供給が絶たれることで結果的に病院機能が低下する場合があります。 東日本大震災ではすべてのライフラインが停止 東日本大震災(2022年)で被災した回復期リハ病棟がある某病院の事例を紹介します。 建物の3分の2が使用できなくなった上にすべてのライフラインが停止し、入院診療の継続が不可能となりました。その段階で状態が安定している退院が可能な患者は退院しましたが、周辺地域の津波の被害が大きいこともあり、帰宅困難者および重症患者が病院内に多く残りました。リハ医が受け入れ先探しに奔走しましたが、全患者の転院には1週間以上を要しました。転院が完了するまでは、一部の病室や廊下などにマットレスを敷き、雑魚寝を余儀なくされました。リハスタッフは患者の生活支援や身体機能の維持に努め、看護師は全身管理を行うなど、役割分担の上で対応にあたりました。 この事例では、ライフラインが停止したことで医療機関の機能が完全に停止し、全患者が転院を余儀なくされました。このように、部分的ではなく全機能が停止せざるを得なくなるケースもあることを想定しておきましょう。 震災時の訪問看護の事例 訪問看護においては、医療的ケアが必要な利用者への対応に苦慮した事例があります。 痰の吸引には電動の吸引器を使用しますが、電気の供給が停止していたため救急車を呼んで手動式の吸引器を借りて使用しました。経管栄養の利用者は、1日3食のところ2食にしていましたが、経腸栄養剤が不足しないよう1日1缶で何とかつないでいたそうです。薬は2週間ほど多めに持っている方が多かったため、大きな問題は起こりませんでした。震災後の復興が進まないうちは、往診に行くための車とガソリンがないため、場所によってはほかの事業者の車に同乗して対応したとのことです。 このように、電力の停止によって十分な医療的ケアを行えなくなるリスクがあります。また、経管栄養が必要な方や持病がある方は、食事をとれないことによる栄養失調や持病悪化のリスクが高いと言えるでしょう。 震災に備えて用意すべきもの 震災時に、少しでも平常時に近い対応ができるように、次のものを用意しておくことが大切です。 疾患別に用意すべきもの 利用者の持病別に、必要なものをリストアップしましょう。一例を紹介します。 疾患・現在の状態喘息ストーマを使用している   人工呼吸器を使用している胃瘻                必要なもの      ・喘息発作時の薬剤 ・長期管理薬(吸入薬・内服薬を1週間分)・使い捨てマスク・防ダニシート(交換用も)・スペーサー・ピークフローメーター・ぜん息日記・1ヵ月分のストーマ用品の備蓄・カットした面板・水に流せるペーパー・水が不要な洗浄剤・破棄用の不透明なビニール袋・メモ(ストーマ種類や使用している装具・購入先の店名や電話番号など)・人工呼吸器・蘇生バッグ・予備呼吸器回路・予備気管カニューレ・加温加湿器・吸引器・非電源式吸引器・唾液を持続的に吸引するポンプ・電源(発電機やバッテリーも)・衛生材料・嚥下補助食品・経管栄養の注入セット(必要に応じて)・経管栄養剤・イルリガートル・栄養チューブ・接続チューブ・注入器・滅菌精製水 一度に大量のものを持ち出すことができなかったり、保管場所に入らない状況になったりする可能性があるため、市区町村で備蓄できる場合は頼んでおくか、一部を親戚や友人宅に預けておきましょう。 そのほかに用意しておくとよいもの 災害復旧には最低3日はかかります。その間の生活になるべく困らないように備蓄してくことが大切です。災害時に備えて用意しておきたいものを「持ち出すもの」と「備蓄しておくもの」に分けてご紹介します。 持ち出すもの 食料関連医療ケア関連 生活関連・非常用食品・缶詰(缶切りも)・紙コップ・ミネラルウォーター・離乳食・常備薬・風邪薬・包帯・携帯ラジオ・電池・現金・預金通帳・免許証・懐中電灯・衣類・生理用品・ウェットティッシュ・レインコート(カッパ)・ライター・携帯電話の充電器 備蓄しておくもの ・ミネラルウォーター・米・缶詰・レトルト食品・調味料・ドライフーズ・卓上コンロ・ガスボンベ・固形燃料・毛布・シャンプーや石けんなど・バケツ・アウトドア用品 震災時に避難する・しないの判断のポイント 震災の被害状況によっては、訪問看護先に行くのではなく全スタッフの避難が必要です。また、訪問看護先で震災が起きた際にも、避難すべきかどうか判断しなければなりません。震災時に避難すべきかどうかの判断のポイントは次のとおりです。 避難が必要避難は不要・建物が大きく損壊した ・余震で大きく倒壊する恐れがある ・火災や土砂災害などの危険がある ・避難勧告や避難指示が発令された・建物の損壊が少ない ・余震で建物が倒壊する危険がない ・火災や土砂災害などの危険がない ・生活に大きな支障がない 安全に避難するためのポイント 前述した避難する・しないの判断ポイントを確認した結果、避難が必要と判断したときは、入念に準備したうえで適切に避難行動を取りましょう。慌てて避難すると、道中で災害に巻き込まれ大きな被害を受けるリスクが高まります。避難前にガスの元栓を閉めて電気のブレーカーを切り、外出中の家族に向けて避難先情報を記したメモを事前に決めておいた場所に残しましょう。 避難する際は、次のポイントに注意してください。 ・狭い道やブロック塀、自動販売機、川べり、ガラスや看板などの横はなるべく通らない・荷物は最小限にする・軍手か革手袋を使用する・長袖、長ズボンを着用する・なるべく燃えにくい木綿素材の衣類を着用する・ヘルメットや防災頭巾をかぶる・赤ちゃんは抱っこひもで固定する・子どもを歩かせる場合は、子ども用の非常時用品を入れたリュックサックを背負わせる・子どもを抱っこやおんぶで運ぶときも靴をはかせる・底が厚くはき慣れた靴をはく・必要に応じてマスクを着用する(粉じん対策) 9月1日は防災の日です。防災の日はもちろん、それ以外のタイミングでも定期的に避難時に持ち出すものやストックをチェックして、万全の体制を整えておきましょう。 執筆・編集:加藤 良大監修:筋野 恵介(すじの・けいすけ)のぞみクリニック 院長医学博士埼玉医科大学卒業後、同大学病院の感染症・ER科で研鑽を積み、2018年にのぞみクリニック院長に就任。地域住民の乳幼児から100歳近い高齢の方々を日々診療し、「患者さんの負担を最小限に抑え、あらゆる疾患を責任をもって最後まで見守っていく」をモットーに、患者さまに寄り添う診療を心がけている。Tactical Physician 戦術医(米国認定)、日本救急医学会会員、日本感染症学会会員、日本化療学会会員、日本内科学会会員、日本救急医学会認定医、日本医師会認定産業医、エイズ学会認定医、ボトックス治療指定医、JMAT(災害医療チーム)隊員、認知症かかりつけ医。 【参考】〇内閣府「防災情報のページ 阪神・淡路大震災教訓情報資料集【01】 救出・救助」https://www.bousai.go.jp/kyoiku/kyokun/hanshin_awaji/data/detail/1-4-1.html2023/6/25/閲覧〇東北大学大学院医学系研究科・医学部「災害とリハビリテーション:東日本大震災の教訓」https://www.med.tohoku.ac.jp/wp-content/themes/medtohoku/common/d_report/report/doc2/19-05.pdf2023/6/25/閲覧〇東北大学大学院医学系研究科保険学専攻緩和ケア看護学分野「現場力を上げるために東日本大震災の体験を知る」http://www.pn.med.tohoku.ac.jp/pdf/shinsai_02.pdf2023/6/25/閲覧〇独立行政法人環境再生保全機構「知って安心! いざという時のために 災害対策」https://www.erca.go.jp/yobou/zensoku/sukoyaka/55/feature/2023/6/25/閲覧〇宮城県「ストーマ保有者のための災害対策マニュアル(2014年3月11日)」https://www.pref.miyagi.jp/soshiki/syoufuku/stoma-saigai-manual.html2023/6/25/閲覧〇兵庫県難病相談センター「災害時に医療機器装着患者が自宅避難生活を送るために」https://agmc.hyogo.jp/nanbyo/operation/operation07.html2023/6/25/閲覧〇内閣府「医療的ケアが必要な人と家族のための災害時対応ガイドブック支援者版」https://www.bousai.go.jp/kaigirep/chuobou/jikkoukaigi/18/pdf/shiryo2-2.pdf2023/6/25/閲覧〇船橋市「避難するかしないかの決め手は」https://www.city.funabashi.lg.jp/bousai/003/jijo_kyoujo/p044120_d/fil/06-2.pdf2023/6/25/閲覧

家族看護 事例
家族看護 事例
特集
2023年8月1日
2023年8月1日

自己流の介護を続ける家族への関わり【家族看護 事例】

この連載では、訪問看護ならではの家族看護について「渡辺式家族アセスメント/支援モデル」を通して考えます。今回は、体調不良を抱えながら認知症の母親を一人で介護する家族のケースです。さまざまなストレスを抱える中で、支援者の提案や要望を受け入れることができず、自己流の介護を続ける家族への関わりを考えてみたいと思います。 事例紹介 Aさん(80代、女性) 5年前にアルツハイマー型認知症と診断。 現在は体調管理をメインに週1回の訪問看護を利用、緊急時の対応も契約しています。最近、食に対する意欲がなくなり、食べないために痩せが目立つようになってきました。水分摂取も忘れがちで、冬場に脱水症状を起こしたことがあります。そのときは、意識がもうろうとなったところを、訪問看護師がオンコール対応を行いました。 家族構成 Aさんの夫は10年前に他界。娘が2人いますが、主に介護を担うのは同居している独身の長女(60代)です。次女は他県へ嫁ぎ、ほとんど介護に関わることはありません。 訪問看護師の悩み(直面している課題) 長女は昔から体が弱く、両親から大事に育てられてきました。家事はあまり得意ではなさそうで、食事は出来合いの総菜を購入し並べるだけです。掃除や洗濯なども滞りがちになっていました。 訪問看護師は、せめてAさんが十分な栄養を摂れるように栄養剤の購入や水分摂取の声かけなどを訪問のたびに長女にお願いしますが、状況はなかなか改善されません。それどころか「母はこれしか食べてくれないから」と、食卓にはあんパンが山のように積まれるだけになってしまいました。 長女はそのうち看護師が訪問する時間になると自室に引きこもるようになってしまいました。声をかけても「体調が悪い」と言って部屋から出てこようとしません。訪問看護師は、このままでは再びAさんが脱水症状を起こしたり、栄養状態の悪化で体調を壊したりするのではないかと困っています。 渡辺式家族アセスメント/支援モデルで考える 検討場面の明確化 「長女が看護師の提案や要望を聞き流し、自己流の介護を続けている場面」を分析してみましょう。登場人物は、訪問看護師、長女、Aさんですが、ここでは訪問看護師と長女のストーリーを考えてみます。 それぞれの文脈(ストーリー) ■訪問看護師訪問看護師は、長女がAさんに適切な食事の準備や介護をしないためにAさんが体調を崩すかもしれないことを心配していました。 訪問看護師には「Aさんを守りたい」という責任感や、「家族は療養者の体調や生活を改善するために協力すべきだ」という思いがあります。また、長女の大変さを理解できるからこそ、「介護や家事の負担軽減方法を提案することも看護師の仕事だ」という役割意識もありました。 これらの背景から訪問看護師は、長女に必要な介護方法や手立てを提案し、取り組むことを要望するという対処をとっていました。 ■長女一方、長女は今まで自分をかばってくれていた母親が、以前の母親でなくなってしまったという喪失感を抱えていたと思われます。他県に居住し、ほとんど介護に関わらない妹に対する不公平感も抱いていたことでしょう。そして何より、母親の介護や家事に関して次々に訪問看護師から提案されたり、求められたりすることに対し困っていたと考えられます。 長女は、「自分も体がつらく、いろいろ言われてもできない」、「どう対応してよいかわからない」と感じていたと想像されます。また、これまで体が弱く、家族から守られてきた存在であった長女は、困った時には、結局誰かが何とかしてくれていたという過去の体験がありました。今回も長女は、自己流の介護を続けたまま引きこもり、提案や要望を聞き流すという対処をとっていたのだと思われます。 それぞれの関係性 次にAさん、長女、訪問看護師の三者全体の関係性を俯瞰してみましょう(図1)。 訪問看護師は、Aさんを「守る」ために長女に対しさまざまな提案や要望を繰り返し、回答を迫っています。それに対し、長女は「聞き流す」ことでわが身を守っています。訪問看護師が迫れば迫るほど、長女は「聞き流す」という対処を強化し、両者は悪循環にあると考えられます。 図1  Aさん、長女、訪問看護師の相互関係 パワーバランスと心理的距離 長女と訪問看護師について検討した内容を図2に示します。 訪問看護師は現状を変えようとパワーをかなり高くして、長女に提案と要望を行っています。また、Aさんを守ろうと境界を超えて長女に迫っているようです。 疲れて体調がよくない長女はパワーも低く、気持ちも訪問看護師には向いていません。これ以上迫られるのを避けようと、壁を立てて何とかしのいでいるようです。 図2 長女と訪問看護師のパワーバランスと心理的距離 両者ともにパワーの適正なライン(点線)に対して大きく高低差が付いてしまっている。 アセスメントをもとに支援の方策を考える ここまでのアセスメントをもとに、次の2つの支援の柱を考えました。 (1)看護師のパワーを下げる 訪問看護師には、長女に「負担軽減方法を提案することも看護師の仕事だ」という意識と、「家族は療養者の体調や生活を改善するために協力すべき」という価値観がありました。高くなっているパワーを下げるために、まずは支援者がこの「役割意識」から一旦離れ、いつの間にか陥りやすい「価値観を手放す」ことが大事になってきます。 そして、Aさん自身へのアプローチ、すなわち認知機能の悪化による気分障害(うつ状態や意欲・自発性の低下)に対し、在宅医との連携でアプローチの方法を再検討します。 (2)長女のパワーを上げる 低くなっている長女のパワーを上げるために、長女が抱える「母親がもはや以前とは同じではなくなってしまった」という深い喪失感に寄り添います。まずは長女が十分に癒され、周囲の支援を実感できるようにすることが不可欠でしょう。一人で介護する長女が、気持ちを吐き出せるようなアプローチを大切にしたいものです。 さらには、体調が悪いと感じている長女が、身体的精神的にも落ち着いた状態でいられるよう、長女自身の体調管理のサポートも重要です。 事例におけるアセスメントと支援のポイント ●支援者(訪問看護師)の中にいつの間にか醸成されている価値観や役割意識が相手を追い詰めていることがある。支援はそれを手放すことから始める●支援者が不十分に感じる介護も、家族にとっては自分なりにできる精一杯の対応の場合もある。不用意に迫ることは避ける●家族はそれまでと違う療養者の姿に深い喪失感を抱えることがある。家族が変化を起こす前に癒しといたわりを必要としていることがある 執筆:茶谷 妙子訪問看護ステーションひなた ●プロフィール訪問看護認定看護師「渡辺式」家族看護認定インストラクター、個別セッションファシリテーターとして活動。現在は訪問看護師向けの相談業務に従事。 編集:株式会社照林社 

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