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最期・お看取りエピソード【つたえたい訪問看護の話】第2回vol09

最期・お看取りエピソード【つたえたい訪問看護の話】

人生の最期を自宅で迎えたいという利用者さんの願いに寄り添い、ご家族とともに看取りを支える訪問看護師。「みんなの訪問看護アワード2024」に投稿されたエピソードから、最期の時間を大切に過ごしたエピソードをご紹介します。

「ご指名、ありがとうございました」

数年ぶりに再会したAさんから「〇〇さんに看取ってほしい」とご指名を受け、身寄りのない方の看取りを支えたエピソード。

数年前に奥さまの看取りをさせていただいたAさんと、久しぶりにコンビニの駐車場で再会。その20日後、病院の相談員さん、Aさんのご友人から「今、がんの末期で緩和ケア病棟にいる。身寄りはないが、〇〇さんに看取ってほしいと言われている」と連絡が。急な展開に驚きながらも訪問看護を開始。正直、身寄りのない方の看取りに対する不安もありました。訪問診療医やケアマネージャーさん、ご友人の方と協力しながら毎日誰かが数回訪問に行く環境にしました。ですが、Aさんは「人には迷惑をかけたくない」との思いが強く、できるだけ自分で何でもされていました。痛みの訴えがあり鎮痛剤を内服したり、内服の効果が弱くなると鎮静をかけたりして過ごされていました。鎮静剤を使用して3日目、やっと痛みが緩和されたAさんのもとへ訪問に伺うとコーヒーを淹れてくださりました。向かい合って2人で煎餅を食べながら、Aさんは奥さまの介護の時の話をされました。「とうとう死ぬのか…もう少し生きたかったなぁ」と話されるAさんの顔は穏やかながらも寂しそうだったのを覚えています。翌日から昏睡状態となり2週間後に永眠。終活をされており、ご友人たちに見送られました。訪問看護師として死の覚悟の必要性を学ばせていただきました。

2024年1月投稿

「ネコのお葬式」

がんの終末期であったAさんの飼い猫が亡くなり、猫のお葬式を通して心が通ったエピソード。

がん終末期のAさんの飼い猫ちゃんが行方不明になり、数日後、亡くなった姿で発見された。妻は「夫が逝く前に戻ってきて良かった。猫ちゃんのお葬式をしたいけど、この人を一人置いていくのは心配」と玄関先で話した。私はこの言葉から、妻は常にAさんを気にかけ、普段から生活が制限されてしまっているのではないかと感じた。そこで「確かに外出から帰ってきたらお亡くなりになっていることはあるかもしれない。家で看とるということは、お家の生活の音や家族の声を聞いて、Aさんが安心しながら、ごく自然な生活の中で旅立てること。だから常にご主人の側にいなくて良いのです。家にいても次にAさんの側に行ったら亡くなっていることもあるかもしれない。そういう覚悟があれば、猫ちゃんのお葬式へ行って良いのではないですか。心配で離れられない気持ちもあって当然ですが」と伝えた。翌日、看護師に「夫についていなくても良いとわかり、とても気持ちが楽になった」と妻は話した。そして、猫のお葬式の日には娘も来訪され「パパ行ってくる。“行ってらっしゃい”と言ってくれているね」と外出され、Aさんは留守番役を担った。

2024年1月投稿

「グリーフケアの大切さを教えてくださったF様の奥さま」

脳腫瘍末期のF様の奥様が病的悲嘆に陥っていることがわかり、グリーフケアの大切さを学んだエピソード。

私がまだ、訪問看護を始めて2年目のこと。脳腫瘍の末期のF様の担当になりました。「最期は入院」と決めて、ご自宅での療養を続けていました。いよいよ意識レベルが低下し、入院して2日目に亡くなりました。それから半年後に、ご遺族に弔問についてアンケート調査をしたところ、F様の奥さまが病的悲嘆におちいっていることがわかりました。訪問してお話を伺いました。病院の主治医は「あと一週間」と説明したようで、奥さまが家に戻った隙に亡くなってしまったことや、そのためにF様と決めていた葬儀ができなかったことなどが悔いとなっていました。それから2週間して、奥さまから「心が開かれました」という手紙が届きました。私はF様の奥さまから、グリーフケアの大切さ、悔いの残らないように支援することの必要性を学びました。

2023年12月投稿

「最期まで ‘‘精一杯支える‘‘」

乳がん終末期のAさんを在宅で支え、娘さんから半年後に「母は母らしく最期まで過ごし旅立つことができた」と感謝の手紙が届いたエピソード。

Aさん女性、乳がん終末期の利用者さま。肺炎を契機に、がんの進行が分かり治療法がないことや、最期は自分の家で娘と過ごしたいという希望が強く、急遽自宅へ退院となる。娘さんと力を合わせながら、苦痛がないように支えさせていただき、1週間弱で最期を迎えました。
その後半年が経ち、娘さんからお手紙が届きました。「最期の場所を自宅で、という決心をして戸惑うこともありました。ですが、一緒に過ごす時間をもてたことは、今とても救いになっています。自宅に帰ってこられただけでも幸せで満足でしたが、それまでの様子からは信じられないほど穏やかに過ごし旅立ち、見送れたのは、みなさんの力をお借りできたおかげだと感謝の気持ちで一杯です。母は最後の望みが叶えられ、母らしく生きられて幸せだったと思います。母が母らしく最期まで過ごし旅立つためにお力を借り、支えていただけたこと、母を想う度に思い出し御恩と感謝を忘れることはありません。」
終末期ケアにおける我々の訪問看護ステーションの理念として、『本人が決めた方法が本人の人生の正解なので、最期まで目一杯生きられるように、それを徹底的にみんなで精一杯支えていくこと。』この大切さを改めて実感させてくれました。

2023年12月投稿

「最期の海」

末期がんで余命数日の元漁師さんが、「死ぬ前に海が見たい」という願いを叶え、「今日は幸せ大漁やー」と満足した笑みで旅立ったエピソード。

雲ひとつない青い空。少し肌寒い風が吹く中、か細いがしっかりとした言葉が響いた。
この声の持ち主は、末期がんで余命数日を宣告された元漁師さん。「死ぬ前に海が見たい」切実な願いを叶えたく、私たちは海にやってきたのである。
「今日は幸せ大漁やー、みんなありがとね」
最初で最後に見せる海の男の顔だった。
ご一緒させてもらった私たち看護師・理学療法士は、船に乗り網を引き活躍する彼をそこに見た気がした。
命の尊さを教えてくださり、“お礼をいうのは私の方だ”と、涙が止まらなかった。
そして1週間後、穏やかに満足した笑みで息を引き取った。
どうせ無理だと諦めず、必ず願いは叶うと信じること、人の強さや優しさを教わった貴重な経験だった。
私たち訪問看護ステーションでは、想い実現プロジェクト”立花Time”という名の、保険では賄われない利用者さまのしたいことをボランティアで実現する取り組みを行い、最期を大切にしている。

2023年12月投稿

人生の最期をどこで、どのように迎えるか。その選択を支え、寄り添う訪問看護の役割の大きさを感じるエピソードでした。一人ひとりの人生の締めくくりに立ち会わせていただけることの尊さを改めて感じます。

編集: NsPace編集部

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