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2021年12月28日
2021年12月28日

多系統萎縮症

多系統萎縮症とは、以前まで異なる名称で呼ばれていた三つの疾患が、進行すると症状が重複することからこの名前がつけられました。 病態 多系統萎縮症は、神経細胞や、神経軸索をカバーする髄鞘を支える細胞(オリゴデンドログリア)などに、αシヌクレインというたんぱく質が不溶化して凝集・蓄積し、細胞が死んでしまう進行性の疾患です。 以前は、初期症状が小脳性運動失調で始まるものはオリーブ橋小脳萎縮症、パーキンソン症状の場合は線条体黒質変性症、自律神経障害であるものはシャイ・ドレーガー症候群という病名がつけられていました。しかし、進行するとこれらの3つの症状が重複することなどから、「多系統萎縮症」という病名が提唱されるようになりました。 まれに家族からの遺伝例もありますが、ほとんどは単独での発症です。 なぜαシヌクレインが不溶化するのかなど、はっきりした原因はまだわかっていません。 疫学 多系統萎縮症は30歳以降、特に40歳以降に発症することが多いことで知られています。日本では小脳症状で発病するタイプが多いのに対し、欧米人ではパーキンソン症状が前面に出るタイプが多く、人種差もみられます。 2019年度末時点での、受給者証所持者数は約1.1万人です。最も多いのは60歳代です。 症状・予後 主な症状は、小脳症状、パーキンソン症状、自律神経障害です。発病からしばらくは一症状が主体になりますが、進行すると重複します。具体的には次のような症状がみられます。 小脳症状・歩行失調・声帯麻痺・構音障害・四肢の運動失調・小脳性眼球運動障害(眼振など) など               パーキンソン症状      ・筋剛直を伴う動作緩慢・姿勢保持障害・嚥下障害などパーキンソン病でよく生じる振戦などの不随意運動はまれで、進行が速いのが特徴 自律神経障害・排尿障害・便秘・勃起不全(男性の場合)・起立性低血圧・発汗の低下 ・睡眠時障害 など そのほかには、錐体外路症状、首下がり症状などの姿勢異常、ジストニア、睡眠障害、幻覚、失語、失認、失行、認知機能低下などがあります。脊髄小脳変性症やパーキンソン病よりも進行のスピードが速く、日本でのデータによると発症後は約3年で介助歩行になり、約5年で車いす使用、約8年で寝たきり状態になり、9年程度で死亡に至る(いずれも中央値)ケースが多いようです。 なお、多系統萎縮症では、呼吸障害や誤嚥による窒息での突然死がみられることがあります。睡眠中の突然死例が多く、TPPV(気管切開下陽圧換気)を行っていても防ぎきれないこともあります。 治療・管理 根本的な治療法はなく、それぞれの対症療法が中心となります。 パーキンソン症状がある場合は、抗パーキンソン病薬が初期にはある程度の効果が期待できます。ただ、パーキンソン病に比べると効果が出にくいという特徴もあります。 進行するとさまざまな症状が重なるため、全体的に状態は増悪していきます。残存機能を保つためのリハビリテーションも大切です。 嚥下障害が進んだ場合は胃瘻を利用します。睡眠呼吸障害が生じた場合は、CPAP(持続陽圧呼吸療法)が呼吸状態を改善させます。喉頭蓋軟化症などを伴う場合は、CPAPは気道閉塞を悪化させるリスクがあるため、注意が必要です。 呼吸障害がある場合は、NPPV(非侵襲的陽圧換気)導入などを検討します。ただ、多系統萎縮症で人工呼吸管理を選択する患者は、ALSと異なり実際にはとても少ないようです。 リハビリテーションのポイント ●歩行失調や姿勢保持障害など患者の症状に合わせて、転倒・外傷予防のための環境整備や福祉用具導入を検討する●多系統萎縮症に対する理学療法の効果についてのエビデンスはほとんどないが、パーキンソン症状、小脳症状に対応した運動療法を行う●基本動作訓練とADL訓練を組み合わせて集中的に介入する●構音障害には言語聴覚療法が行われる●嚥下障害では、食形態や摂食時の姿勢、食具の見直しなども含めた摂食嚥下リハビリを検討するなど 看護の観察ポイント 同じ病名でも初期症状などが異なるため、医師に症状の見通しや日常生活動作(ADL)への影響などを確認しておく。●転倒・外傷予防のための手すり取り付けや部屋の整理など、環境整備はできているか●転倒やバランスを崩す状況と発生頻度●日常生活やセルフケアに支障をきたしている症状●症状の程度の変化、新たな症状の出現状況●嚥下障害、誤嚥性肺炎を疑う症状がないか●脱水や栄養状態低下の予防対策がとられているか●リハビリなど機能改善の訓練が取り入れられているか●患者・家族が不安やストレスを抱えていないか ** 監修:あおぞら診療所院長 川越正平【略歴】東京医科歯科大学医学部卒業。虎の門病院内科レジデント前期・後期研修終了後、同院血液科医員。1999年、医師3名によるグループ診療の形態で、千葉県松戸市にあおぞら診療所を開設。現在、あおぞら診療所院長/日本在宅医療連合学会副代表理事。 記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】 〇難病情報センター『病気の解説(一般利用者向け)』『多系統萎縮症(1)線条体黒質変性症(指定難病17)』https://www.nanbyou.or.jp/entry/59〇難病情報センター『診断・治療指針(医療従事者向け)』『多系統萎縮症(1)線条体黒質変性症(指定難病17)』https://www.nanbyou.or.jp/entry/221〇難病情報センター『病気の解説(一般利用者向け)』『多系統萎縮症(2)オリーブ橋小脳萎縮症(指定難病17)』https://www.nanbyou.or.jp/entry/60〇難病情報センター『診断・治療指針(医療従事者向け)』『多系統萎縮症(2)オリーブ橋小脳萎縮症(指定難病17)』https://www.nanbyou.or.jp/entry/222〇難病情報センター『病気の解説(一般利用者向け)』『多系統萎縮症(3)シャイ・ドレーガー症候群(指定難病17)』https://www.nanbyou.or.jp/entry/61〇難病情報センター『診断・治療指針(医療従事者向け)』『多系統萎縮症(3)シャイ・ドレーガー症候群(指定難病17)』https://www.nanbyou.or.jp/entry/223〇「脊髄小脳変性症・多系統萎縮症診療ガイドライン」作成委員会編.『脊髄小脳変性症・多系統萎縮症診療ガイドライン2018』東京,南江堂,2018,298p.

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2021年12月28日
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第6回 ハラスメント、育児・介護と仕事の両立支援編/[その4]「介護離職」を防ぎたい! スタッフの負担軽減のために事業所にできること

高齢化が進み、介護と仕事の両立が必要な人が年々増えてきています。事業所でも育児・介護休業法で定められている両立支援制度を整備し、介護をしながら勤務を継続したいスタッフへのサポートを行う必要があります。多様な働き方に柔軟に対応するしくみづくりを通じて、さまざまな知見や経験を有する多才なスタッフが働き続けられる、しなやかな強さを持つ職場をつくっていきましょう。 職場に、介護が必要な家族と同居しているスタッフがいます。そのスタッフから、最近業務が忙しくなってきたこともあり、介護と仕事の両立が難しくなってきたと相談されました。彼女はベテランの訪問看護師で、大切な人材です。介護離職をしてしまうと経済的負担なども心配です。何とか彼女をサポートできるしくみを整えたいです。どのような支援を行えばよいでしょうか。育児と同様、介護と仕事の両立においても、育児・介護休業法でさまざまな支援制度が定められています。両立支援制度を組み合わせて活用し、家族をサポートするスタッフの負担軽減に努めましょう。 介護と仕事の両立支援のための措置・制度 働く人の介護と仕事の両立のために、育児・介護休業法では、さまざまな支援制度を定めています。 育児と仕事の両立支援制度と同様に、事業所に介護と仕事の両立支援制度を規程する就業規則がなくても、介護休業、介護休暇、所定外労働・法定時間外労働・深夜業の制限は、法律に基づいて本人の申し出により利用することができます。 表1に主な両立支援制度をまとめました。 表1 法律で定められた主な介護と育児の両立支援制度 厚生労働省『介護休業制度』特設サイトをもとに作成https://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyoukintou/ryouritsu/kaigo/ 育児・介護休業法では、「要介護状態」および「対象家族」を介護する場合に上記の制度ができます。 ここでいう「要介護状態」とは、要介護認定を受けていなくても、負傷、疾病または身体上もしくは精神上の障害により、2週間以上の期間にわたり「常時介護を必要とする状態」のことをいいますので注意しましょう。 なお、「常時介護を必要とする状態」とは、以下の表2を参照しつつ、判断することとなります。 表2 常時介護を必要とする状態に関する判断基準 (注1)各項目の1の状態中、「自分で可」には、福祉用具を使ったり、自分の手で支えて自分でできる場合も含む。(注2)各項目の2の状態中、「見守り等」とは、常時の付き添いの必要がある「見守り」や、認知症高齢者等の場合に必要な行為の「確認」、「指示」、「声かけ」等のことである。(注3)「①座位保持」の「支えてもらえればできる」には背もたれがあれば一人で座っていることができる場合も含む。(注4)「④水分・食事摂取」の「見守り等」には動作を見守ることや、摂取する量の過小・過多の判断を支援する声かけを含む。(注5)⑨3の状態(「物を壊したり衣類を破くことがほとんど毎日ある」)には「自分や他人を傷つけることがときどきある」状態を含む。(注6)「⑫日常の意思決定」とは毎日の暮らしにおける活動に関して意思決定ができる能力をいう。(注7)慣れ親しんだ日常生活に関する事項(見たいテレビ番組やその日の献立等)に関する意思決定はできるが、本人に関する重要な決定への合意等(ケアプランの作成への参加、治療方針への合意等)には、指示や支援を必要とすることをいう。 厚生労働省ホームページ『仕事と介護の両立 よくあるお問い合わせ』「常時介護を必要とする状態に関する判断基準」より引用https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyoukintou/ryouritsu/otoiawase_jigyousya.html#01 事業所には、介護と仕事の両立のためのさまざまな制度を整備し、運用する義務があります。 育児と仕事の両立支援同様、介護についても支援制度の整備に活用できる公的なサポートはあるのでしょうか?あります。「仕事と家庭の両立プランナー」が育児の場合と同様に、訪問支援を行ってくれます。また、助成金制度の活用も可能です。 「仕事と家庭の両立支援プランナー」を活用しよう 国の事業として、中小企業における介護や仕事と両立支援・経営支援のノウハウを持つ専門家が、無料で訪問支援を行っています。厚生労働省のサイトでは、次のような事業主に申し込みを呼びかけています。該当する場合は、ぜひ利用を検討してみてください。 ●介護に直面した従業員がいるが、休業などの制度を利用する予定●既に仕事と介護を両立しながら働く従業員がいるが、さらにサポートをしたい●上記のような従業員はいないが、社として備えておきたい 詳しくは以下をご参照ください。 ▼厚生労働省ホームページ「仕事と家庭の両立支援プランナー」の支援を希望する事業主の方へhttps://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000080072.html 助成金制度を活用しよう 介護についても、職業生活と家庭生活が両立できる「職場環境づくり」のために、雇用保険の『両立支援等助成金』があります。2021年度における介護と仕事の両立支援推進を目的とした『両立支援等助成金』には、以下の表3に示すコースがあります。 表3 介護離職防止支援コース  ▼厚生労働省ホームページ2021年度 両立支援等助成金のご案内https://www.mhlw.go.jp/content/000811565.pdf令和3年度 両立支援等助成金 介護離職防止支援コース 「新型コロナウイルス感染症対応特例」のご案内https://www.mhlw.go.jp/content/000806011.pdf これ以外にも、自治体で準備している助成金・補助金制度などもありますので、情報収集されることをお勧めします。 前回の記事でも述べましたが、助成金・補助金制度については、細かな要件や期限内に提出が必要な書類があります。また、毎年内容が変更されることが少なくありませんので、リーフレットなどをよく確認しましょう。『両立支援等助成金』などの雇用関係助成金に関する相談窓口は、事業所を管轄する労働局ハローワークが窓口になります。 国の支援などを上手に活用して制度整備を行い、職員が介護を理由に離職することなく、継続して働ける支援を行っていきましょう。 介護離職を防ぐ事業所の制度を整備・促進するため、プランナーの派遣や助成金・補助金制度など、国や自治体でさまざまな支援活動が準備されています。それらを積極的に活用しましょう。 ** 加藤 明子 加藤看護師社労士事務所代表看護師・特定社会保険労務士・医療労務コンサルタント ●プロフィール看護師として医療機関に在職中に社会保険労務士の資格を取得。社労士法人での勤務や、日本看護協会での勤務を経て、現在は、加藤看護師社労士事務所を設立し、労務管理のサポートや執筆・研修を行っている。▼加藤看護師社労士事務所https://www.kato-nsr.com/ 記事編集:株式会社照林社

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2022年1月6日
2022年1月6日

前頭側頭葉変性症

前頭側頭葉変性症は、人格変化をきたすことが多い難病です。記憶障害など認知症に特徴的な症状がある場合は、前頭側頭葉型認知症ともいわれます。 病態 前頭側頭葉変性症は、認知症の原因疾患の一つとしても知られます。名前のとおり、大脳の前頭葉や側頭葉の神経細胞が変性し、失われていく疾患です。 前頭葉は、情報の整理・判断、理性や行動抑制にかかわる脳の司令塔です。側頭葉は、感情と、視覚・聴覚・言語機能にかかわります。前頭側頭葉変性症では前頭葉と側頭葉が萎縮するため、認知機能障害をはじめ、人格変化や行動障害、失語症、運動障害などの、広範囲の症状がみられます。 神経細胞の変性は、異常なたんぱく質の細胞内への蓄積によるものとされていますが、なぜそうした現象が起こるのかはわかっていません。 欧米では前頭側頭葉変性症において3~5割の頻度で家族内の遺伝が認められていますが、日本ではほとんど確認されていません。 疫学 40歳から64歳までの若年期に発症することが多いのが特徴です。65歳未満に発症する若年性認知症のなかでは、前頭側頭葉変性症の割合が高いことが知られています。 国内には1.2万人程度の患者がいると推定されていますが、診断が難しいこともあり、前頭側頭葉変性症と診断がついていない人も多いと考えられています。2019年度末時点での前頭側頭葉変性症での受給者証所持者数は1,000人程度です。年齢別にみると60歳代がピークです。 症状・予後 若年での発症が多く、人格変化・行動障害や言語障害が主な症状です。 人格変化・行動障害の症状例 ●社会的に不適切な行動をとる、礼儀やマナーが失われる、衝動的に行動するなど抑制がきかなくなる。そのため、万引きや盗み食いなどの反社会的行動をとることもある●周囲や自分への関心の低下、自発性の低下●共感や感情移入ができなくなる●同じ行動や言葉を繰り返す(常同行動)。いつも同じ時間に同じ行為を行う(時刻表的生活)、毎日必ず決まったコースを散歩する(常同的周遊)など●食事や嗜好の変化。過食になり、濃い味つけや甘いものを好むようになるなど 言語障害の症状例 ●富士山の写真を見ても、山であることはわかっても富士山と認識できない(意味記憶障害)●信号機を見ても「信号機」と呼称できないなど、言葉の意味や物の名前などの知識が失われる(意味性失語)など 認知機能障害もみられますが、発症年齢が若く、物忘れよりも上記の二大症状が主体になるため、認知症(前頭側頭葉認知症)とは気づかれず、診断が遅れることも少なくありません。 そのほかに、震え、動作緩慢、関節拘縮、易転倒性などのパーキンソン症状や、筋力低下、筋萎縮、四肢の突っ張りなどの運動ニューロン障害を伴うケースもあります。これらの症状は嚥下機能障害や寝たきりにもつながります。運動ニューロン障害では呼吸筋麻痺が出ることもあり、注意が必要です。症状はゆっくり進行し、報告によると発症からの平均寿命は行動障害型で約6~9年、意味性失語型では約12年です。 治療・管理 根本的な治療法はありません。治療は対症療法が中心です。行動障害には、抗うつ薬(SSRI:選択的セロトニン再取り込み阻害薬)が一部有用との報告があります。認知機能障害に対しては、アルツハイマー型認知症に使用されるコリンエステラーゼ阻害薬は、一部の症状を悪化させることもあるため、服用中は観察が必要です。行動異常に関しては、これまでの生活様式や維持されている機能を生かすことで軽減できる場合もあります。患者それぞれの症状への理解を深め、家族が適切な対応方法を学ぶことは負担軽減のうえでも有用です。 若年での発症が多いため、仕事や育児、経済面など、さまざまな部分に影響がおよびます。複数の社会資源の調整が必要で、行政も含め多職種との連携が重要です。 リハビリテーションのポイント ●筋力低下や転倒しやすさなどがある場合は、機能維持を目的としたリハビリも大切●転倒しやすい場合は、室内の物を片づける、家具などの角にカバーを付けるなど、けが予防策を講じる●嚥下機能障害には嚥下リハビリや食形態の工夫などが有効 看護の観察ポイント ●転倒しやすいなど運動障害の有無●転倒によるけがを防ぐ環境整備●症状の変化・新たな症状の出現●日常生活やセルフケアで本人や家族が必要としている支援●嚥下障害、誤嚥性肺炎を疑う症状●家族の疾患に対する理解度●家族の介護負担など ** 監修:あおぞら診療所院長 川越正平 【略歴】東京医科歯科大学医学部卒業。虎の門病院内科レジデント前期・後期研修終了後、同院血液科医員。1999年、医師3名によるグループ診療の形態で、千葉県松戸市にあおぞら診療所を開設。現在、あおぞら診療所院長/日本在宅医療連合学会副代表理事。 記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】〇難病情報センター.『診断・治療指針(医療従事者向け)』『前頭側頭葉変性症(指定難病127)』https://www.nanbyou.or.jp/entry/4841〇難病情報センター.『病気の解説(一般利用者向け)』『前頭側頭葉変性症(指定難病127)』https://www.nanbyou.or.jp/entry/4840〇「認知症疾患診療ガイドライン」作成委員会編.『前頭側頭葉変性症』『認知症診療ガイドライン2017』東京,医学書院,2017,263-80.〇祖父江元ほか監修.『前頭側頭葉変性症の療養の手引き』島根,「神経変性疾患領域における基盤的調査研究」班,2017,71p.

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2022年1月6日
2022年1月6日

認知症のある患者さんが「転んだけど大丈夫」と話している場合【訪問看護のアセスメント】

高齢患者さんの症状や訴えから異常を見逃さないために必要な、フィジカルアセスメントの視点をお伝えする連載です。第1回は、認知症がある患者さん。家族から「転んでしまったようです」と知らせがありましたが、本人は「大丈夫」……。さて訪問看護師はどのようなアセスメントをしますか? 事例 中等度の認知症がある91歳の女性。家族から、「朝、トイレに行ったときに転んでしまったようなんです。布団までは這って戻ったようですが、確認しても『大丈夫』と言い張るばかりで」と相談を受けました。女性は布団に入ったままです。あなたはどう考えますか? アセスメントの方向性 転倒後のアセスメントが必要になります。 転倒した場面を誰も目撃していないようです。どの部位にどの程度の障害があるかわかりません。転倒後の障害では、打撲、捻挫が一般的ですが、まれに骨折や頭蓋内血腫のような重症になる場合もあります。 高齢者は、筋力やバランス機能、視力が低下しており、転倒のリスクが高いです。また、失神を起こして転倒することもあります。 高齢者では、骨密度が低下しているために骨折につながりやすく、容易に重症になります。客観的なデータ、普段との様子の違いを、転倒と関連させて意識的にアセスメントすることが重要です。 ここに注目! ●布団から起き上がらない原因は、骨折による痛みや運動障害、頭を打ったことによる意識レベルの低下の可能性があるのではないか?●「大丈夫」という言葉はあるが、認知症があることから自覚症状の訴えが乏しいかもしれない。●そもそも、なぜ転んでしまったのか? 主観的情報の収集(本人・家族に確認すべきこと) ・転倒時の様子(どこで転倒したか、どこを打ったか、転倒のきっかけ、転倒時のことを覚えているか、など)・筋骨格系の症状(出血、痛み、腫れ、発赤、動かしにくい、動かない、など)・頭蓋内出血に伴う症状(頭痛、頭重感、嘔吐、言葉が話せない、会話が成り立たない、ろれつが回らない、麻痺、脱力、歩行障害、軽い意識障害、物忘れ、認知症が急に進んだように感じる、など)・活動、ADL(痛みや意識レベルの低下によりいつもできていたことができない、活動量の減少)・転倒した原因(最近いつもと違うと感じたことはなかったか、一過性のものも含めた意識レベルの低下、ふらつきや足の上がらない感じ、薬剤の使用、など) 客観的情報の収集 頭部の視診 頭部の出血や皮下血腫(たんこぶ)がある場合は、頭を打っている可能性が高いといえます。鼻汁・鼻出血や、耳垂れ・耳からの出血がある場合、頭蓋内で出血が生じている可能性が高まります。 意識レベル 頭を打った場合、急性硬膜下血腫を起こす危険性があります。元気がないなどのパッと見た様子から、JCS(Japan ComaScale)にあらわれるような変化までを、丁寧にみてください。徐々に進行する(2週間~6か月に至る)場合もあるので、継続的な観察が必要です。 視野の確認 頭蓋内の出血により、物が二重に見える、視界がぼやける、視野狭窄などの症状があらわれる場合があります。疑わしい症状があった場合は、確認したほうがよいでしょう。片目を覆ってもらい、片目ずつ、瞳を動かさないようにしてどのあたりが見えにくいのか、指を使って見える範囲を確かめます。 四肢の皮膚 視診と触診で、出血や皮下出血(紫斑)がないかを確認します。骨折がある場合は、関節が不自然に曲がっていたり、発赤や強い腫脹がみられ、圧痛と熱感があります。 関節可動域、筋力 自力で動かせるのか、痛みはないかを確認しながら可動域を確かめます。自力で動かせない、または動かさない(指示に従えない)場合は、看護師が動かします。疼痛の訴えがないか、表情に変わりはないかを観察しながら行ないます。骨折がある場合は、動かすことで悪化する可能性があります。無理をさせないようにしましょう。 立位保持・歩行状態の観察 立位をとれる・歩行できる状態であれば、安全を確保しながら、その様子を観察してください。立位保持とバランス維持をみるために、足を閉じて立っていられるかを、開眼時と閉眼時とで確認します。20秒以上姿勢を維持できれば正常です。高齢者ではもともと完全にできない場合もあるので、転倒前の状況と比較しましょう。 ふらつきがあるようなら、小脳や位置覚の障害があるかもしれません。再転倒のリスクが高いので、転倒の原因のアセスメントにもなります。 報告のポイント ・転倒し、転倒時の様子を誰も見ていないこと・頭蓋内出血の可能性の有無と症状・骨折など、重症な筋骨格系の障害の可能性の有無と症状・転倒の原因の推測。失神、麻痺、小脳や位置覚の障害によるものではないか ** 執筆 角濱春美(かどはま・はるみ) 青森県立保健大学健康科学部看護学科健康科学研究科対人ケアマネジメント領域教授 記事編集:株式会社メディカ出版

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2022年1月6日
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第7回 防災対策、交通事故、個人情報保護、医療事故編/[その1]知りたい、BCP(事業継続計画)対策!基本的知識と策定手順をわかりやすく解説

イメージしてください。皆さまの地域で東日本大震災と同じような規模の地震が発生したり、新型コロナウイルスのような感染症が蔓延したらどのように対応しますか? そして、スタッフや利用者さんの安全をどのように守りますか? 事業所を継続的に運営するうえで、さまざまなリスクを想定した対策が必要です。今回は、安全配慮義務や自然災害対策としてBCP(Business Continuity Plan,事業継続計画)について考えていきます。 介護事業所ではBCP(事業継続計画)の策定が義務化されました。介護事業者との連携も多いなかで、訪問看護ステーションでもBCPの策定に取り組んだほうがよいのでしょうか。ぜひ取り組んでみてください。緊急事態にしっかりと対応できる、強い事業所づくりに必要な計画です。また、BCPの体制がしっかりできていないと、災害時に安全配慮義務違反に問われる場合があります。 安全配慮義務とは 会社等組織は、従業員や顧客が生命、身体等の安全を確保するために必要な配慮をする法律上の義務を負います。これを安全配慮義務といいます。 この安全配慮義務は、大規模な自然災害に対しても適応されます。東日本大震災による津波被害をきっかけとした多くの津波犠牲者訴訟では、従業員や顧客に対する企業の安全配慮義務が大きく取り上げられました。 これは、訪問看護ステーションでも同様です。スタッフや利用者さんの生命や健康に被害があり、それが事業所側の安全配慮義務違反によるということになれば、損害賠償責任を負うこととなります。さらに、事業所としてのマイナス評価による信用損失など被害はさらに甚大となります。 安全配慮義務に違反しないためのポイント 裁判例から「安全配慮義務違反」になるかどうかのポイントには2つあります。 第1のポイントは「自然災害発生後の情報収集体制が構築できているか」という点です。管理者は情報収集行動を行う担当者を決め、収集した情報を判断権者へ報告するしくみを構築する必要があります。具体的には判断する管理者が不在でも、責任権限が自動移譲される体制などをマニュアルへ記述することや、マニュアルの内容を従業員に対し教育・訓練で周知することです。 第2のポイントは「報告を受けた情報にもとづき適切な判断と行動がとれるか」という点です。情報を受けた判断権者ができる限り最善の判断ができるよう、最悪のシナリオなどを想定した訓練を平時から行っておく必要があります。 管理者がこうしたしくみや対策を講じていなければ安全配慮義務違反に問われる可能性があります。また、このポイントを押さえたBCP(Business Continuity Plan,事業継続計画)を策定する必要があります。 BCPとは 自然災害に起因した安全配慮義務に対応したBCPを策定するにあたっては、BCPの定義や概念などの基礎的な内容をしっかりと理解する必要があります。 内閣府による「事業継続ガイドライン」では、BCPは「大地震等の自然災害、感染症のまん延、テロ等の事件、大事故、サプライチェーン(供給網)の途絶、突発的な経営環境の変化など不側の事態が発生しても、重要な事業を中断させない、または中断しても可能な限り短い期間で復旧させるための方針、体制、手順等を示した計画」と定義されています。つまり、BCPとは自然災害だけではなく、経営に重大な影響を及ぼすようなリスクをすべて対象としています。 また、BCPは災害が発生した緊急時のみを対象としていません。BCPは緊急事態を乗り切った、その後、重要事業復旧までどのようにしてたどり着くかがテーマとなっています。そのため、重要事業復旧を順調に進めるために、事前に準備しておく必要があるのです。要するに、BCPは事前準備から重要業務再開までの取り組みということになります(図1)。 図1 BCPの範囲 BCP策定の手順 BCP策定の基本的な手順は次の①~⑩のとおりです。①基本方針の策定②対象とする災害リスクの特定③重要業務の決定④目標復旧時間の設定⑤重要な経営資源と対応策⑥財務状況の診断⑦BCP発動フロー⑧緊急対策本部の編成⑨教育・訓練の実施計画⑩見直し・更新 BCPの策定がゴールではなく、平時から教育や訓練を行いBCPの実効性を高め、新しい知識をふまえた定期的な見直しと更新も手順にしっかりと組み込むことが大切です。ここでは紙面の関係上、特に重要な①~③の項目についてポイントを解説します。 ①基本方針の策定BCP策定に取り組む目的を明確にします。何のために策定するのか、事業所の理念や基本方針との整合性を考えながら表現を工夫しましょう。例えば、次の3つの視点で目的を検討し、事業所の姿勢を関係者に知ってもらいます。・スタッフの視点 スタッフとその家族の安全と生活を守る。・利用者の視点 利用者さんの健康・身体・生命を守る。・地域社会の視点 地域の人々と協力しながら復興に貢献する。 ②対象とする災害リスクの特定地震、風水害、火災・爆発、広域停電、テロ、集団感染など考えられるリスクを洗いだし、そのリスクがどのくらい起こりやすいのか、そのリスクが起こったとき業務にどのくらい影響するのかを評価し、優先すべきリスクを特定します。リスクを評価する際には地域のハザードマップなどを参考にするとよいでしょう。 ③重要業務の決定リスクが発生した場合、どの業務を優先して守るか、どの業務から復旧するかの視点で、業務の優先順位を決めます。重要業務を決めるにあたっては、通常の業務と緊急時に発生する業務を抽出し、その業務が停止した場合の影響を考えていきます。表1には、通常の業務と緊急時に発生する業務の例と、業務停止による影響および緊急度を示しましたので参考にしてください。 表1 通常の業務と緊急時に発生する業務の例 【緊急度基準】SA:間断なく継続、A:数時間~24時間以内に開始、B:1~3日以内に開始 そして、重要業務が決定すれば、それをいつまでに復旧し、復旧するための経営資源をどのように確保するか、また、リスク発生時に取るべき具体的な行動を検討していきます。 * BCPの策定にあたっては、介護施設・事業所を対象としていますが、厚生労働省ホームページの「介護施設・事業所における業務継続計画(BCP)作成支援に関する研修」が参考になります。スタッフや利用者さん、そして地域に安心を与えられる事業所をめざし、ぜひBCPを作成してみてください。 ・緊急時における事業の安全配慮義務の観点からもBCPの策定は必要です。・BCPの定義や概念などの基礎的な内容を理解し、基本的な手順に則りBCPを策定してみましょう。 齋藤 暁株式会社ムトウ 執行役員 コンサルティング統括部 部長・CPS事業部 部長 ●プロフィール中小企業診断士・社会保険労務士・医業経営・医療労務コンサルタント医業経営・医療労務専門コンサルタント。全国の医療機関を対象に、中小企業診断士と社会保険労務士のW資格で経営と労務の両面をサポート。▼株式会社ムトウ コンサルティング統括部https://www.wism-mutoh.jp/business/consulting/記事編集:株式会社照林社

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2022年1月6日
2022年1月6日

【セミナーレポート】浮腫のアセスメントとケア -原因とアセスメントについて-

2021年10月21日に開催されたセミナー「浮腫のアセスメントとケア」において、ICAA認定リンパ浮腫専門医療従事者の岩橋 知美さんに『浮腫』についての基本から、具体的なケアを解説いただきました。セミナーの様子を全3回に分けてお伝えします。1回目の今回は、浮腫の基本についてご紹介します。 【講師】岩橋 知美ICAA認定リンパ浮腫専門医療従事者、メディカル アロマセラピスト、メンタル心理士、リンパ浮腫外来顧問(聖マリア病院、福井県立病院)1988年に看護師資格を取得後、病院にて勤務。2005年にメディカルアロマを学び「アロマセラピスト・アロマ講師」の資格を取得。産婦人科などでアロマケアに携わる。その後、新古賀病院にて「アロマ外来」を開設し、2009年にはICAAを設立。厚生労働省委託事業「リンパ腫専門医療者の育成」主任講師としても活躍。 【目次】1.浮腫のメカニズム2.浮腫の種類とその原因3.浮腫のアセスメント --> 浮腫のメカニズム 血液は、心臓→動脈→毛細血管→静脈→心臓と循環します。浮腫との関連を考えるうえで鍵となるのが「毛細血管」。動脈側の毛細血管から出た水分は「間質液(組織間液)」として酸素や栄養を細胞に運び、二酸化炭素や老廃物を受け取って静脈側の毛細血管へと再吸収されます。1日あたりの「間質液(組織間液)」量は約20L。そのうち約80~90%(16~18L)は「毛細血管」に再吸収され、残り約10~20%(2~4L)は「毛細リンパ管」に吸収されリンパ液になります。この「毛細リンパ管」は心臓の拍動の力を受けておらず、周囲の筋肉や呼吸、腸の動きや血管の拍動などの力を借りて動いています。血液は循環するのに対して、リンパ系の流れは一方向。毛細リンパ管は皮膚のすぐ下から始まっていて、毛細リンパ管→集合リンパ管→リンパ本幹→左右の鎖骨下静脈と内頸静脈の合流地点(静脈角)へと運ばれるのです。 浮腫は「間質液(組織間液)がなんらかの原因によって、異常に増加・貯留した状態」になることで起こります。 浮腫の種類とその原因 どのようなメカニズムによって起こるのか次第で、浮腫は5つに分けられます。それぞれの浮腫とかかわりが深い疾患などについてみていきます。 毛細血管内圧上昇による浮腫 毛細血管内圧が上昇する原因として、以下の疾患との関連が考えられます。・DVTや静脈瘤などの静脈弁機能不全・心不全・腎不全また、特定の薬を飲むことや加齢によっても血管内圧は上昇し、浮腫の原因になります。具体的には以下です。・薬剤性浮腫・高齢者の下肢下垂による下腿浮腫など 膠質浸透圧低下による浮腫 タンパク質によって起こる浮腫です。タンパク質には水を吸収する働きがありますが、アルブミン濃度が低下すると水を引き込む力が弱くなり、間質に浮腫が出やすくなります。・肝硬変・肝不全・ネフローゼ症候群などとの関連が考えられ、・栄養失調によっても膠質浸透圧低下が起こります。 血管透過性亢進による浮腫 体内で炎症が起きることによって、プロスタグランジンなどの炎症性物質が合成されて起こりやすくなるのが透過性の亢進です。原因として考えられるのは、・炎症・アレルギー・火傷などです。 リンパ管機能障害による浮腫 リンパの流れが悪くなることで起こる浮腫。その原因としては以下のようなケースが考えられます。・リンパ節郭清術後・悪性腫瘍リンパ節転移・悪性リンパ腫・甲状腺機能低下症 組織圧低下による浮腫 皮膚の弾力が落ちることによって組織圧が低下します。その結果、皮膚の薄いところ(顔面、眼瞼、足背、外陰部など)に浮腫が生じやすくなります。高齢者に起こりやすい傾向です。 浮腫のアセスメント 在宅医療における浮腫ケアでは、利用者の方にとっての優先順位を考えると同時に、利用者本人のニーズにあわせたアプローチが必要です。その前提として、利用者・利用者家族との十分なコミュニケーションにより、浮腫の理解とニーズを評価する必要があります。 ここでは、アセスメントにおいて注目すべき点をご説明します。 既往歴の確認 悪化原因となる基礎疾患を理解するために有効です。悪性腫瘍の場合は、まずリンパ浮腫を疑います。 ✓ 心臓、腎臓、肝臓、内分泌(甲状腺)疾患✓ 悪性腫瘍  手術の有無、化学療法・放射線治療を行っているかについて確認します。✓ 内服薬、アレルギー  薬剤性の浮腫の可能性を探ります。 全身状態の観察 輸液がある場合は尿量に対して過剰輸液がないか、また、炎症の疑いがないかなどについて確認します。浮腫の圧迫療法を想定している場合は、知覚神経障害がないかどうかの事前確認も重要です。 ✓ 水分出納  尿量変化がある場合は、腎疾患を疑います。✓ 発熱、発汗、疼痛  炎症を疑います。✓ 知覚、神経障害の有無  浮腫の圧迫療法を想定し、神経への湿潤について事前に確認します。✓ 体重増加  脂肪細胞が増加すると浮腫の原因になるため、肥満の方の場合減量を指導することもあります。✓ 食欲不振、下痢、嘔吐  タンパク質の損失や、カリウム、ビタミンB₁不足を疑います。✓ 動悸、呼吸困難、起座呼吸  心疾患がないかどうかを確認します。✓ 運動機能  筋肉の衰えによってポンプ機能が落ちていないかどうかを確認します。 浮腫が起こりやすい生活をしていないか ✓ 長時間の下腿下垂がないか✓ 運動不足になっていないか という点について確認します。高齢者の場合は介護状況についても確認します。 浮腫の状態 ✓ 浮腫範囲  全身or局所、顔・四肢・体幹・生殖器への出現の有無、抹消or中枢、という視点から確認します。✓ 出現はいつからなのか✓ 出現の速さは急激か緩徐か  静脈系の場合は急激に起こるケースが多いです。✓ 持続性、一過性、日内変動の有無  心不全の場合は夕方に浮腫がひどくなる場合があります。 皮膚の状態 浮腫のケアが行えない状態ではないか? という点について事前に確認を行います。 ✓ 蜂窩織炎(色調、熱感)、創傷の有無(褥瘡、潰瘍)、リンパ小疱、リンパ漏など✓ 圧痕テスト、皮膚の硬さ(シュテンマサイン、肥厚テスト) 環境の確認 ✓ 患者、家族の浮腫への理解度とケアの希望✓ 家族協力の有無 サイズ測定 増大と減少をみるために測定していきます。 臨床検査 ✓ 血液検査  D-ダイマー、CRP、白血球数、貧血、アルブミンを確認します。✓ 静脈ドップラースキャン✓ 腹部超音波  肝転移や腹水の有無を確認します。✓ CTスキャン  下大、上大静脈の近位部に血栓が起こっていないかどうかを確認します。 次回は「在宅看護で行う浮腫ケアの基本」についてお伝えします。 記事編集:YOSCA医療・ヘルスケア

特集
2022年1月11日
2022年1月11日

口腔ケアと全身の関連

この連載では、実例をとおして、口腔ケアの効果や手法を紹介します。第1回は、口腔の衛生・機能への介入が全身状態を改善させた事例です。 歯科衛生士は口腔管理のプロフェッショナル 私は現在、歯科衛生専門学校の講師として「チーム医療演習」「口腔リハビリテーション」を教えるかたわら、東京都世田谷区の多機能型クリニック歯科室「さくら中央クリニック」に非常勤で勤務し、要介護者の歯科治療や摂食嚥下リハビリテーションに従事しています。このシリーズでは、口腔ケアの大切さとその手法などについて、実例を紹介しながら解説していきます。 「歯科衛生士という仕事は何か?」と患者さんや看護師に尋ねると、「歯磨き(口腔ケア)を教えてくれるプロ」「歯石を取る仕事」などが返ってきます。でも、口腔ケアにも種類があります。 一般に、歯科医師・歯科衛生士が行うケアは、専門的口腔ケア。患者本人や看護師・介護職が行う口腔ケアは日常的口腔ケアと、区別されます。 専門的な口腔ケアには、口腔の周囲にある筋肉へのアプローチなど、安全な食へ導くためのケア(摂食嚥下リハビリテーションを含む機能的口腔ケア)も含まれます。つまり、歯科衛生士はリハビリテーションにかかわる職種なのです。 私が所属している一般社団法人日本摂食嚥下リハビリテーション学会は、学会員の約2割が歯科衛生士です。同学会では学会指定の研修を受講後、入会後2年以上を経過すると学会認定士受験資格が得られます。私も受験し、摂食嚥下リハビリテーション認定士を取得しました。 このように、歯科衛生士の仕事は、口腔衛生と口腔機能、両面からの口腔管理なのです。 肺炎が約半数に激減! 命を守る口腔ケア 口腔ケアをないがしろにすると全身状態に影響を及ぼすことは、訪問看護師の皆さまもご存じかと思います。 なかでも歯周病菌群は、嫌気性菌であることと、血管を詰まらせてしまうという特徴から、糖尿病と歯周病との相互関連をはじめ、狭心症など重篤な疾患の原因菌であると認識されています1)。 米山武義先生の研究2)では、週に1回、2年間、歯科専門職が全国の介護施設に赴いて専門的口腔ケアを行ったグループと、日常的口腔ケアのみのグループとを比較したところ、前者の発熱発症率、肺炎罹患率、肺炎死亡率が、すべて約半数だったことがわかりました。高齢者の死因の常に上位にある肺炎を、専門的口腔ケアが予防する。つまり、口腔ケアが命を守ることに関与できることの、裏づけとなる研究でした。 また、飯島勝矢医師(東京大学高齢社会研究機構)は、「オーラルフレイル(飲み込みづらいなど、口腔機能の軽度の衰え)と、口腔や歯に対する意識低下が放置されると、全身のフレイルや要介護状態につながりかねない」とする知見を述べています。 このように近年、要介護高齢者の口の健康の大切さがいっそう叫ばれるようになったのは、たいへん喜ばしいことです。 このような多くの先行研究に支えられ、私は居宅療養管理指導の一員として、長年要介護者の口腔ケアにたずさわってきました。今回は最後に、そのなかでも記憶に残る症例を紹介します。 【事例】胃瘻でも口腔リハで咳嗽反射が改善 Aさん、女性、80歳。介護度5。胃瘻、心筋梗塞ほか既往あり。自宅で家族の手厚い介護を受けていたが、心臓発作を起こし救急搬送。無事に手術を終え、回復期病院で退院を心待ちにしていた。しかし発熱が続いたため退院は延期に。娘さんが、入院中も口腔ケアの存続を望まれ、かかりつけ歯科医への依頼となった。 入院前からAさんの口腔ケアに訪問していた私は、かかりつけ歯科医師とともに病院へ向かいました。 胃瘻であっても口腔ケアは欠かせません。私はAさんに、歯磨きと、経口摂取へ導くための摂食嚥下リハビリテーションを、20分ほど行いました。 Aさんの口腔ケア・口腔リハビリ前後の表情の変化 口腔ケア・口腔リハビリ前 口腔ケア・口腔リハビリ後 口がしっかり開き、頬が紅潮しているのがわかります。 その夜、娘さんから電話がありました。 「山田さん、今日も母のところへ行ってくださったのよね。でも母の口の中に、びっくりするくらい痰がたまっていました」 それは、口腔のリハビリやケアでの刺激によって、咳嗽反射が改善し、喉の奥の汚れが口へと出てきた結果でした。ご自分で痰を吐き出せるようになったのはよいことです。 やがてAさんは熱も下がり、数日後に無事に退院されました。もちろん体調によっては、すぐにこのような反応がみられないことや、熱が下がりにくいこともあるでしょう。しかしAさんの場合、歯科衛生士や娘さん、介護職がふだんから口腔ケアを行い、その重要性を認識しており、娘さんが病院での歯科の介入を強く要望したことが奏効したと思います。 次回のテーマは、「義歯」です。 注:居宅療養管理指導では病院に訪問することは通常できません。しかし入院した回復期病院に歯科医は不在で、娘さんが自宅で行っていた専門的口腔ケアを強く望まれたことで実現しました。 執筆山田あつみ(日本摂食嚥下リハビリテーション学会認定士、歯科衛生士)記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】1)山田あつみ.『介護現場で今日からはじめる口腔ケア』飯田良平監.大阪,メディカ出版,2014,71-5. 2)米山武義ほか.『要介護高齢者に対する口腔衛生の誤嚥性肺炎予防効果に関する研究』『日本歯科医学会誌』20,2001,58-68.

特集
2022年1月11日
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第7回 防災対策、交通事故、個人情報保護、医療事故編/[その2]スタッフが交通事故を起こしたら? これだけ押さえて冷静に対応!

訪問看護では、利用者様のご自宅を訪問する際に自動車を運転することが多いと思います。そこで避けられないのが「交通事故」です。いかに注意して運転していても、交通事故を完全になくすことはできません。交通事故を起こしてしまったスタッフはパニックになっているでしょうから、ステーションの管理者は冷静に対応できなければなりません。そこで今回は、スタッフが交通事故を起こしてしまった場合の対応の基本を解説します。 今朝、訪問中のスタッフから電話がありました。「訪問車両で交通事故を起こしてしまいました。自動車同士で、見通しの悪い交差点で、出会い頭にぶつかってしまいました。衝撃は結構あったのですが、私もお相手もけがはなく、お互いに車が少し凹んだだけで済みました。お相手は『大した事故じゃないから、警察に報告するほどではないですよ。示談交渉は後で保険会社を通じて行いましょう』と言っています。お相手の提案にのって、警察に報告しないで、このまま帰っていいですか?」ということです。管理者として、どのように対応したらいいですか?交通事故を起こしてしまった場合は、必ず警察に報告するよう指導しましょう。 道路交通法上の義務 交通事故を起こしてしまった場合、まず考えるべきは、負傷者の救護と、現場の安全の確保です。必要であればただちに救急車を要請します。また、人身事故の場合に警察に報告しなければならないことは当然です。 では、質問のケースのように誰もけがをしていない場合や、物損事故だけの場合であっても、警察に報告しなくてはいけないのでしょうか? 答えは「必ず報告しなくてはいけない」です。道路交通法72条は、交通事故があった場合、運転手は、次のことをしなくてはいけないと定めています。 【交通事故を起こしてしまった場合の義務】 ①ただちに車両等の運転を停止して、負傷者を救護し、現場の安全を確保する  → 違反すると最大で「10年以下の懲役又は100万円以下の罰金」(同法117条) ②ただちに警察に報告する  → 違反すると「3月以下の懲役又は5万円以下の罰金」(同法119条1項10号) けががなくても報告義務あり ポイントは、人身事故だけでなく、物損事故だけの場合も「交通事故」であることには変わりないということです(道路交通法67条2項参照)。 つまり、質問のケースのように誰もけがをしていない場合や、物損事故だけの場合であっても、②の報告義務は課せられています。相手が「警察に報告しなくてよい」と言ったとしても、警察への報告をするかしないかを、私人間で勝手に取り決めることはできませんので注意してください。 まずは警察に報告をして、警察の指示を仰ぐようにしましょう。 けがは後から明らかになることも 交通事故に遭うと頸部が「むち打ち」になることがあります。症状が事故直後はなくて、事故翌日から出るということもしばしばあります。 ご質問のケースでは、双方ともにけがはないということですが、衝突の際に衝撃があったことからすれば、後からむち打ち症が出てくることも考えられます。事故直後の症状だけから「人身被害はない」と判断することは避けましょう。 なお、事故の直後というのは、まだ被害の全体像が見えませんので、示談交渉をまとめようとするのは時期尚早といえます。事故直後は、示談交渉を急ぐのではなく、「証拠固めをする」ということを意識してください。 どういう証拠があるの? 事故の相手方との示談交渉を適切に進めるためには「証拠」が必要です。以下、交通事故における基本的な証拠を説明します。 ①交通事故証明書交通事故が発生した日時・場所・当事者などの基本的な情報を証明するものです。これは「自動車安全運転センター」が発行してくれるのですが、ポイントは「警察に報告をしていないと発行してもらえない」ということです。 交通事故証明書がないと、そもそも事故が起きたことすら証明できないことになりかねませんので、警察への報告は必ず行うようにしましょう。 なお、交通事故証明書は保険会社が入手してくれることが多いですが、警察で申請書を提出しても入手できます。 ②実況見分調書①の交通事故証明書には、どちらが何キロくらい出していたのか、どの地点でブレーキをかけたのか、交差点のどの場所で衝突したのかといった、事故の具体的な状況までは記載されていません。 それを記載するのは、事故現場にやってきた警察が双方の言い分を聞いて作成する「実況見分調書」です。この実況見分調書は交通事故の証拠としてとても重要です。管理者としては、事故を起こしたスタッフに対して、「警察からの実況見分に冷静に対応するように。曖昧なことを断定的に言ったり、間違った事実を言ったりしないように」とアドバイスすることが大切です。 なお、物損事故だけの場合は、実況見分調書を簡略化した「物件事故報告書」という資料が警察によって作成されます。 ③ドライブレコーダー以上は事故が起きてからつくられる証拠ですが、できれば、スタッフが事故に巻き込まれた場合を想定して、事前に車両にドライブレコーダーを搭載しておくべきです。 ドライブレコーダーであれば、事故の客観的状況がありのままに記録されており、証拠としての価値はとても高いといえます。 示談交渉はどうすればいいの? 負傷者がいる場合には、後日で結構ですので、お相手の都合を尋ねたうえで、スタッフや管理者が「お見舞い」に行くことを検討してもよいでしょう。お相手の保険会社に連絡をすれば、お相手がお見舞いに応じてくださるかを教えてくれるでしょう。 ただし、「示談交渉」は、基本的にはステーション側の保険会社に任せたほうがよいです。お見舞いとは異なり、示談交渉は法的な責任を明確にするものであり、これは専門家でないと判断が難しいためです。 なお、こちら側が被害者の場合、相手の保険会社の和解提示額が、裁判所での相場よりも低いことがしばしばあります。そうした場合は、弁護士に依頼することも検討しましょう。自動車保険の中に、弁護士費用を保険会社が負担してくれる「弁護士費用特約」が付いていることがよくありますので、弁護士をつけようかと考えた場合は、まずステーション側の保険会社に「弁護士費用特約」があるか確認するとよいでしょう。その特約を使えば、弁護士費用を負担せずに弁護士を付けることができます。 管理者として最も重要な心構えとは 以上の他、スタッフが業務中に負傷した場合には、労災の申請も考えなくてはいけません。このように交通事故が起きた場合、管理者として判断すべき事柄は多岐にわたります。 とはいえ、最も重要なことは交通事故を起こさないことです。そのためには、余裕のある訪問スケジュールを組むようにして、スタッフがあわてて運転しなければならないような状況を未然に防ぐことを心がけましょう。 ・最も重要なことは事前の対策を行い、交通事故を起こさないようにすることです。・事故を起こしてしまった場合は、必ず警察に報告し、警察の指示を仰ぐようにしましょう。物損事故だけの場合も同様です。・また、事故直後は、示談交渉を急がず、「証拠固めをする」ことを意識しましょう。 前田 哲兵 弁護士(前田・鵜之沢法律事務所) ●プロフィール医療・介護分野の案件を多く手掛け、『業種別ビジネス契約書作成マニュアル』(共著)で、医療・ヘルスケア・介護分野を担当。現在、認定看護師教育課程(医療倫理)・認定看護管理者教育課程(人事労務管理)講師、朝日新聞「論座」執筆担当、板橋区いじめ問題専門委員会委員、登録政治資金監査人、日本プロ野球選手会公認選手代理人などを務める。所属する法律事務所のホームページはこちらhttps://mulaw.jp/記事編集:株式会社照林社

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2022年1月11日
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【セミナーレポート】浮腫のアセスメントとケア-在宅看護で行う浮腫ケアの基本-

2021年10月21日に開催されたセミナー「浮腫のアセスメントとケア」において、ICAA認定リンパ浮腫専門医療従事者の岩橋 知美さんに『浮腫』についての基本から、具体的なケアを解説いただきました。セミナーの様子を全3回に分けてお伝えします。第2回となる今回は、浮腫への具体的なアプローチについてご紹介します。 【講師】岩橋 知美ICAA認定リンパ浮腫専門医療従事者、メディカル アロマセラピスト、メンタル心理士、リンパ浮腫外来顧問(聖マリア病院、福井県立病院)1988年に看護師資格を取得後、病院にて勤務。2005年にメディカルアロマを学び「アロマセラピスト・アロマ講師」の資格を取得。産婦人科などでアロマケアに携わる。その後、新古賀病院にて「アロマ外来」を開設し、2009年にはICAAを設立。厚生労働省委託事業「リンパ腫専門医療者の育成」主任講師としても活躍。 【目次】1.まずは「優先順位」を考える2.浮腫のケアで目指すことと、具体的なアプローチ3.スキンケアによる創傷・感染予防4.MLD(用手的リンパドレナージ)5.浮腫状態に合わせた圧迫療法6.圧迫下の運動療法(他動運動)7.QOLを維持し浮腫悪化を防ぐための日常生活指導8.総括 --> まずは「優先順位」を考える 在宅医療で浮腫のケアを行う前提として、もっとも気をつける必要があるのは「血栓」です。血栓がある場合は命にかかわるので、浮腫ケアを始める前に必ずD-ダイマーを確認するようにしてください。在宅ケアでは、優先順位を考えることが大変重要になります。 浮腫のケアで目指すことと、具体的なアプローチ 「QOLが維持でき、心地よく浮腫改善ができる」ことが目標。私が日常的に意識しているのは次の3点です。・浮腫による違和感や疼痛の緩和・皮膚損傷や感染の防止・継続可能で苦痛を伴わないケア 具体的なアプローチとしては「複合的治療」を行います。すべて事前に医師の許可を得る必要があります。 ①スキンケアによる創傷・感染予防②MLD(用手的リンパドレナージ)③浮腫状態に合わせた圧迫療法④圧迫下の運動療法(他動運動)⑤QOLを維持し浮腫悪化を防ぐための日常生活指導 ①から⑤について、それぞれどんなことを行うのかについて簡単にご説明します。 スキンケアによる創傷・感染予防 浮腫の皮膚は脆弱で乾燥しやすく、見えない傷が多い傾向にあります。傷つけない・擦らないことを意識して泡で洗浄し、保湿にはアルコール分の低いローションタイプのアイテムを使用します。利用者の方から「市販品ではなにが良いですか?」と聞かれた場合には、乾燥性敏感肌向けのスキンケアや、処方薬と同じ成分が配合されている保湿剤をおすすめしています。清潔の保持を目的とする場合はこれで十分です。 浮腫がひどくなってリンパ小胞やリンパ漏ができた場合は、皮膚障害を拡大させないために感染予防を行います。患部に撥水性の軟膏を塗る→非固着性ガーゼで覆う→オムツで圧迫する、という対応をすることが多いです。 MLD(用手的リンパドレナージ) ドレナージを行っても、浮腫の改善効果としては軽度です。すぐ元の状態に戻りますが、直接患肢に触れるという点で「安心感」や「気持ちよさ」を生みます。ドレナージを行う際にはぐいぐいと圧をかけることはせず、柔らかくタッチングしてください。台所用スポンジのナミナミした面を平らにするくらいの力加減がベスト。末端から中枢に向かって行います。浮腫増大が進み皮膚硬化が起こっている場合には、少し強めの力でほぐすこともあります。また、リンパドレナージを行うにあたっての不要な体位変換は避けてください。 浮腫状態に合わせた圧迫療法 圧迫療法を行うには圧の勾配を作って弾性包帯を巻く必要があり、技術習得が必要なため、在宅看護での圧迫療法は難しい傾向です。導入しやすいのは、インジケーター付きの弾性包帯や、低圧のチューブ包帯。皮膚が弱い方のために、内側がタオル地になっている製品もあります。皮膚の硬化が進んでいる場合には平編みタイプのチューブ包帯や、マジックテープ付きのタイプが管理しやすいです。 圧迫療法を行う際には以下の点に注意します。・皮膚に痒みや湿疹がないか・手先、足先の循環障害がないか(ABI 0.7未満)・末梢神経障害がないか・食い込みやシワによる疼痛を感じていないか・胸水、腹水貯留の場合は体液還流に注意 とくに、食い込みやシワが起こると浮腫が悪化したり、傷ができたりすることもあるので注意が必要です。食い込みを予防するために、パッティング材を使用することもあります。 圧迫下の運動療法(他動運動) 筋肉の収縮と弛緩によるポンプ作用で、リンパの流れが促進されます。ここで重要なのは疼痛を与えないこと。そのために、可動域を考えながらの他動運動が有効です。具体的には上半身であれば、手指屈伸・手関節底背屈・肘屈伸・肩関節回旋などを行います。下半身であれば、足関節底背屈・膝関節屈伸・股関節回旋などが中心。私たちがサポートを行い、関節を動かしていきます。また、深呼吸をすることでもリンパの流れが促進されます。利用者の方ご本人でできることとして、深呼吸をおすすめしています。 QOLを維持し浮腫悪化を防ぐための日常生活指導 利用者の方や利用者家族の方に、次のようなポイントに注意するよう指導しています。 ・安楽な体位の工夫 患肢を10cm~15cmほど挙上することをすすめています。・包帯が食い込まない体位を保つ・長時間の下肢下垂は避ける・感染防止のため皮膚を傷つけない  熱を持って赤くなってきたら炎症の可能性があることも伝えます。・着衣による締め付けを避ける  とくに、下着、パジャマ、オムツなどのゴムによる圧迫に注意が必要です。・低栄養状態/肥満への注意・安全な移動  浮腫増大により関節可動域が制限されるため、転倒の危険があります。・環境調整・疲労を避ける 総括 もっとも重要なのは、ひとりひとりに合わせたケアを行うことです。標準的な治療が現実的でない患者さんなのであれば、浮腫軽減だけを目的とするのではなく、心身の状態を把握して、安全で緩和的なケアを中心に行うのが良いと思います。心に寄り添いながら浮腫による違和感や皮膚の張り感などの緩和を行うことで、心身の快適性を改善し、QOLの向上につなげてあげてください。 記事編集:YOSCA医療・ヘルスケア

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2022年1月11日
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【セミナーレポート】訪問看護師の悩みに回答! 浮腫ケアについてのQ&A

2021年10月21日に開催されたセミナー「浮腫のアセスメントとケア」において、ICAA認定リンパ浮腫専門医療従事者の岩橋 知美さんに『浮腫』についての基本から、具体的なケアを解説いただきました。セミナーの様子を全3回に分けてお伝えします。最終回の今回は、Q&Aセッションの内容を一部公開します。 【講師】岩橋 知美ICAA認定リンパ浮腫専門医療従事者、メディカル アロマセラピスト、メンタル心理士、リンパ浮腫外来顧問(聖マリア病院、福井県立病院)1988年に看護師資格を取得後、病院にて勤務。2005年にメディカルアロマを学び「アロマセラピスト・アロマ講師」の資格を取得。産婦人科などでアロマケアに携わる。その後、新古賀病院にて「アロマ外来」を開設し、2009年にはICAAを設立。厚生労働省委託事業「リンパ腫専門医療者の育成」主任講師としても活躍。 【目次】Q1 水疱ができた場合の対策についてQ2 静脈性潰瘍でリンパ漏がある場合の痒みについてQ3 蜂窩織炎が治っても浮腫がひどい場合、足浴は効果的?Q4 低アルブミン血症で肥満、自己管理意欲も低いケースQ5 筒状包帯などを使用したドレナージ実施時間の目安Q6 リンパ浮腫の改善を促す内服薬はある? 利尿剤は使う?Q7 ガードルショーツ着用が習慣化している硬性浮腫の女性のケースQ8 アロマオイル使用にあたって、主治医の許可は必要? --> Q1 水疱ができた場合の対策について 【質問】水疱ができた場合の対策について教えてください。ドレッシング剤で保護した場合、内腔の浸出液は自然吸収を待つ方が良いでしょうか? 【回答】水疱に対してはドレッシング剤貼付後、低圧での圧迫をします。内腔の浸出液は自然のままにしています。医師から酸化亜鉛を含む軟膏を処方されることもあります。水疱が破れてしまった場合は、蜂窩織炎などの感染に注意が必要です。リンパ漏になってしまったら軟膏を塗り、ドレッシング剤で保護したあとオムツで圧迫をしています。 Q2 静脈性潰瘍でリンパ漏がある場合の痒みについて 【質問】静脈性潰瘍でリンパ漏あり。筒状包帯を使用していますが、痒みがでてしまいます。何か対策はないでしょうか? 【回答】静脈性潰瘍はもともと痒みを伴うことが多いです。うっ滞性の皮膚炎かもしれないので、まずは、主治医や皮膚科医に診てもらう方がよいかと思います。下肢全体の痒みの原因として筒状包帯が肌に合っていない可能性も考えられます。パイル地の筒状包帯を試してみてください。 Q3 蜂窩織炎が治っても浮腫がひどい場合、足浴は効果的? 【質問】リンパ浮腫から蜂窩織炎になった方を担当しています。蜂窩織炎が治ったあとも浮腫がひどい場合、足浴は効果があるのでしょうか? 【回答】蜂窩織炎を起こしたことで浮腫がひどくなったのだと思います。炎症が起きているときにドレナージなどのマッサージは禁忌ですが、低圧の筒状包帯は良いと言われています。炎症反応が落ち着いたら圧迫を開始してください。足浴は、清潔を保持して白癬による蜂窩織炎の再発を防ぐためには有効です。 Q4 低アルブミン血症で肥満、自己管理意欲も低いケース 【質問】左麻痺があり、両下肢浮腫がひどく、水疱・潰瘍ができている方の傷洗浄を担当しています。低アルブミン血症ですが、体重は83kgで肥満もあります。自己管理意欲も低い状態。食事指導は何からしたらいいのでしょうか。 【回答】低タンパクだと筋肉も減少しますから、タンパク質を摂取して糖質を減らす食事が考えられます。豆類はいいと思います。あと、最近はオートミールをおかゆ状にしたものもおすすめしています。低糖質で、タンパク質・鉄分。食物繊維などをバランス良く摂れるのでおすすめです。意欲の低さについては、左麻痺があることが影響しているのかもしれませんね。麻痺・低アルブミン・肥満という状態ですから、なかなか浮腫のサイズダウンは難しいかもしれませんが、低圧での圧迫をしてみて、少しでも浮腫が改善されれば意欲がでるかもしれません。以前、アドヒアランスの悪い患者さんのケースで、浮腫に対して圧迫とマッサージをすることで少し下肢の浮腫サイズがダウンし、それ以来積極的に浮腫ケアをされるようになった経験があります。浮腫そのものに関しては創傷の処置の上から筒状包帯を使用して圧迫をされるといいと思います。 Q5 筒状包帯などを使用したドレナージ実施時間の目安 【質問】筒状包帯などを使用したドレナージ実施時間の目安を教えてください。 【回答】低圧の筒状包帯は、入浴のとき以外24時間装着していてかまいません。ドレナージを実施する場合は、病院の外来では皮膚硬化部をほぐす工程を含めて40分くらい行いますが、訪問においては20分程度になるかと思います。 Q6 リンパ浮腫の改善を促す内服薬はある? 利尿剤は使う? 【質問】リンパ浮腫の改善を促す内服薬はありますか? 利尿剤は効果的でしょうか? 【回答】リンパ浮腫に有効な薬はありません。全身の浮腫ではないので利尿剤も使用することはありませんが、リンパ浮腫と全身性との混合浮腫ならば有効かもしれません。 Q7 ガードルショーツ着用が習慣化している硬性浮腫の女性のケース 【質問】90代認知症の女性で、昔からガードルショーツを着用するのが習慣です。両下肢に硬性浮腫があるため着用しないほうがよいと思うのですが、なかなか理解が得られない場合、なにか対処方法はありますでしょうか? 【回答】患者さんの多くは、浮腫がひどくなりサイズが大きくなっていくとは思っていないものです。そういった方には、リンパ浮腫がひどくなった下肢状態の写真を見てもらうと少し治療に前向きになられます。ご相談者の場合は認知症もあるので、ガードル着用を完全にやめることは不可能かもしれません。ショーツと緩めのガードル(大腿への締めつけがなく、下腹部は圧迫してくれるもの)などに変えるように誘導してみはどうでしょうか。また、皮膚硬化がある浮腫の場合は垂直圧がかかるものがいいので、平編みの筒状包帯を装着したうえで、緩めのガードルを着用するなど試してみてください。 Q8 アロマオイル使用にあたって、主治医の許可は必要? 【質問】アロマオイル使用に関しては、主治医に使用許可を得ていますか? 指示書にも記入いただいていますか? 【回答】医師の許可はもらいますが、指示書への記入はありません。本人もしくは家族に、アロマセラピーは補完代替医療であるということを説明し、同意書をいただいて導入しています。 今回は「浮腫のアセスメントとケア」の様子をお届けしました。岩橋さんには多数のご質問にも回答頂き、翌日から役立つ内容が盛り沢山だったのではないでしょうか。  次回のセミナーレポートでは11月12日開催の「看取りの作法」の様子を公開します。お楽しみに!  記事編集:YOSCA医療・ヘルスケア

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