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訪問看護の「完全義務化」総点検/2024年度診療報酬改定・介護報酬改定前に
訪問看護の「完全義務化」総点検/2024年度診療報酬改定・介護報酬改定前に
特集
2023年10月17日
2023年10月17日

訪問看護の「完全義務化」総点検~2024年度診療報酬改定・介護報酬改定前に~

2024年度には、医療・介護・障害福祉の3分野で診療報酬改定、介護報酬改定、障害福祉サービス等報酬の改定という「トリプル改定」が行われます。すべての分野がフィールドとなる訪問看護ステーションにとって、今回の改定による現場対応は山積みでしょう。 現時点での準備として心得たいのは、経過措置を経て法令上での完全義務化が迫っている実務や、すでに実施が決まっている・始まっている改革などへの対応です。今回は、前者の「完全義務化」の内容を確認し、準備が万全かどうかをチェックします。 2024年4月からの3つの「完全義務化」 訪問看護に関係する完全義務化は、大きく3つに分けられます。第一に「業務継続計画(BCP)の策定等」、第二に「感染症の発生およびまん延の防止」、第三に「高齢者および障害者の虐待防止」に関するそれぞれの取り組みです。 第一、第二、および第三のうちの介護保険上の規定については、2024年3月末までは努力義務にとどまる経過措置が設けられています(※)。経過措置が終了する2024年4月からは完全義務化となり、未対応の場合は行政処分の対象となる可能性もあります。 ※障害福祉分野の経過措置は2022年3月末で終了したため要注意 業務継続計画(BCP)の策定等の3つの規定 第一の「業務継続計画(BCP)の策定等」について、具体的には以下の取り組みが求められます。 (1)各事業所で感染症や非常災害の発生時を想定したBCPを策定すること(2)(1)を全従事者に周知すること(3)(1)の計画に沿った研修・訓練を実施すること 原則は各事業所で(1)~(3)の対応を行いますが、小規模事業所などの場合、他事業所と連携しながらの実施も差し支えありません。 (1)のBCPには、感染症や自然災害等が発生した場合でもサービスの提供を中断させないため、あるいは、非常時の体制で早期の業務再開を図るための準備に向けた項目を定めます。 例えば、自然災害の発生を想定した体制整備(指示命令系統や職員の参集基準などの明確化)に加え、災害発生時のライフラインが停止した場合の対策(電気・ガスなどでも使える代替品の準備、各種データのバックアップ方法など)の記載が必要です。 その上で、ハザードマップなどをもとに、事業所周辺の危険箇所や避難経路を確認して、災害発生時の職員の安全確保のための行動計画や利用者の安否確認の方法なども定めておきます。 その他の項目については、厚労省の業務継続ガイドライン(新型コロナウイルス感染症編および自然災害編)を参照してください。 ●新型コロナウイルス感染症発生時の業務継続ガイドラインhttps://www.mhlw.go.jp/content/001073001.pdf ●自然災害発生時の業務継続ガイドラインhttps://www.mhlw.go.jp/content/000749543.pdf BCPを策定したら、その周知も含めた研修を定期的に実施します。訪問看護の場合は年1回(入所系の介護施設では年2回)のペースに加え、従事者の新規採用時に別途行うことが推奨されています。実施した研修については、その内容の記録を残すことが求められます。 研修に加え、実際に感染症や自然災害が発生したことを想定した訓練(シミュレーション)も必要です。こちらも実施は年1回以上。訓練内容としては、非常時における役割分担の確認や、感染症および災害発生時のケアの演習等が想定されます。 なお、ここまで述べたBCP策定や研修、訓練の実施は、感染症と自然災害で別々に実施することが理想ですが、厚労省の告示によれば「一体的な実施」を妨げるものではないとしています。 感染症の発生およびまん延防止の3つの規定 第二の「感染症の発生およびまん延の防止」については、新型コロナウイルス感染症の拡大を契機として、介護・障害福祉分野の2021年度の運営基準の改定で、以下の3つが義務化されました。 (1)    感染対策を検討するための委員会の開催(2)    感染症対策のための指針の整備(3)    指針にもとづいた研修・訓練の実施 なお、こちらもBCP策定等と同様、他事業所との連携で行っても構いません。 (1)は、おおむね6ヵ月に1回以上の定期開催に加え、感染症が流行する時期を考慮した随時の開催が求められます。その際に、委員会の構成メンバーの責任および役割分担を明らかにすることが必要です。メンバーの中では、感染症対策を専任で担当する者(感染症対策担当者)を決めておかなければなりません。ちなみに、他の会議体で感染症対策について話し合う機会を設けている場合は、その会議体と一体的に設置・運営しても構いません。 (2)は、平常時の対応と感染症発生時の対応を規定します。平常時の対応は、事業所内の衛生管理やサービス提供時の標準的な予防策などを記したもの。感染症発生時の対応は、発生状況の把握や感染拡大の防止、行政等への報告、医療機関・保健所等との連携にかかる方法を記します。 (3)の研修および訓練(感染症発生を想定したシミュレーション)は、BCPと同じく、それぞれ年1回以上行うことが必要です。厚労省の介護現場における感染対策の手引き(最新版は2021年3月版)を参照しつつ、(1)の委員会で専門家のアドバイスを得ながらプログラムを立案したいものです。 高齢者・障害者への虐待防止に向けた5規定 第三の「高齢者および障害者への虐待防止」は、サービス利用者の尊厳の保持や人格の尊重の観点から、虐待(ネグレクト含む/以下同)の未然防止や早期発見、迅速かつ適切な対応を進める上で必要な対応を示したものです。ここでは、2021年度の介護保険の基準改定で定められた「利用者の虐待防止」に沿って説明します。 虐待防止のために、以下の項目が義務化されます。 (1)委員会の開催(2)指針の整備(3)従事者への研修(4)専任の担当者の配置(5)(1)~(4)の措置事項の運営規程への記載 (1)は、虐待の発生の防止や早期発見に加え、虐待が発生した場合の再発を着実に防ぐことを目的とした委員会です。管理職を含む幅広い職種で構成し、定期の開催が必要です。なお、この委員会についても、他の事業所と連携して行ったり、虐待防止のテーマを含む他の会議体と一体的に行ったりしても構いません。 (2)は、(1)の委員会での話し合いをもとに策定します。同指針には、事業所としての虐待防止にかかる基本的な考え方のほか、虐待が発生した場合の対応方法や相談・報告体制にかかる事項も含まれます。 (3)は、(1)で策定した研修プログラムに沿って実施します。頻度は年1回以上の定期開催のほか、やはり新規採用時の随時の開催も必要です。ここでも、研修内容を記録に残すことが求められます。 (4)は、具体的には、(1)の委員会の責任者と同一の従事者が務めることが望ましいとされています。 なお、すでに「完全義務化」が施行されている障害福祉分野では、(1)と(3)~(5)が介護保険の規定と同様です。(2)についても、もともと障害福祉分野では倫理綱領や行動指針の策定が必須となっているので、そこに含まれると考えていいでしょう。 【コラム】「安全運転管理者によるアルコールチェック義務化」の動向2022年4月より、訪問時に使用する白ナンバーの営業車5台以上、または定員11人以上の車両を1台以上保有している事業所には、安全運転管理者の選任が義務づけられました。また、同管理者が行う業務に、運転者の酒気帯びの有無の確認とともに、その確認内容の記録と保存も義務化されています。 この酒気帯びの有無の確認について、暫定的に目視等での確認でOKとした上で、2022年10月からアルコール検知器を用いることの義務化が予定されていたため、動向が気になっていた方も多いでしょう。 これについては、アルコール検知器の供給状況の問題から、義務化はいったん無期限で延期に。その後、警察庁のアルコール検知器協議会が安定した検知器の生産・供給が可能になったと確認し、改めて「2023年12月」から検知器を用いることが義務化されました。参考:警察庁「道路交通法に基づく自動車の使用者に対する是正措置命令等の基準について(通達)」丁交企発第202号(令和5年8月15日発出)https://www.npa.go.jp/laws/notification/koutuu/kouki/20230815zeseisochi.pdf ※本記事は、2023年9月15日時点の情報をもとに記載しています。 執筆: 田中 元(介護福祉ジャーナリスト)編集協力: 株式会社照林社

受賞作品漫画「ちょっと早めの金婚式」
受賞作品漫画「ちょっと早めの金婚式」
特集
2023年10月18日
2023年10月18日

受賞作品漫画「ちょっと早めの金婚式<後編>」【つたえたい訪問看護の話】

NsPaceの特別イベント「みんなの訪問看護アワード」で募集した「つたえたい訪問看護の話」。今回は、村田 実稔さん(ウィル訪問看護ステーション江東サテライト/東京都)の入賞エピソード「ちょっと早めの金婚式」をもとにした漫画の後編をお届けします。 ※記事内に記載している所属先は、2023年3月の受賞当時のものです。 「ちょっと早めの金婚式」前回までのあらすじ 訪問看護師 新人の村田さんは、所長の櫛野さんとともに尿管癌末期の利用者 山本さんの訪問を担当しています。余命宣告をされていますが、ご家族の意向で山本さんご本人には伝えていません。「妻に迷惑をかけたくない」と歩行リハビリをがんばる山本さんでしたが、病状は進行していき、あと少しの時間しか残されていませんでした。 〇訪問看護師 新人 村田さん〇所長 櫛野さん >>前編はこちら受賞作品漫画「ちょっと早めの金婚式<前編>」【つたえたい訪問看護の話】 ちょっと早めの金婚式<後編> 漫画:さじろう山形県在住のイラストレーター兼グラフィックデザイナー。デザイン会社を経て独立。『ダ・ヴィンチ』『東京カレンダー』『Men’s NONNO』『R25.jp』等、多数の雑誌・Web媒体にてイラスト・漫画制作を手掛ける。 エピソード投稿:村田 実稔(むらた みのる)ウィル訪問看護ステーション江東サテライト(東京都)山本さん(仮名)は、私が初めて担当させていただいた末期がんの利用者さんです。このエピソードは私にとってとても印象深かったため、投稿させていただきました。素敵なお話なので、投稿時点から受賞するのではないかな、とも期待していました(笑)。最終的には金婚式を行い、ご本人も奥様も喜んでくださって、後悔が残らず本当によかったと思っています。ありがとうございました。 [no_toc]

オンライン診療の現状
オンライン診療の現状
特集
2023年10月24日
2023年10月24日

オンライン診療の現状と訪問看護師として知っておきたいこと

新型コロナウイルス感染症が蔓延した後、よく耳にするようになった「オンライン診療」という言葉。ニュースでも取り上げられ、今ではオンライン診療用のアプリケーションも登場してきています。さまざまなデバイスを通じて展開されているオンライン診療について、その現状を見るとともに、訪問看護師として知っておきたいことをご紹介しましょう。 オンライン診療の定義や種類 そもそもオンライン診療とはどういったものを指すのでしょうか。2018年3月に厚生労働省が発表した「オンライン診療の適切な実施に関する指針」を参考に、関連する言葉を見てみましょう。 遠隔医療 情報通信機器を活用した健康増進や医療に関する行為のこと。オンライン診療を含む総称的な言葉として位置づけられています。 オンライン診療 遠隔医療のうち、医師と患者間において情報通信機器を通して診察および診断を行い、診断結果の伝達や処方等の診療行為をリアルタイムで行うこと。さまざまな企業がオンライン診療のためのアプリケーションを開発し、医療機関と患者を結びつけるサービスを提供しています。 オンライン受診勧奨 遠隔医療のうち、医師と患者間において情報通信機器を通じ、心身の状態の情報収集を行うことで、疑われる疾患を判断し適切な診療科への受診をリアルタイムで推奨すること。一般用医薬品を用いた自宅療養や経過観察など非受診の勧奨を行うこともあります。ただし、診療ではないため治療方針を伝達することや処方等を行うことはできず、あくまで受診相談という位置づけとなります。現実的にはこの受診推奨のみ行う医療サービスは少なく、オンライン診療における診療前の問診あるいは診療前相談に相当しますが、医療機関によっては具体的な診療科へ受診相談を受け付けているケースも見られます。 遠隔健康医療相談 遠隔医療のうち、医師または医師以外の者と相談者間において、情報通信機器を通じて得られた情報により、一般的な医学的情報や助言の提供、一般的な受診勧奨を行うこと。 上記4つ以外にも、ICTを活用して医療機関または医師間で患者の医療情報の共有が行われることや、ICTによる業務支援システムを用いることも広義の遠隔医療に含まれます。また、オンライン診療や健康医療相談のサービスとは別に、処方薬の配送や血圧等の生体情報の遠隔モニタリングサービス等、遠隔医療を支援・拡充するサービスも展開されています。 オンライン診療の普及について 特定状況下のみ認められていた遠隔診療 オンライン診療は今でこそ普及しつつありますが、2020年頃まではあまり一般的ではありませんでした。その理由のひとつとして、厚生労働省は「診療とは医師と患者が直接対面して行われることが基本であり、遠隔診療はあくまで対面診療を補完するもの」と位置づけ、特定の条件下でしか利用を認めていなかったことが挙げられます。離島やへき地など医師不足の地域での利用や、相当期間にわたって診療し病状が安定している慢性期疾患の患者から要請があった場合などの条件下だけでは、インフラの整備コストをかけてまで導入する医療機関は少なかったのでしょう。医療の質を確保しつつ、医師法第20条で定められる「無診察治療等の禁止」に抵触しないよう、遠隔医療については慎重に審議をされてきました。その審議を一気に加速させたきっかけが、新型コロナウイルス感染症の蔓延といえます。 きっかけは2020年のオンライン診療時限的緩和 2020年に入り厚生労働省は感染拡大防止策として電話や情報通信機器等を用いた診療について特例措置を出し、同年4月にはオンライン診療の要件や初診対面原則の時限的緩和が行われました。これを皮切りに、オンライン診療に対応できる医療機関側が増加するとともに、医療機関と患者を結ぶシステム構築に一般企業も参入してきたことで、現行のように普及し始めたといえるでしょう。実際に厚生労働省や総務省のデータを参考にすると、2019年7月時点でオンライン診療での算定を届け出た医療機関は約1,300施設と全体の1%程度でしたが、2020年4月以降は増加し約16,000施設と全体の15%程度まで増加しています。 オンライン診療の要件緩和は新型コロナウイルス感染症の感染対策として時限的な措置でしたが、その後厚生労働省より初診からのオンライン診療を恒久化する意向があり、2022年度の診療報酬改定でオンライン診療に係る新たな施設基準が設けられました。同時に、訪問診療における在宅時医学総合管理料にオンライン診療が組み込まれ、在宅医療でも情報通信機器を用いた場合の評価や基準が整備されました。 オンライン診療の課題と可能性 情報通信機器を用いた診療を行うには医療機関側も診療体制やインフラの整備など果たすべきことが多く、すべての医療機関で導入できるとは限らない点、またオンライン診療では対応が困難な疾患や病状等がある点を鑑みると、全般的に普及するというのは難しいかもしれません。しかし、内科や産婦人科、美容皮膚科など特定的な診療科を中心として活用する場面は今後増えてくると予測されます。 また、このオンライン診療は保険診療の枠内での話ですが、保険外診療(自費診療)として医療相談や健康増進等医療の周辺分野にも情報通信機器を用いたサービスが展開され始めています。会員登録し、毎月定額を支払っていれば医師にいつでも電話やチャットで健康相談ができるサービスはその一例です。今後情報通信機器やその技術の発展とともにさらに多様なサービスが展開されていく可能性が考えられます。 訪問看護師として知っておきたいこと 新型コロナウイルスがきっかけとなり、ここ数年で情報通信機器を用いた医療については制度や診療報酬等の整備が加速度的に進んできている中、訪問看護師にとっては今後どのようなことを気に留めておくと良いのでしょうか? 厚生労働省が通知している「オンライン診療の適切な実施に関する指針」では、患者が看護師といる場合のオンライン診療(「D to P with N」)について定めています。訪問看護師にも関係してくるため、オンライン診療に関わる遵守事項や提供体制等については最低限把握するとともに、オンライン診療を行うために使用する情報通信機器やアプリケーション等の基本操作ができる必要があるでしょう。 今後も外来・在宅医療ともに情報通信機器を用いる場面が増える可能性が十分に考えられます。まずは医療者として現状を把握するとともに、診療報酬の動向や遠隔医療に関わるサービス等も逐次確認していくことで、利用者へ適切に情報提供ができるように準備をしておくことが望まれるでしょう。 【参考】○厚生労働省「オンライン診療の適切な実施に関する指針」(2023年3月一部改訂)https://www.mhlw.go.jp/content/001126064.pdf2023/3/3閲覧○総務省「情報通信白書(令和3年版):コロナ禍における公的分野のデジタル活用」https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r03/pdf/n2200000.pdf2023/3/3閲覧 編集・執筆: 合同会社ヘルメース

「心不全」の知識&注意点【訪問看護師の疾患学び直し】
「心不全」の知識&注意点【訪問看護師の疾患学び直し】
特集
2023年10月24日
2023年10月24日

【在宅医が解説】「心不全」の知識&注意点【訪問看護師の疾患学び直し】

このシリーズでは、訪問看護師が出会うことが多い疾患を取り上げ、おさらいしたい知識を提供します。今回は心不全について、訪問看護師に求められる知識、どんな点に注意すべきなのかを、在宅医療の視点から解説します。 この記事で学ぶポイント 心不全は財布が小さくなり家計維持に苦慮している状態心不全は急性増悪を繰り返しつつ、しだいに悪化するが、終末期の判断や最期の迎え方の予測はしばしば難しい心不全の治療は原因疾患と心不全自体への二本立て訪問看護では肺鬱血・体液貯留・生活行動の三つに注目して観察する心不全を治療するのではなく、心不全とともに生きていく姿勢が重要 心不全って何だろう 心不全は、心ポンプがうまく働かなくなるために、しだいに生活範囲が縮んでいく疾患です。 これは、財布が小さくなっていくイメージが近いかもしれません。使えるお金(酸素供給)が減っているなかで、支出(酸素需要)を賄えるよう何とかバランスをとりつづける状況に似ています。この収支が赤字になると、急性(非代償性)心不全という状態に陥ります。 心不全はどのように経過していくのか 心不全は生活習慣病から始まり、器質心疾患への罹患を経て、心ポンプ失調が顕在化し、しだいに難治化していきます。この経過をそれぞれA・B・C・Dの段階(ステージ)に区切っています1)(図12))。 生活強度は時間とともに緩徐に低下していきますが、ときおり何らかのきっかけで急性心不全を生じ大幅に強度が下落します。また致死性不整脈により突然人生の終幕を迎えることもあります。いつからが終末期なのか、またどのような最期の迎えかたをするのかはしばしば予測困難です。 治療は原因疾患と心不全自体への二本立て介入 心不全の治療には大きく二つ、原因疾患の治療と心不全自体への治療があります。また各々、薬物療法に加え侵襲的治療があります。 原因疾患の治療 心不全の原因は虚血性心疾患・高血圧・弁膜症が多くを占めますが、抗がん剤を含めた薬剤・アミロイドーシス・膠原病・内分泌疾患など、根本原因が心臓以外に存在することもあります。まずはこれらの原因疾患の治療を行なうことが重要です。虚血性心疾患・不整脈・弁膜症に対してはカテーテルまたは外科的治療という選択肢もあります。これらの原因疾患の治療により、心不全の改善や安定化が期待できます。 心不全自体の治療 心不全自体への治療は薬物療法が主軸となります(図23))。 特に近年は、心不全の再入院抑制や予後改善をもたらす新規薬剤が複数登場しています。現在では少なくとも四種類の薬剤【(1)β遮断薬、(2)ACE阻害薬・アンジオテンシン受容体拮抗薬:ARB・ARNI、(3)アルドステロン受容体拮抗薬(MRA)、(4)SGLT2阻害薬】が必須薬とされ、「Fantastic Four」(日本的にいえば四天王)と呼ばれています。 これら心不全治療薬が個別の患者さんに適切に導入されていることが重要であり、医者の腕の見せ所でもあります。それを最適治療(Optimal Medical Therapy;OMT)またはガイドラインを遵守した薬物治療(Guideline-directed Medical Therapy;GDMT)と表現しています。 薬物抵抗性の心不全に対しては、限られた施設において限られた患者さんを対象に、心臓移植や植込型補助人工心臓(VAD)の装着を行ないます。 訪問看護でのポイント 心不全は再入院を反復することでQOLが低下し予後も悪化するため、心不全悪化の早期発見・早期介入が重要です。特に以下の三つに注目して観察することをおすすめします。 肺鬱血 たいていの場合、肺鬱血の症状は「労作時息切れ→就寝後の一過性呼吸苦(発作性夜間呼吸苦)→起座位保持(起座呼吸)→安静時呼吸苦」の順に出現します。肺が徐々に水浸しになるイメージです。 臥位になると肺全体が水浸しになり、酸素化がより困難になります。また靴を履く際や洗顔時など、前屈みになると胸が重くなるのを前屈呼吸苦といい、これも肺鬱血のサインです。 頸静脈怒張(座位で内頸静脈の拍動を観察可能)も有力な手がかりではありますが、判断にはある程度の経験が必要なため、手放しではおすすめしません。 体液貯留 心不全になると、相対的に腎血流が低下し、レニン・アンジオテンシン・アルドステロン系の賦活化によって体液貯留傾向になります。水ぶくれになっていくイメージです。 たいていは重力により下方・末梢に体液が貯留するため、下腿浮腫が最も目立ちます。脛骨粗面を押すと粘土のようにへこむか、また圧痕が残るかで判断します。ほかにも、患者さんから「指輪がきつい」「手が曲げにくい「『顔が大きくなった』と言われた」「目が開けにくい」「おなか周りがぶよぶよする」などの訴えがあれば、同部位の浮腫を疑ってみてください。 生活行動 心不全は生活行動を契機に悪化することが多く(図34))、またそれを医者に伝えないこともあるため、患者さんの日常を知る訪問看護師さんの役割はたいへん重要です。服薬行動を含めた治療アドヒアランスが起きていないか、ライフイベントや生活・勤務環境を含めた過活動・ストレス過剰がないかなどの情報を、訪問のたびにそれとなく収集することで、心不全悪化リスクを見積もることができるようになります。 訪問看護のさらなる役割 心不全は「治療する」というよりも「ともに生きる」姿勢が重要です。医療技術の適応には限界がある上、心不全の安定化には生活行動の制御が必要となるからです。 ではそれをどうやって実現するか? それには、病院世界に生きる医療従事者の視点だけではなく、患者さんの日常生活を観察し見守る在宅医療従事者の視点が必要です。いわゆる形式的な紹介-逆紹介ではなく、病院-在宅連携という形で多くの医療従事者がコミュニケーションをとることで、患者さんがより快適に心不全とともに生きるのを支えていくことが容易になると考えています(図4)。 そのような心不全診療の未来像において、訪問看護師さんには、まさに主役級の活躍が期待されているといっても過言ではありません。そのような地域はまだまだ少ないのが現状ですが、千葉においても5年前からそのような試みを行なっています。ご興味のある方は一度ホームページを覗いてみてください。 ■「千葉心不全ネットワーク」:https://www.chibahfnetwork.com/(事務局:千葉大学医学部附属病院 循環器内科) 執筆: 岡田 将千葉大学大学院医学研究院循環器内科学四街道まごころクリニック 編集: 株式会社メディカ出版 【引用・参考文献】1)日本循環器学会/日本心不全学会.急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版).10-5.2)脳卒中、心臓病その他の循環器病に係る診療提供体制の在り方に関する検討会.心血管疾患の診療提供体制の在り方について.脳卒中、心臓病その他の循環器病に係る診療提供体制の在り方について.2017,31.3)Bauersachs,J.Heart failure drug treatment:the fantastic four.Eur.Heart J.42,2021,681-3.4)Tsuchihashi,M.et al.Clinical Characteristics and Prognosis of Hospitalized Patients With Congestive Heart Failure:A Study in Fukuoka,Japan.Jpn.Circ.J.64,2000,953-9.

4コマ漫画「小児の卒業」 ニャースペースのつぶやき【訪問看護あるある】
4コマ漫画「小児の卒業」 ニャースペースのつぶやき【訪問看護あるある】
特集
2023年10月24日
2023年10月24日

4コマ漫画「小児の卒業」 ニャースペースのつぶやき【訪問看護あるある】

小児の利用者さんの卒業にじんわり… 今回の「訪問看護あるある」は4コマ漫画でお届け!小児の利用者さんの場合、訪問看護が不要になって「卒業」されることもあるにゃ。これまでのご本人・ご家族のお悩みやがんばりを知っているだけに、とってもうれしいにゃ ニャースペース病棟看護経験5年、訪問看護猫3年目。好きな言葉は「猫にまたたび」「わかる!」「こんな『あるある』も聞いて!」など、みなさんの感想やつぶやき、いつでも投稿受付中にゃ!>>投稿フォーム

失禁関連皮膚炎(IAD)のアセスメントと予防
失禁関連皮膚炎(IAD)のアセスメントと予防
特集 会員限定
2023年10月24日
2023年10月24日

スキンケアのポイントは?失禁関連皮膚炎(IAD)のアセスメントと予防

おむつで覆われている皮膚は、高温多湿な環境にあり、排泄物の付着により浸軟しやすく感染リスクも高くなります。特に脆弱な皮膚の高齢者や乳幼児には注意が必要です。療養者は、局所にスキントラブルを生じた場合、排泄物の付着による不快感や掻痒感、疼痛などの苦痛を伴います。同時に、頻回な局所の観察や治療が必要になると、療養者にはさらに精神的な苦痛を強いることになりQOLにも影響を及ぼすといえるでしょう。 療養者の自尊心や羞恥心に配慮した排泄ケア・看護を行うとともに、失禁関連皮膚炎(IAD:incontinence associated dermatitis 以下「IAD」)を理解した上で、予防的なスキンケアを実践し継続することが求められます。今回は、皮膚・排泄ケア認定看護師/在宅創傷スキンケアステーション代表の岡部美保さんに、失禁関連皮膚炎(IAD)の予防的スキンケアを中心に解説いただきます。 ※本記事で使用している写真の掲載については本人・家族、関係者の了承を得ています。 IADのアセスメント IADは、おむつに覆われた皮膚(角質層)が湿気により浸軟して、バリア機能が破綻した状態になっているところに、排泄に含まれる消化酵素や細菌が、皮膚(真皮)組織の内部に入ることで生じる皮膚組織の障害です。 排泄物が付着する部位は、排泄物の性状や量、おむつの材質や当て方などにより、場合によっては大腿部にもみられます。個々の排泄状況やケア状況を確認することが必要となり、注意深く観察することが大切です。 アセスメントのポイント 【皮膚をみる】 部位(どこに)、時期(いつから)、程度(どのように)発症の経緯皮膚の状態(たるみ・浸軟・紅斑・びらん・潰瘍)掻痒感の有無痛みの有無・程度局所ケアの方法使用している外用薬IAD-setを用いた評価 【全身状態をみる】 年齢、性別、基礎疾患失禁の状態、排泄物の性状・量ドライスキンの有無浮腫の有無糖尿病(血糖コントロール不良)放射線治療の既往・継続中(骨盤内照射)薬剤の使用(下剤、止痢剤、免疫抑制剤、抗がん剤、ステロイド剤、抗菌剤)膀胱直腸瘻、直腸膣瘻バイタルサイン関節拘縮の有無、関節可動域食事摂取量、水分摂取量栄養摂取経路(方法)、経腸栄養投与速度・量栄養状態尿・便以外の刺激物の接触(帯下、下血) 【生活環境をみる】 失禁が生活に及ぼす影響日常生活動作(ADL)・好みの体位・1日の多くを過ごす姿勢頭側挙上の有無・時間、座位の有無・時間おむつの使用(交換頻度、使用しているおむつの種類・枚数、おむつ交換時のスキンケア方法)寝具の種類介護者の介護力・介護方法経済状況 【人・ライフスタイル・価値観をみる】 清潔習慣、入浴の頻度・入浴時の湯温度・入浴時間スキンケアの方法(洗浄剤・保湿剤の種類、具体的なケア方法、頻度)ケアの拒否・困難さ家庭にあるスキンケア用品本人の思い・希望家族の思い・希望 アセスメントには、おむつに覆われた皮膚の状態と療養環境を観察することが大切です。 尿失禁や便失禁の原因、行われている治療やケアのアセスメントも欠かせません。下痢のアセスメントには、栄養管理の情報も必要になります。特に下痢には、経腸栄養剤の種類や投与方法、投与時間の確認などが大切になりますが、下剤の使いすぎということも少なくありません。また、下剤の使用量やタイミングによって便秘と下痢を繰り返し、スキントラブルが改善しないということもあります。 介護する家族によっては、臀部を消毒用アルコールで清拭をしている方、おむつ交換ごとに石鹸を用いた洗浄を行なっている方などさまざまです。個々の生活習慣や価値観によって、さらにはそれぞれの家庭ごとに排泄に関するケアが異なります。排泄に影響を及ぼすさまざまな要因を、広い視点でみることが必要です。 IADのアセスメントには、「IAD重症度評価スケール:IAD-set」があります。IAD-setは、日本創傷・オストミー・失禁管理学会学術教育委員会によって開発されたIADのアセスメントができるツールです。IAD-setは、排泄物が皮膚に付着する状況にある場合に使用します。評価は、【Ⅰ皮膚の状態】と【Ⅱ付着する排泄物のタイプ】の2つを行います。評点が大きいほど重症と判断し、点数が減少することで改善と判断することができます。 IAD重症度評価スケール:IAD-set IADの予防的スキンケア IADの標準的なスキンケアは「清拭・洗浄・保湿」です。加えて、排泄物が皮膚に付着することを予防するために、保護のスキンケアを行うことも大切です。 便失禁のスキンケア ■清拭排泄を確認したら、その都度清拭を行いましょう。市販のおしりふきやトイレットペーパーに皮膚清拭剤などを使用すると、拭き取りの際の滑りがよく、皮膚への機械的刺激の軽減が期待できます。また、清拭の際は、皮膚を強く擦らないことが大切です。使用するタオルは、皮膚への機械的刺激が少ない、柔らかくふんわりしたものを選びましょう。 ■洗浄のスキンケア洗浄剤を用いて1日1回、皮膚に付着した排泄物や汚れを洗い流します。排泄物が付着していると洗浄剤を用いた洗浄を行いたくなるものです。しかし、皮膚洗浄剤を用いた頻回な洗浄は、皮膚への化学的刺激が大きくなります。そのため、排便回数が多い場合でも洗浄剤の使用は1日1回としましょう。弱酸性洗浄剤を選択し皮膚への化学的刺激を最小限にとどめます。 ■保湿のスキンケア1日1回以上、保湿剤を塗布しましょう。洗浄により皮脂は洗い流されるため、入浴や洗浄後に、保湿剤を塗布するということを習慣化できると良いです。保湿剤は、排泄物が付着している部位や、排泄物が付着する可能性があるすべての部位に塗布しましょう。 ■保護のスキンケア排泄物が皮膚へ付着することを予防するために白色ワセリンやジメチコン(シリコーンオイル)などが配合されている撥水性皮膚保護剤(撥水性皮膚保護クリームや保護オイル)を塗布します。 撥水性皮膚保護剤は、製品の皮膚保護力により使用する頻度や撥水の程度が異なります。保湿成分含有の製品もあります。使用する製品の特徴を理解した上で、皮膚の状態やケア環境にも考慮し、使う人にあった製品を選びましょう。 尿失禁のスキンケア 便失禁のスキンケアと同様の清拭・洗浄・保湿を行い、おむつなどを用いて尿の収集を行います。 ■おむつ選びについて便失禁・尿失禁のある療養者のおむつ選びは、日常生活自立度、身体のサイズ、失禁のタイミングや回数・量などを考慮して選択します。排泄物を吸収したパッドやおむつは、皮膚pHに影響を与えるため、排泄後は速やかに交換を行いましょう。尿取りパッドを選択する際は、逆戻りがない、通気性の良い高性能、吸収体の面積が小さく尿の接触面積を縮小できるものがおすすめです。なお、男性には、男性用の尿取りパッドがあります。 ■療養生活への配慮水様便に対応する軟便専用のパッドがあります。軟便専用パッドは、尿取りパッドに比べ便の収集率が高く、水様便の流れ出しが軽減できます。便の収集率や吸収に優れているとはいえ、軟便専用のパッドを、長時間使用し続けることは避けましょう。便の付着を完全に防ぐ製品ではありませんので、水様便が排泄されたら、速やかにパッド交換を行うという意識を持つことが大切です。製品によって、吸収量やパッド内部の構造が異なりますので、便の性状や量、皮膚の状態に合った製品を選びましょう。 夜間、頻回な尿取りパッドの交換により、療養者や介護者の安眠が妨げられる場合や、尿取りパッドでは対応が困難な場合、男性にコンドーム型収尿器を紹介することもあります。コンドーム型収尿器は、装着に技術を要する場合もありますので、皮膚・排泄ケア認定看護師の技術支援が得られる方法を検討することも必要です。便の性状に経腸栄養剤が影響している可能性がある場合は、かかりつけ医や管理栄養士に相談をして、経腸栄養剤の種類や投与方法について検討しましょう。緩下剤を使用している場合は、かかりつけ医に相談をして便性状の調整を検討することも大切です。 在宅WOCナースがおすすめするIADのケア びらん・潰瘍部:スキンケアのポイント 洗浄のスキンケアの際、洗浄に痛みを伴う場合は、温めた生理食塩水を使用すると疼痛が軽減できます。びらんを生じている場合、局所にストーマ用品の粉状皮膚保護剤を散布した後、びらん部に粉が密着した上に皮膚被膜剤を塗布します。 粉状皮膚保護材を使用 失禁の頻度や機械的刺激によって粉状皮膚保護剤が剥がれてしまう場合は、皮膚・排泄ケア認定看護師などへ相談し、粉状皮膚保護剤と亜鉛華単軟膏を混ぜたものを塗布することを検討しましょう。亜鉛華単軟膏に粉状皮膚保護剤を合わせることで緩衝作用に優れ、皮膚の保護においても効果を発揮します。 亜鉛華軟膏を使用 なお、この方法は、カンジダ症の疑いがある場合は、症状を悪化させる可能性があるので注意が必要です。 ハイドロコロイドドレッシング材やストーマ用の板状皮膚保護剤を使用する場合は、適当な大きさにカットしモザイク状に局所へ貼付します。排泄物で汚染した部分や溶解・膨潤した部分など、一部のみを交換することができます。さらに、モザイク状に貼付した隙間には粉状皮膚保護剤を充填することにより、露出した皮膚を保護することができます。 ポリエステル繊維綿によるケア ポリエステル繊維綿で、肛門周囲から会陰部にかけての皮膚と、おむつの間の隙間を埋める製品もあります。水様便が臀部皮膚に拡散せずパッド内へ吸収されることにより、皮膚への付着を軽減できます。ポリエステル繊維綿はパッドと一緒に、排便ごとに交換します。 装着型肛門様装具や単品系ストーマ装具によるケア 水様便が持続する場合(非感染性の下痢)、装着型肛門様装具や単品系ストーマ装具などで便を回収することもできます。ただし、装具の装着には技術が必要で、療養者は装着中の違和感を伴うことも。装具の購入費用もかかります。療養者・家族と相談の上で使用を検討しましょう。また、装具装着の際は、皮膚・排泄ケア認定看護師の技術支援が得られる方法を検討することも必要です。 医師との連携 皮膚科医によりIADと診断された潰瘍の治療方法については、皮膚科医が指示する外用薬を使用しましょう。皮膚カンジダ症をはじめとした感染徴候が確認されたら、かかりつけ医もしくは皮膚科医へ相談し、感染の有無の確認をすることが大切です。感染が確定したら、医師の指示のもと治療を行います。 執筆: 岡部 美保皮膚・排泄ケア認定看護師/在宅創傷スキンケアステーション代表1995年より訪問看護ステーションに勤務し、管理者も経験した後、2021年に在宅創傷スキンケアステーションを開業。在宅における看護水準向上を目指し、おもに褥瘡やストーマ、排泄に関する教育支援やコンサルティングに取り組んでいる。 【参考】〇岡部美保(編)『在宅療養者のスキンケア 健やかな皮膚を維持するために』日本看護協会出版会.2022.〇一般社団法人日本創傷・オストミー・失禁管理学会編. 『IADベストプラクティス IAD-setに基づくIADの予防と管理』照林社,2015.

呼吸困難への対応 前編【がん身体症状の緩和ケア】
呼吸困難への対応 前編【がん身体症状の緩和ケア】
特集
2023年10月31日
2023年10月31日

呼吸困難への対応 前編【がん身体症状の緩和ケア】

呼吸困難とは呼吸時の不快な感覚のことをいいます。ご本人が「息苦しい」と感じる主観的な症状であるため、呼吸不全の病態と一致しないことも少なくありません。今回は末期の肺がんを患う鈴木さんのケースを通して、呼吸困難への対応を見ていきましょう。 在宅療養を始めたばかりの鈴木さん 鈴木さんは62歳の肺がん末期の利用者さんです。専業主婦として過ごしてこられましたが、2年前に肺がんが判明。抗がん剤治療を行っていましたが、効果がなくなり、自宅で過ごすことを選択されました。鈴木さんは両肺に多発転移、右胸に胸水貯留があるという状態です。 訪問看護師であるあなたと初めて会ったとき、鈴木さんは笑顔でした。1L/分で酸素が流れている経鼻酸素カニューレを手放せない状態ではありましたが、特に痛みもなく、息苦しさもないとのこと。酸素飽和度95%と呼吸状態もある程度保たれていました。 鈴木さんはご主人と娘さんの三人暮らしで、家事はすべてご主人がやってくれています。居間に置かれた介護用ベッドで療養されており、ときどきさみしそうな表情を浮かべることがあり、あなたはそれが少し気になっていました。 呼吸困難の訴えがあり夜間に訪問 退院翌日の夜10時、あなたが持っていたステーションの緊急用携帯電話が鳴りました。鈴木さんのご主人からです。 ご主人: 妻が1時間ほど前から息が苦しいと言っています。酸素の量を3L/分まで上げてもいいと言われていたので、酸素を増やして、背中をさすっていたのですがよくなりません。このまま息が止まってしまうのではないかと不安になり、電話をしました。 あなたはすぐに訪問する旨を伝えて、自転車で鈴木さんのご自宅に向かいました。訪問に向かう間、あなたはいろいろなことを考えていました。酸素飽和度が極端に低下していたら…、酸素を増やしても苦しいのだから主治医にすぐ連絡するべきなのだろうか…、そんなときに自分は何ができるのだろうか…。薄曇りの初夏の夜のことでした。 訪問してみると、居間のベッドで鈴木さんが座り込んでいました。起座呼吸の言葉が頭をよぎります。かなり状態がよくないのではないかと思い、鈴木さんに声をかけて、症状を聞きながら酸素飽和度と血圧を測定しました。鈴木さんの息はかなりハアハアしています。 鈴木さん: 胸の奥が何か締め付けられるような感じで、空気がうまく入っていかないの。このままだともっと苦しくなるような気がして…。 鈴木さんの酸素飽和度は98%(酸素投与量 3L/分)、血圧120/68mmHg、脈拍98回/分、呼吸数22回/分と大きな異常はありません。 リラックスを促し症状を緩和 まずあなたは、窓を開けて居間に風を呼び込むことにしました。窓を開けると幸いさわやかな風が吹き込んできました。次にベッドを45度程度にギャッジアップしました。クッションを集め、つらくない姿勢をとりました。右を下にしたほうが、少し楽になるようでした。 鈴木さんのように胸水が片側にたまっている患者さんの場合、側臥位をとると楽になったり、呼吸状態がよくなったりします。どちらの向きにするかは、胸水や酸素の状態によって違ってきますので、患者さんご本人の反応やSpO2などをみて調整するとよいでしょう。よくいわれているのは胸水がたまっているほうを上にすることですが、胸水の量が多いと健側の肺が胸水によって圧排され、かえって呼吸困難が強まることもあるので注意が必要です。 ベッドの脇には友人からの退院祝いである百合の花が置かれていました。匂いがきついと感じたあなたは、その花を隣室に移し、匂いがこもらないようにしました。 10分ほど背中をさすっていると「だいぶ楽になってきたわ」と鈴木さんが話されました。呼吸数も13回/分ほどまで改善している様子です。さらに30分ほど背中をさすり、当面状態が悪化する可能性は少ないことをご主人と鈴木さんに説明し、鈴木さんのお宅を後にしました。 薬物療法ではモルヒネや抗不安薬を使用 翌日、申し送りでそのことをスタッフに説明すると、ベテラン訪問看護師の西水さんから声をかけられました。 西水さん: よく対応したわね。私でもあなたと同じように対応したと思うわよ。特にあなたが窓を開けて空気の流れをつくったことはすごくいい工夫だと思ったわ。海外では携帯用のファンを持たせるように患者に指示して、苦しくなったら口元にファンで風を送り込むように指示している先生もいるそうよ。 あなた: そうなんですか。百合の花の匂いが少しきついなと思ったので風を送るようにしたのですが…。何とか楽になってくれてよかったです。でも、夜中にまた呼ばれたらどうしようとあまり寝られませんでした。 西水さん: そうね、先生たちはこんなときのため頓服の薬を出してくれているから、それを服用させるのも一つの手よね。たいてい抗不安薬であることが多いわ。でも緩和ケアの先生たちはモルヒネやヒドロモルフォンの速放性製剤を出してくれることが多いのよ。 あなた: 患者さんにとって呼吸が苦しいというのは、不安というか、恐怖だと思います。なので、抗不安薬が処方されるのは分かるのですが、医療用麻薬が処方されるはなぜですか? 西水さん: 医療用麻薬のうちモルヒネとヒドロモルフォンは呼吸困難を改善させる効果があるとされているの。その機序ははっきりと分かっていない部分もあるのだけど、呼吸中枢に働いて呼吸数を減らすといわれているわ。呼吸数が減るとずいぶん楽になるのよ。 あなた: そうなんですね。勉強になりました。ところで、西水さん、実は鈴木さんのことで気になることがあるのです。初回訪問の時、鈴木さんが少しさみしそうな表情をされているように思ったんです。鈴木さんの娘さんが同居されているのですが、昨日、今日とお会いしなかったことも少し気がかりで…。 西水さん: あなたがそう思うなら、お二人に聞いてみるのはどうかしら。 あなた: わかりました、聞いてみます。 どこかさみしそうだった本当の理由 翌日の定期訪問では、鈴木さんは息苦しさも改善して穏やかに過ごされていました。体のチェックでも胸水はさほど増えていないと思われ、酸素の投与量を医師の指示で1L/分に減らしても、酸素飽和度は95%と大きな問題はなさそうです。 ご主人もいらっしゃったので、あなたは思い切って鈴木さんご夫婦に切り出しました。 あなた: 素敵なご夫婦ですね。これだけご主人がかいがいしくお世話をされるご夫婦はそう多くはありませんよ。 鈴木さん: ありがとう。でもそんなによくはないのよ。 あなた: 確か娘さんもご一緒でしたよね。あまりお見かけしないなと思って…。 鈴木さん: 娘は…。 そう言いかけて、鈴木さんは途中でだまってしまいました。 あなた: 話したくないことでしたら、無理にお答えいただかなくても結構ですよ。 鈴木さん: そんなことはないの。でも、少し娘のことを考えると申し訳なくて…。 あなた: よかったら聞かせていただけませんか。 鈴木さん: 娘は会社でプロジェクトのリーダーを任されているのよ。毎日遅くまで仕事して、疲れ果てて帰ってくるの。この1年ほどは食事もほとんど一緒にとっていないわ。そんな生活だから、私が退院するとき、娘はそのまま緩和ケア病棟に入るように強くすすめてきたの。家に帰ってこられても、自分には私を世話できないって。それは無理のないことだとも思ったわ。でも、私はどうしても家に帰りたかった。味気ない病院の天井を見ているのはもう限界だとも思ったの。幸い主人が帰ってもいいよと言ってくれたので、こうして帰ることができたのだけど。娘は気分が悪いらしく、帰ってもほとんど会ってくれないの。夜遅く帰った後に夫が声をかけても「疲れたから寝る」と言って、ほとんど口も聞いていないのよ。娘にとって私は迷惑なのかもしれないわね。きっと主人にとっても迷惑なのよね。この前のようなことがまたあれば、緩和ケア病棟に入ったほうがいいかもしれないわね。 あなた: そうだったんですか。でも、鈴木さんは家で過ごしたいんですよね。 鈴木さん: できればだけど…。 娘さんに手紙を書いてみることに あなたはその日はそのままステーションに帰りました。ステーションに帰ると管理者の望月さんと先輩の西水さんに相談しました。また、主治医の先生にも報告し、まずは訪問看護のほうから娘さんにアプローチすることにしました。 あなたはまず娘さんに手紙を書いてみることにしました。書き出しは悩みましたが、鈴木さんが娘さんに引け目を感じていること、不安やさみしい気持ちがあるように見えること、つらい症状は精神的な要因から生じている可能性があることを記載しました。そして、最後にステーションに電話をもらえるようにお願いをしてみました。 手紙を渡した翌日の午後、娘さんから電話がありました。 娘さん: お手紙、ありがとうございました。母のこと気遣っていただき、感謝しています。正直なところ仕事も忙しく、母が自宅に戻ってきたことで私に何ができるのか、すごくモヤモヤしていたのです。私は緩和ケア病棟に行くように強くすすめたのですが、今の両親を見ていると、自宅に戻るのも悪くないかなって思うようになって…。でも、あれだけ自宅に戻ることを反対した手前、母の前に行きづらくて。ほとんど話すことも見つからないのです。上司は事情を知っていて、私にしばらく介護休暇を取るようにすすめてくれるのですが、この仕事を放り出すわけにも行かず、悩んでいました。 あなた: そうだったんですね。娘さんもつらい思いをされていたのですね。もしよかったら、忙しいとは思うのですが、一度、主治医から鈴木さんの病状について説明を受けていただくお時間をつくっていただけないでしょうか。私たちも同席し、娘さんをどのように応援できるのか相談させていただければと思うのです。 娘さん: ありがとうございます。分かりました、時間をつくってみます。 あなたは、主治医と管理者に娘さんと話した内容を伝え、彼女と相談する時間をつくってもらうようお願いしました。そしてご主人にはきちんとこのことを伝えておくようにしました。 >>後編はこちら呼吸困難への対応 後編【がん身体症状の緩和ケア】 執筆:鈴木 央鈴木内科医院 院長●プロフィール1987年 昭和大学医学部卒業1999年 鈴木内科医院 副院長2015年 鈴木内科医院 院長 鈴木内科医院前院長 鈴木荘一が日本に紹介したホスピス・ケアの概念を引き継ぎ在宅ケアを行っている。 編集:株式会社照林社 【参考】〇日本緩和医療学会 緩和医療ガイドライン作成委員会編.『進行性疾患患者の呼吸困難の緩和に関する診療ガイドライン(2023年版)』金原出版,東京,2023.

まちで働く若手看護師への想い 【「まちなーす」共同代表 特別インタビュー】
まちで働く若手看護師への想い 【「まちなーす」共同代表 特別インタビュー】
インタビュー
2023年10月31日
2023年10月31日

まちで働く若手看護師への想い【「まちなーす」共同代表 特別インタビュー】

全国の就業している看護師が約128万人いるのに対し、訪問看護ステーションに勤務する訪問看護師は約6.2万人と、看護師全体の5%程度しかいません*。近年その数は増加傾向ではあるものの、特に若手看護師や看護学生からは「訪問看護師になるハードルの高さを感じる」という声も聞かれます。新卒で訪問看護師となり、地域で働く看護師のコミュニティ「まちなーす」を立ち上げた河村詩穂さん、関口優樹さんは、どのような想いでコミュニティを運営されているのでしょうか。お二人にお話を伺いました。*厚生労働省「令和2年衛生行政報告例(就業医療関係者)の概況」より 〇まちなーすについてまちなーすは「若手看護師」×「地域」をキーワードに、自由に、ゆるく、つながりたい時につながり、やりたいことをできるサポートをしたい!と、2020年1月に河村詩穂さん、関口優樹さんたちが立ち上げたコミュニティです。まちなーすの「まち」には、Machi「フィールドである街」、Match「看護師がつながる」、Match「心に火をつけるマッチ」の3つの意味があり、「町の看護師をつなげるきっかけにしたい」という想いが込められています。オフラインやオンラインでさまざまなテーマのイベントを行い、これまでには「デイサービスを語る会」や「新卒訪問看護カフェ」などを実施しています。〇「まちなーす」代表 プロフィール河村 詩穂(かわむら しほ)さん看護師。2015年に慶應義塾大学看護医療学部を卒業。新卒でケアプロ訪問看護ステーションに就職し、訪問看護師として勤務。2023年に慶應義塾大学大学院健康マネジメント研究科公衆衛生学専攻を修了。2023年4月からは株式会社でぃぐいてぃに勤務。 関口 優樹(せきぐち ゆうき)さん看護師。2018年に東京医療保健大学看護学部を卒業。新卒でウィル訪問看護ステーションに就職し、訪問看護師として3年勤務。現在は岐阜県の医療法人かがやき総合在宅医療クリニックで訪問診療および訪問看護を行う。 ※文中敬称略 実習やNPO法人での経験から新卒で訪問看護へ ―お二方とも新卒で訪問看護師になられたそうですが、訪問看護師の道を選んだきっかけや、訪問看護にまつわる思い出深いエピソードを教えてください。 私が訪問看護師になったきっかけは、大学での実習です。精神看護の実習で訪問看護ステーションに行く機会があり、1日だけの同行実習でしたが、自宅に訪問することで見える「利用者さんの生活」をとらえることに面白さを感じ、訪問看護への就職を決めました。訪問看護師として働く中でさまざまな経験をしましたが、一番印象に残っているのは初めてのお看取りです。先輩に同行してもらいながら、がん末期の利用者さんを担当させていただきました。利用者さんご自身の「ゴルフがしたい」というご希望や、息子さんの「父が死ぬまで仕事を休み続けると、まるで死ぬのを待っているみたいで嫌だ」といった葛藤を伺う中で、ご本人・ご家族が納得のいく落とし所を見つける難しさを感じました。 いよいよ最期を迎えるとき、私はオンコールの担当ではなかったのですが、「万が一のときは連絡してください」と担当者にお願いしておき、ご家族と一緒にお看取りをさせていただきました。利用者さんの奥様が泣いて私に抱きついてこられたため、私も思わず泣いてしまいました。ご家族と一緒に利用者さんを見送り、エンゼルケアもさせていただいたこの日のことは、強く印象に残っていますし、「これこそが訪問看護の魅力なんだ」と思いました。先輩に「がんばったね」とジュースをおごってもらい、また泣いてしまったことを今でも覚えています。 私が新卒で訪問看護師になろうと思ったのは、学生時代に参加したNPO法人がきっかけでした。そのNPOは「社会的マイノリティの可能性に焦点をあてる」という理念で活動するメディアで、そこでの人や価値観との出会いが私の根底になっている気がします。学生時代の経験から「治らない病気や障害がある中で、どのように折り合いをつけながら幸せに生きることができるか、その伴走をしたい」と思うようになりました。その中で、訪問看護という選択肢が自分のやりたいことに近いと思い、志しました。最近の訪問看護で心に残っている方は、老衰の過程でご家族と相談しながら点滴等を行い、自宅で最期まで過ごされた利用者さんです。認知症の影響もあり清潔ケアや排便ケアを嫌がることも多々ありました。しかし、丁寧に声掛けや関わりをしていく中で穏やかな様子もみられるようになり、帰りにはいつも「ありがとうね」と手を握ってくれました。その利用者さんは、偶然私がオンコール担当の際にお看取りをすることとなりました。親戚の方々が大勢集まり、みんなで利用者さんの思い出を語りながら涙あり、笑いありの和やかな時間が流れていて、とても愛されていた利用者さんの「人柄」が垣間見えた時間でした。帰り際にご家族の方から「関口さんがきてくれて、いい最期をむかえることができました」とおっしゃっていただき、一看護師としてだけでなく、一個人としても関われたのかなと嬉しく思い、印象に残っています。 地域で活躍する若手看護師とつながりたい ―まちなーすを始めたきっかけと想いについて教えてください。 もともと新卒で訪問看護師になる時に、「新卒訪問看護師の会」というコミュニティに参加していました。大学には1学年100人ほど看護学生がいましたが、訪問看護師に興味を持つ人や新卒で訪問看護師を目指す人がおらず、外のコミュニティに参加していたんです。そこで全国に散らばる訪問看護師の同期と知り合うことができました。しかし、次第に訪問看護師だけでなく、「地域でその土地に根差して活躍する若手看護師と、幅広いつながりを作りたい」と思うようになり、2020年に「まちなーす」を立ち上げたという経緯です。 ―まちなーすのこれまでの活動の中で、一番思い出深い活動について教えてください。 立ち上げて初めて行った第1回座談会キックオフ会が印象に残っています。初めてのイベントということもあり、人が集まるかは不安がありました。しかし、最終的にはデイケアやマッサージサロン、看護小規模多機能型居宅介護(かんたき)など、地域のさまざまな場で働く看護師の皆さんが集まってくださいました。私たちがまちなーすを立ち上げた想いに沿ったイベントができて、感慨深かったですね。 さまざまな場で働く看護師さんたちとイベントを開催していますが、「新卒訪問看護カフェ」が一番印象的です。最近、新卒訪問看護師の採用は増えつつあるものの、私たちが訪問看護師になった時と困りごとはそこまで変わっていません。自分自身も教育のことやキャリアのことなど悩みが多かったので、少しでも同じような想いを持つ人の力になれればと思っています。「新卒訪問看護カフェ」は今年から始めて5回ほど実施しており、ニーズも感じているので引き続きやっていきたいと思います。 共感も、異なる視点からの気づきもある ―まちなーすの活動から得られたことについて教えてください。 まちなーす自体を自分たちのプラットフォームとして利用でき、職場以外の人の意見を伺えることは非常にありがたいです。異なる職場や地域の方の話を伺い、共感できる話もあればまったく異なる視点で新しいことに気付ける話もあり、毎回勉強になります。実際に自分が知りたい内容で「デイサービスを語る会」や「島の看護師さんに聞く会」、「遺体感染管理士から学ぶ看取りケア」などを企画しましたが、どれも非常に有意義なイベントとなりました。自分の興味あることを企画できるので、楽しくやっています。 ―まちなーすのこれからの活動について教えてください。 やっぱり継続することが大事だと思います。運営側も仕事をしながら行っているため、こういった活動はなかなか続けていくことが難しく、実際不定期にもなってしまっています。しかし、実際にイベントをすると周りの話から気づきや癒やしを得ることができ、明日からの仕事を頑張ろうと思えることが多いです。参加してくださる皆さんのためにも、少しずつでもまちなーすを継続したいと思っています。 自分にフィットする仕事を見つけてほしい ―看護学生や若手看護師に対して、まちなーすからメッセージをください。 看護師は命を預かる責任があり、自分を制御しなければいけない時が多いかと思います。その中で自分の好きなことややりたいことに蓋をしすぎずに、自分の感覚とフィットする仕事と出会える人が増えるといいなと思っています。まちなーすでいろんな企画をゆるりとしているので、自分が「いいな」と思える働き方や生き方と出会えるお手伝いが少しでも出来ると嬉しいです。 >>後編はこちらまちなーす「新卒訪問看護師カフェ」イベントレポート【8/26&9/9開催】 執筆・編集: NsPace編集部

訪問看護の「医療DX」対応 総点検~2024年度診療報酬改定前に
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特集
2023年10月31日
2023年10月31日

訪問看護の「医療DX」対応 総点検~2024年度診療報酬改定・介護報酬改定前に~

今回は、2024年度のトリプル改定(診療報酬改定、介護報酬改定、障害福祉サービス等報酬の同時改定)に向けた準備として、すでに導入が決定・実施されている「医療DX」のしくみについて取り上げます。新たなシステム導入が必要なケースもあるため、早期の準備が求められます。 医療DX(ディーエックス)とは 今回取り上げる改定事項の前提として、改革の大枠となる「医療DX」について簡単に説明しておきましょう。DXとは、「Digital Transformation*(デジタルトランスフォーメーション)」の略称で、デジタル技術によって社会や生活のしくみを変えることです。これを医療に適用する「医療DX」とは、保健、医療、介護などで発生するデータをデジタル化し、クラウド活用によって現場の業務効率化や医療の質の向上に向けた情報の利活用を進めていくというビジョンです。 *「Transformation」の「Trans」は「X」に省略され「X-formation」と表記されることもある。そのため「Digital Transformation」の略称は「DX」と表記される。 対応の義務化や稼働予定のシステムについて この医療DXに向け、2024年度の実施が決まっているのが、以下の2項目です。 (1)訪問看護レセプト(医療保険分)のオンライン請求の義務化(2024年5月から)(2)利用者情報のオンライン資格確認の開始(2024年4月から) また、すでにスタートしているしくみとして、以下があげられます。 (3)介護保険事業所の指定申請等にかかる電子申請・届出システム(2022年11月から順次実施)(4)介護保険におけるケアプランデータ連携システムの稼働(2023年4月から) いずれもオンライン対応のための端末やソフトが必要になるという点で、事業所としてシステム整備が必要です。中でも(1)は義務化が迫っており、事業所の対応は急務。そこで、まずはこの「オンライン請求の義務化」について取り上げます。 義務化される医科レセプトのオンライン請求 「医科レセプトのオンライン請求」は、2023年4月から原則義務化されていますが、訪問看護については義務化が先延ばしとなり、先に述べたように2024年5月(2024年4月診療分)から実施されます。ただし、介護保険分については、すでに2018年4月からオンライン請求が原則義務化(一定の要件を満たす場合には届出によって紙請求は可能)されています。 すでに介護保険分のオンライン請求を行っていれば、システム整備の土台はできていると思われますが、もう一度確認しましょう。 まずオンライン請求のシステム整備に必要なものは以下のとおりです。 【1】レセプト作成用の端末・ソフト【2】オンライン請求用の端末とネットワーク回線【3】電子証明書 導入に向けての作業としては、セキュリティ対策の実施、運用に向けたフロー・ルールの確認などが必要です。なお、【1】~【3】の準備の後は、システムベンダ(レセプトコンピュータシステム、医事会計システムの開発・導入事業者)が対応します。ベンダには、以下の「技術解説書」を示してください。 厚生労働省保険局「訪問看護レセプト(医療保険請求分)のオンライン請求開始に係るシステムベンダ向け技術解説書技術解説書案(最新)」(令和5年10月)https://shinryohoshu.mhlw.go.jp/shinryohoshu/file/spec/R04_insurance_claims_v1.7_231026.pdf 事業者側の準備で戸惑いがちなのは、【2】のネットワーク回線でしょう。これについては、介護保険請求の場合と異なるので注意してください。ネットワーク回線への接続には、「IP-VAN接続(閉域の環境を確保して接続する方法)」か「IPsec+IKEサービスの利用」が必要です。いずれも、高いセキュリティが確保できる方法です。基本的には、どのインターネットサービス・プロバイダでも接続可能ですが、念のため以下の接続可能事業者一覧を参照してください。 社会保険診療報酬支払基金「オンライン請求及びオンライン資格確認等システム接続可能回線・事業者一覧表」(2023年5月1日現在) https://www.ssk.or.jp/seikyushiharai/online/online_04.files/claimsys35.pdf オンライン資格確認への対応も同時に 医療レセプトのオンライン請求と同時期(2024年4月)にスタートするのが、「オンライン資格確認」です。これは、利用者の保険資格の情報や薬剤情報等をオンラインで確認できるしくみ。審査支払機関のシステムに接続することで、その場で利用者の保険資格が確認でき、資格過誤によるレセプトの返戻が減り、業務負担の軽減が図れます。 オンライン資格確認は、保険医療機関・薬局等は2023年4月から原則義務化(やむを得ない事情がある場合の経過措置あり)となりました。ただし、訪問看護は対象外で、2024年4月からのスタートも「活用の義務化」ではなく、あくまで「利用可能」になるというものです。 とはいえ、訪問看護でも「オンライン請求」と「オンライン資格確認」をセットで考えておきたい事情があります。 例えば、「オンライン請求」と「オンライン資格確認」は端末の兼用が可能です。また、端末をオンライン資格確認用として、あるいはオンライン請求とオンライン資格確認を同時に開始できるよう準備した場合に、前者で「端末の導入費用」、後者で「ネットワーク回線の敷設費用」などの補助に向けた調整が国で進められています。 オンライン請求の準備で、導入・設置に向けたコスト負担をどうするか悩んでいる場合、オンライン資格確認への対応も同時に進めることで、補助金による費用捻出が可能になるかもしれません。 ▼訪問看護レセプトの電子化に関する最新情報は下記サイトをご参照ください。厚生労働省Webサイト「訪問看護レセプト(医療保険請求分)の電子化」https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000190624_00002.html(2023/9/15閲覧) 介護関連の届出・申請のオンライン化 次に、すでにスタートしているしくみへの対応です。 まずは、「介護保険事業所の指定申請等にかかる電子申請・届出システム」です。これは、介護サービスの指定や加算にかかる申請届出について、介護サービス情報公表制度の機能拡張により、オンライン上で行うことができるしくみです。 2022年11月から自治体ごとに順次スタートしていて、厚労省による2023年5月12日時点の調査では「2023年度の上半期までの実施意向」を示した都道府県および市町村は126にのぼります1)。現行で事業所に電子申請等が義務づけられてはいませんが、国としては活用を強く推奨しています。 まずは、各種届出先となる自治体がシステムに対応しているかどうかを各自治体HPで確認しましょう。その上で、電子申請・届出の手順としては、介護サービス情報公表制度にログインし、メニュー選択を行った上で申請届出内容を入力します。 システムの画面イメージは以下のとおりです。厚生労働省「別添2_1 本システムの画面イメージ(事業者側)」https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/000908038.pdf その他Q&Aを含む総合資料は、以下のサイトを参照してください。 ▼厚生労働省「介護事業所の指定申請等のウェブ入力・電子申請の導入、文書標準化」https://www.mhlw.go.jp/stf/kaigo-shinsei.html(2023/9/15閲覧) ケアプランデータ連携システムはすでに稼動 介護保険の訪問看護を提供する事業所として注目したいのが、2023年4月から運用がスタートしている、「ケアプランデータ連携システム」です。これは、居宅介護支援事業所のケアマネジャーが作成する居宅サービス計画書(以下、ケアプラン)を、居宅サービス事業所(訪問看護事業所や訪問介護事業所、通所介護事業所など)とデジタルデータ(CSVファイル等)によってクラウド上で共有するしくみです。 これにより、ケアプラン1・2票の共有が図りやすくなるだけでなく、ケアプラン6・7票の提供票データをそのまま各事業所の介護ソフトに取り込むことが可能になります。居宅介護支援事業所にとっては、提供票の「実績」の転記が不要となるため、例えば転記ミスによる報酬請求の返戻を防ぐことができます。 同システムの詳細については、以下を参照してください。国民健康保険中央会「ケアプランデータ連携システムについて」(令和4年10月 Ver.2)https://www.kokuho.or.jp/system/care/careplan/lib/221125_5113_setumei.pdf ※本記事は、2023年9月15時点の情報をもとに記載しています。 執筆: 田中 元(介護福祉ジャーナリスト)編集協力: 株式会社照林社 【参考】1)厚生労働省「電子申請・届出システム 利用開始時期意向調査回答状況等について」(2023年5月12日時点)https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/001099529.pdf (2023/9/15閲覧)

漫画「みんなの訪問看護アワード」ご紹介
漫画「みんなの訪問看護アワード」ご紹介
特集
2023年11月2日
2023年11月2日

漫画「みんなの訪問看護アワード」ご紹介/広田奈都美先生

NsPace(ナースペース)では、訪問看護に携わる皆さまからエピソードを募集し、表彰やエピソードの漫画化などを行う「みんなの訪問看護アワード」というイベントを開催しています。昨年度に開催した第1回に引き続き、第2回も開催が決定! 現在エピソードを絶賛募集中です。 そして今回は、「みんなの訪問看護アワードって何?」という方のために、昨年度に受賞エピソードの漫画化を担当してくださった広田奈都美先生(漫画家/訪問看護ステーション管理者)が描いてくださった「みんなの訪問看護アワード」の紹介漫画を公開します! 漫画「みんなの訪問看護アワード ご紹介」 第2回「みんなの訪問看護アワード」エピソードの募集は終了いたしました。たくさんのご応募ありがとうございました。>>イベント詳細はこちらから第2回「みんなの訪問看護アワード つたえたい訪問看護の話」 特設ページ 漫画:広田 奈都美(ひろた なつみ)漫画家/看護師。静岡県出身。1990年にデビューし、『私は戦う女。そして詩人そして伝道師』(集英社)、『ナースのチカラ ~私たちにできること 訪問看護物語~』『おうちで死にたい~自然で穏やかな最後の日々~』(秋田書店)など作品多数。 >>広田奈都美先生による第1回「みんなの訪問看護アワード」受賞エピソードの漫画はこちら大賞エピソード漫画化!「七夕の奇跡」【つたえたい訪問看護の話】受賞作品漫画「そうだ、訪看がある<前編>」【つたえたい訪問看護の話】受賞作品漫画「新任訪問看護師からの学び<前編>」【つたえたい訪問看護の話】受賞作品漫画「104歳の日常<前編>」【つたえたい訪問看護の話】 >>『ナースのチカラ』の試し読みはこちら【漫画試し読み】『ナースのチカラ』第1巻1話(その1)

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